外伝番外編03.楽しい旅行 その3
◆<里紗>
女三人寄れば姦しいと言うけれど、私たちはそれに一人追加の四人なのだから第三者が見ているならば相当に煩いのではないかと思う。
私と結衣ちゃんがしょうもないことで争っている間に詩織と実子が準備してくれた小さなレジャーシートの上に荷物を置いて、傍で脱衣場から履いてきたサンダルを脱いで地面に足を付けたと同時に熱せられた地面の熱さで悲鳴を上げて騒ぐ。それでもなんとかプールまで辿り着いて流れるプールや人工海のプールなんかを見ていちいち騒ぐ。人工海プールに入ったかと思えば少し大きな人工波に結衣ちゃんが攫われてそれを見て私たち三人は大声で笑う。
なんてことをしていれば私たちにも大きな波が迫っていることに気が付かなくて、そのまま攫われてさっきのお返しとばかりに結衣ちゃんに大声で笑われた。
早くも楽しい。次に私たちはウォータースライダーに挑戦する。
詩織が滑り終えた後、次に滑ってきた実子が何ををどうしてそうなったのか知らないけど、ものすごい勢いで滑り降りて来て宙に高く舞うのを見て私たちは実子には申し訳ないが笑ってしまう。
午前中はそんな感じで思いっきり楽しんだ。
午後の部に向けて一時休憩。
英気を養うために露店に行って焼きそばとかき氷を買う。
焼きそばは一人一人前ずつ。かき氷は結衣ちゃんはイチゴで私はレモン、詩織がメロンで実子がブルーハワイ。四人それぞれ違うフレーバー。
こういう時女性同士はいい。私たちは普通にシェアしあって食べることができるから。
自分が頼んだかき氷の味だけではなく、別の人が頼んだかき氷の味も楽しめる。
その後舌を出して見合うと全員変な色になっていてそれもまた楽しかった。
食事を終えてレジャーシートの元へ。
結衣ちゃんがお手洗いに行くと言い出したので着いて行こうと思ったけど「すぐ戻ってきますから平気です」って言われて断られた。
詩織たちと三人でまったり。
そうしていると詩織が話しかけてくる。
「ねぇ、里紗」
「ん~~?」
「結衣ちゃん、可愛いね」
「あの娘は私の恋人だからね! 手を出さないでよ!!」
「出すわけないでしょ。私には実子がいるし、ね?」
「そうにゃ」
「ならいいけど」
「そういうのじゃなくて、私の恋人の実子ちゃんには負けるけど、結衣ちゃんいい娘だなって思ったわけですよ」
「いやいや結衣ちゃんの方が実子よりいい娘だから」
「は? 何言ってるの? 実子の方が可愛いのは誰が見ても明らかじゃない」
はぁ…。何言ってるのかなこの娘は。実子も確かに可愛いけど、結衣ちゃんと比べたら月とスッポン。勿論結衣ちゃんが月で実子がスッポン。ううん、太陽とスッポンと言ってもいい。結衣ちゃんの可愛さの前では実子の可愛さなんてとてつもなく霞む。勝負にならない。
そんなことも分からないなんて…。
可哀想な娘を見る目で詩織を見ていると彼女はムキになって反論を始めた。
「何その目! 実子が結衣ちゃんに劣るって言いたいの?」
「言いたいのも何もその通りじゃない。結衣ちゃんの可愛さの前では実子なんて。…ふっ」
「うわっ。ムカつく。里紗ってそういうタイプだったんだ? 知らなかった」
「まぁまぁ、二人共落ち着くにゃ」
「実子はどうしてそんな落ち着いていられるの? バカにされてるんだよ?」
「私は詩織に好かれてたらそれでいいにゃよ」
「うっ…。その言い方狡い…」
「可愛いにゃ。詩織」
「っ、もう…」
二人でイチャイチャ始めた。私置いてきぼり。
結衣ちゃん遅いな。女子トイレ混んでるのかな。
女性はいちいちトイレが長い。
だから結衣ちゃんは今もまだ行列に並んで待っているのだろう。
と思い女子トイレがある方向を見て私は凍り付いた。
◇<結衣>
「君可愛いね。一人だよね? 俺たちと一緒に遊ばない?」
お手洗いから出て里紗先輩たちの元へ戻ろうとしたら近くにいた男性たちが寄ってきて私は彼らに囲まれてしまった。
人数は四人。全員明らかに染めましたっていうのが分かるプリンみたいになってる金髪で耳とか唇にピアスが嵌っている。
体つきは痩せマッチョ。こんがりと焼けたブラウンの体色がなんとなく威圧感があって正直怖い。
何かされる前に早く逃げないと。そう思って私は彼らに委縮しながらも声を出す。
「私、待ってる人がいるので…」
言って彼らを避けるように歩き出したが私の言葉を無視するように行き道を遮られた。
「待ってる人って何処にいるの? それって彼氏?」
「それは…」
言ってからしまったって思った。
里紗先輩のことを彼氏だと言いたくなくて私は言い淀んでしまった。
こういう時は嘘をつくべきだった。彼氏じゃなくて彼女。そういう違いなんて目を瞑るべきだった。
でも……。
「やっぱり一人なんじゃん。ダメだよ。嘘ついちゃ」
「一人じゃないです!」
「はいはい。じゃあ行こうか。俺たちが遊んであげるからね」
腕を取られて引っ張られる。抵抗しても敵わない。それでもなんとか振り切ろうと暴れているとそれを見かねた男性のうちの一人が私を米俵でも担ぐかのように肩に抱き上げた。
「いや、離して!! 誰か助けてーーーー」
「騒がない騒がない。あ、皆さんこれ俺の彼女なんで。気にしないでくださいね」
誰があんたの彼女だ。私は里紗先輩の彼女だ。他の誰の彼女でもない。心が怒りで満たされる。
その時私たちのレジャーシートが敷かれている方向から人が走って来るのが見えた。
◆<里紗>
まず私の結衣ちゃんを担いで拉致しようとしている奴に飛び蹴り。
完全な不意打ちだったため体勢を崩して放り投げた結衣ちゃんをお姫様抱っこで無事にキャッチ。
安心させるように微笑んで彼女を降ろしたら一度は地面に倒れたものの、起き上がろうとしている男の脚と脚の間にある急所に全力の蹴りを入れる。
「死ね!!」
「ぐおっっっ!!!」
当たりどころが悪かったのだろう。男は手でそこを押さえつつ白目をむいて再び地面に沈んだ。
「なっ?」
それを見て他の男たちが気づいた時にはもう遅い。
彼らの前には詩織と実子がいて、私と同じように急所を蹴り上げて彼らを地面に沈める。
残り一人。恐らくはリーダー格の男? 私たちの所業を見て急所を押えて青ざめている。
「な、なんなんだ。なんなんだよ、お前ら」
「何って私は貴方たちが攫おうとした宇宙一可愛いこの娘の彼女だけど?」
「何ちゃっかり惚気てるの。ちなみに私はその娘とその彼女の友達」
「右に同じにゃ」
言いながら三人でじりじりと男に近づく。
今頃になって異変を感じてこちらにやってくるこのプールの警備をしている人たちが遠くに見える。遅い。
その人たちが到着するまで男が逃げないよう牽制。
プールの警備員が傍に来たら事情を話して後の処理はその人たちに任せた。
その時に家の名前を出しておいたから後はシルアたちが上手くやってくれるだろう。
彼らの行く先が逝く先になるかもしれないけれど、それはこちらの知ったことではない。
結衣ちゃんに手を出したのが悪い。文字通り死ぬ程後悔すればいいとそう思う。
「結衣ちゃん大丈夫だった?」
「はい。先輩方ありがとうございます」
「結衣ちゃんが無事で良かったにゃ」
「うんうん。無事で何よりだよ」
私たちに頭を下げる結衣ちゃんの傍に行く。
そうして彼女の頭を何度か撫でた後、私も彼女に頭を下げた。
「ごめんなさい」
「里紗先輩? どうして先輩が謝るんですか?」
「だって私、絶対着いて行くって言いながら結局結衣ちゃんに断られて着いて行かなかったから。私が着いて行ってたら結衣ちゃんは怖い思いしなかったでしょう? だからごめんなさい」
「そんな! 断った私が悪いんです」
「………。まぁ、そうだね。今回は結衣ちゃんが悪い。女の子なんだからもっと危機意識を持たないとダメだよ。特にこういう場ではね。いつも以上に心も体も無防備になるんだから」
「はい、ごめんなさい…」
「反省してる?」
「はい」
「なら罰を与えます」
「えっ?」
結衣ちゃんは私の彼女だ。でもだからって甘やかすばかりじゃいけない。
というか彼女だからこそ叱る時はちゃんと叱らないとダメなのだ。
大切だから。もう怖い思いはして欲しくないから。
「額にデコピンするから自分で前髪上げてね」
「…はい」
結衣ちゃんが私の言う通りにする。
指をデコピンの形にして彼女の眼前に晒すと彼女は固く目を瞑る。
恐怖によって少し震えてるのを見ると残酷なことをしようとしてるのかなって気になる。
可哀想という気が湧くけど、ここで許したら結衣ちゃんはまたこういうことを繰り返すかもしれない。
心を鬼にして彼女の額に容赦なくデコピン。
"バチーンっ"いい音が鳴って結衣ちゃんはよろめき、額を押さえて座り込んだ。
「痛いっ。痛すぎます、先輩…。一瞬三途の川が見えましたよ。私の知らない私の親戚らしき人たちが川向うから手招きしてました」
大袈裟な。これでも少し手加減したのだ。本気を出せばもう少しいい音を鳴らすことだってできた。
「結衣ちゃん、ほら立って」
「うぅ…」
私に言われて結衣ちゃんが立ち上がる。涙目可愛い。その頬にキス。
するとさっきまで泣いていた娘がすぐに泣き止む。
飴と鞭は使い分けが大事。泣き止んだ結衣ちゃんを連れて再びプールへ。
午後も私たちは全力ではしゃぎ、夕方になってホテルに戻る頃にはへとへとになっていた。
だけど今日という日はまだ終わらない。この後は夜の部。




