外伝15.文化祭 その2
◇<結衣>
忙しい。驚く程にお客さんが途切れない。
引っ切り無しに注文が飛び交って売れていく。
用意した材料が次々消費されて足りなくなる。
満員御礼。幾つかのメニューは売り切れとなった。
「え? 売り切れたの?」
「う~らめし。飯屋は盛況。ありがたや~」
「むー、仕方ないなぁ」
頼みたかったものが無くなって残念そうな顔をするお客さんを見るのが辛い。
材料調達班が他のクラスや部活動で飲食店をやっているところに食材を分けてもらえないかお願いに行っているけど、状況は芳しくない。
私を含めた二年B組のクラスメイト全員が申し訳なさそうにする中、お客さんの列の中から黄色い歓声が上がる。
私が体験したのと同じように誰かが写真撮影を頼まれているらしい。
そして順番を譲られてその人はクラス内に足を踏み入れる。
里紗先輩――――。
と、クラス内からもお化けたちから黄色い歓声が起きた。
皆さん、今の役割をお忘れなのでは…。
「あはははは。いらっしゃーい」
先輩の接客担当は私。先輩から指名があったから。ここはそういうお店じゃないんですけどね。
でも罷り通ってしまうんだから先輩の魅力だか権力だかはやっぱり計り知れないものがある。
「こっちだよー」
先輩の一歩前を先に進んで席へ案内。
途中、「うん、ありがとう」って先輩の嬉しそうな声が聞こえて来て顔がニヤけてしまいそうになる。
耳が癒された。席に到着。先輩を座らせてメニューを渡そうとしたら先輩の手が私の手に触れる。
「あっ」
「座敷わらしさん、手ちっちゃくて可愛いね」
これわざとだ。私が先輩にメニューを渡すタイミングを見計らってわざとそこに手を出したんだ。
嬉しくて照れるからやめて欲しい。メニューを渡した後、先輩が触れた手にもう片方の手で触れる。
これでどっちにも先輩の手が触れたことになるかな。なんて。私、恋する女子高生か。そうだよ!
「可愛い」
見られてた。恥ずかしくてそっぽを抜く。
「紅茶はある?」
「うん」
「ケーキは何が残ってるのかな?」
「ガトーショコラとイチゴのショートケーキならすぐに出せるよー」
「じゃあガトーショコラをお願いしようかな」
「はーい」
メニューを聞いて、メニュー表を返されて、その時にまた手に触れられて私は顔に熱を溜めて簡易調理場に先輩の注文を届けに行く。
無事伝え終わると私はお客さんからは見えないよう調理場の角でへたり込んだ。
「反則反則反則反則…。何あれ、あんなさ…さり気なく触られて笑顔って。ああああぁぁぁ」
恥ずかしい。嬉しい。可愛い。照れる。
先輩が反則過ぎる。心臓が持たないよ。
「結衣~。ケーキお願いするっしょ。結衣?」
「あ、うん。今行く」
「七瀬さん、恋する乙女ですね」
「言わないで。自分でも分かってるから」
敦美と桃山さんに揶揄われながらお盆に紅茶とケーキを乗せる。
また手に触れられたりするのかな。困るなぁ。でも触れて欲しいなぁ。
期待しつつ先輩のところへ。
「お待たせしたよー」
「ありがとう」
触れられる。と思ったけど、先輩は私に触れなかった。
肩透かし受けた。凄く…残念。
この時私は気が付いていなかった。先輩が残念がる私を見て薄っすらと口角を上げていたことに。
手の平で踊らされてる。なんて私は知りもしなかった。
やがて文化祭終了。我が二年B組は見事全部の材料を使い切っての有終の美。
クラスメイトたちと喜びのハイタッチ。
この後は打ち上げ。と行きたいところだけど、それはまた今度ということにして今はお化けから制服に着替えて後夜祭へ参加する。片付けなどは明日。非日常から日常に戻る私たち。
「楽しかったねー」
「ねー」
廊下側も窓側もカーテンが引かれてる。
幾ら女子高で同性ばかりといっても着替えるのを他人に見られるのはちょっと抵抗が、ね。
とはいえクラスメイトには見られるんだけどそれは仕方ない。
着物を脱ぎ、皺にならないよう気を付けて畳む。
それと変えて別に畳んであった制服を開いて着る。
後は化粧を落とす作業があるけど、私の場合はほぼ素顔なのでそれは必要ない。
口裂け女などに扮した娘は大変そう。それを横目に前髪の髪ゴムを外してコンパクトミラーを見ながら前髪を整えたら私の非日常は終わり。
クラスメイトの何人かに声を掛けて教室を出て先輩と待ち合わせしている場所に向かう。
その待ち合わせ場所である下駄箱で合流。
後夜祭が行われるグラウンドへ手が触れるか触れないかの距離で歩く。
「結衣ちゃん、後夜祭は出るの?」
「先輩が出るなら出ます」
「そっか。じゃあとりあえず見に行こうか」
「はい!」
後夜祭はグラウンドでキャンプファイヤーをしてそれを囲みながら皆で踊るというもの。
友達同士で参加する者も多いけど、恋人同士で参加する者も沢山いる。古くからの付き合いの者もいれば今日できたてのホヤホヤの者もいることだろう。
校舎から見ればグラウンドは接地面が低い位置にある。
そのため校舎から少し歩いていくと十段程の段差のある石作りの階段があり、それを降りるとグラウンド。
その石の階段の一番高いところから後夜祭を私たちは見学する。
独特な雰囲気。甘くて、切なくて、もの悲しい。そんな感じ。
炎ってどうして人の心を搔き乱すんだろう。
そんなのは人間だけって聞くけど、進化の過程で何があったのか不思議だ。
あれ、今ってもしかしてもしかしてなくてもチャンスじゃないかな?
軽く深呼吸する。これから先輩に伝える。好きって言う。
手汗が凄い。告白ってこんなに緊張するものだったっけ?
先輩は受けて入れてくれるだろうか。
もし受け入れてくれなかったらどうしよう……。
あ~、もう。そんなネガティブなこと考えたらダメだ。
よしっ。今の後夜祭のダンスの曲が終われば言おう。どさくさに紛れて言っちゃおう。
…………。終わった。言えなかった。次だ。次。
――――また言えなかった。すでに気持ちを伝えようとし始めてから二曲が終わっている。
このままだと後夜祭は終わってしまう。何やってんだ私。
焦りが生まれる。そう言えば先輩はさっきから何も言わない。
ちらと先輩を見ると揺らめく炎を怖いくらいに真剣な表情で見てる。
それが妙に怖くて、先輩が遠くに行ってしまうような錯覚をどうしてか覚えて、私は隣に佇む先輩の手を取った。
「り、里紗先輩」
「結衣ちゃん? なぁに?」
「あの、その…」
「うん」
「場所。場所変えませんか? 中庭。…は人多そうだなぁ。教室棟と多目的棟を結ぶ渡り廊下に行きたいです」
「なんでそんなところに? いいけど」
手を繋いだまま場所移動。燈華女子高等学校は少子高齢化の中にありながらそこそこ生徒が在籍している。そのため数学や国語などの通常授業と音楽などの特別な部屋が必要な授業は校舎が分かれているのだ。
私たちはその校舎と校舎を繋ぐ渡り廊下へ。
手を放して二人で夜空を見上げる。
「炎もいいですけど、星も綺麗ですね」
「うん。冬が近いから空が透き通ってより綺麗に見えるよね。寒いのは辛いなぁって思うけど、空が高くなったり、虫がいなくなったりするのは嬉しいかな」
「分かります」
「ふふっ」と笑う。その瞬間、目に映る流れ星。
私はそれを合図に空から先輩に視線を移す。
先輩も同じことをしていて目が合った。
「里紗先輩」
「なぁに?」
「私、里紗先輩のことが好きです」
一度そう言っちゃえば後はすらすら口から言葉が出てきた。
「私を守ってくれる里紗先輩が好きです。私を歩道側に歩かせて自分は道路側を歩く、そんな優しい里紗先輩が好きです。孤独は辛いのに我慢し続けて、私の言葉で甘えんぼになった、そんな可愛い里紗先輩が好きです。文化祭の執事姿凄く似合ってました、格好良くて見惚れちゃいました、そんな格好いい里紗先輩が好きです。私に好きだと言ってくれた里紗先輩が大好きです。私と付き合ってください」
頭を下げる。返事はすぐに齎された。
私の肩に置かれる先輩の手。引っ張られて私は先輩の腕の中。
目と鼻の距離で先輩は「私でよければよろしくお願いします」そう言って私の鼻にキスをした。
私たちはこの日、恋人同士になりました――。
告白から少し後。じわりと実感がわいて来て気づくと私は涙を零していた。
先輩の指が私の瞼に近づいて来て涙を拭ってくれる。
それでも止まらない。嬉しくて先輩の指を沢山の私の滴で濡らしてしまう。
「泣かないで。結衣ちゃん」
「だって嬉しくて…。ごめんなさい」
「可愛い」
先輩はハンカチを取り出して指を拭う。
それから私の頭を左手で自分の胸近くに押し当てて右手は私の頭を撫で始めた。
「いつか結衣ちゃんがやってくれたよね。今は何も聞かないから私の胸の中で泣いていいよ」
「ありがとう…ございます」
私は先輩の胸の中で先輩にしがみ付きながら暫く声も出さずに泣いた。
どれくらい時間が経ったのだろう? 後夜祭の音楽も聞こえなくなった。
そろそろ学校は戸締りの時間。もうすぐ警備員さんが周って来る。
このままここにいたら怒られるだろう。
先輩の温もりが名残惜しいけど、私はゆっくりと先輩から離れる。
「制服濡らしちゃってごめんなさい」
「これくらいすぐ乾くよ。それより落ち着いた?」
「はい。ありがとうございます」
「そっか。それなら良かった」
「はい。…先輩そろそろ帰りましょうか。もうすぐ警備員さんが周って来ると思いますし」
「そうだね。でもその前に」
先輩が一歩前へ。私の肩に今度は両手を置いて、少しずつ顔を近づけてくる。
何をするか分かる。夜の闇の中なのに先輩の艶やかで瑞々しい紅が良く見える。
視線がその場所に捉われる。目を離すことができない。
「目、閉じて?」
言われてやっと先輩の他のところが見えた。
真っ赤だ。可愛い。初めてなのかな? だったらいいな。
「大好きです」
「私はそれよりも大好き」
「えっ!? じゃあ私はそれよりもっとだ…」
言い終わる前に先輩を感じて目を閉じる。
甘くて甘くて柔らかい。先輩の、大好きな人の唇。
蕩けるそれは暫くの間私の唇と重なり合い、離れたところを私が追いかけてもう一度重なった。
その後私たちは幸福感に包まれながら恋人繋ぎで手を繋ぎ校舎を後にした。
世界が違って見える。今すっっっごく幸せ。




