外伝14.文化祭 その1
◇<結衣>
時は流れて文化祭当日。
あれから私と里紗先輩の仲は少し縮まったものの、表面上は大きくは変わっていない。
学校でお昼に一緒にお弁当を食べたり、先輩の家に行って抱き枕になる日々。
と言ってもその抱き枕になるのも、あの三日連続のお泊まり以降は文化祭の準備が本格化してきて、お互いに忙しくなったことからこれまで一日だけしかお泊まりできてない。
「次はうちに来ていただいたらどう?」なんてお母さんは言っていたけど、庶民の家に先輩を招いてもいいのかな。失礼にならないかな。ちょびっと不安。まぁこの辺りのことはそのうち先輩に相談してみようと思う。
さて、先程表面上はと言ったけど、その理由は私の内面では先輩に対する気持ちが大きく変化しているから。変化したというのか、気づいたというのか。そこはあんまり気にしないということで。
私はこの文化祭中に先輩に告白するつもり。
あの時私の気持ちを揺さぶるつもりで先輩が言ったあの言葉。
「ねぇ、もし私が結衣ちゃんの知らない誰かと付き合いだしたら結衣ちゃんはどうする?」
これがずっと喉仏に刺さった魚の骨みたいに私の心に引っかかってて今も尚私の心をじわりじわりと蝕み続けているからだ。
告白して成功したら先輩は私の傍にいてくれる。そしたらこの不安は無くなる。
勿論、女同士で付き合うということがどれだけ大変で並外れた努力が必要になるのかは分かっているつもり。
差しあたって問題になるのは高校生の私たちは世間体。それから成長していくに従ってお金が問題になっていく。
先輩のヒモになるつもりはない。私も一人の女性として独立して自分のことは自分でやりながらも先輩と二人三脚で一緒に道を歩むつもりだ。
将来の不安がまるでないと言えば嘘になる。
でも先輩と二人ならきっと乗り越えていけるって信じてる。
好きっていう気持ちは人を強くも弱くもさせる。
私は先輩が好き。だから誰にも先輩を取られたくない。
決意を胸に私は勝負に挑む――――。
二年B組。私のクラス。
いつもより早く登校してきた私たちは現在文化祭のクラス出し物の最終準備にてんやわんや。
仮装して、化粧して、喫茶店で提供するメニューを幾らか作って。
普段見慣れたクラスメイトが次々見慣れない格好になっていく。
人間からお化けへ。自分から提案しておいてなんだけど、お化けが料理作って接客してってはたから見たら割とシュールな光景じゃないだろうか。
「七瀬さんの衣装はこれね」
「うん」
渡される私の衣装。着物。朱色を基調にしたもので白のシャープ(メーカーじゃないよ)の模様が縫われてる。丈は膝が見え隠れするくらいの短いやつ。帯は黄色、帯締めは赤。それと赤の半纏。藁の草履。
手早く着替えて次は化粧。以前私がやったようにナチュラルメイクを担当のクラスメイトに施してもらって最後に前髪を髪ゴムで縛って私の準備は終わり。
「七瀬さん、めっちゃ可愛い」
化粧をしてくれたクラスメイトが黄色い声。鏡を見せてくれたので有難く覗いて見る。
私、座敷わらし。らしさ出てるかな? 実物見たことないから分からない。
「写真撮っていい?」
「いいけど」
撮影許可を出したら他のクラスメイトたちも寄って来た。敦美と桃山さんまで。
「撮るよ~。数字のいちの次は」
「に~~~」
自撮りモードで撮影。撮影後、見せてもらうと口裂け女と座敷わらしが笑顔で映ってる。
これはこれでまたなかなかにシュール。小さく笑み声を零してしまう私。
「ふふっ」
「えっ…。七瀬さん、かわ……ぃ」
「次は私」
「抜け駆け良くない。私が先だから」
「じゃあ次の次を予約するー」
「七瀬さん、こっちこっち」
「ちょっ、待って。引っ張らないで。逃げたりしないから」
どうしてこうなった? 時間いっぱいまで私はクラスメイトたちの写真撮影に付き合わされた。
「二年B組でーす。お化け喫茶やってまーす」
正門前で文化祭に来てくれる人に笑顔を振りまきながらビラ配り。これが宣伝担当になった、された? 私のお仕事。
時期が時期だけに寒い。特に下半身。タイツとか穿けたらまだましなんだけど、座敷わらしっぽくないってことでクラスメイト全員から却下された。なので生足。木枯らしが身に染みる。
「子供は風の子、頑張れ!」とか言ってたの誰だったっけ? 担任の先生だっけ? 私高校二年生です。もう子供っていう時期ではないのではないかと。自分の受け持ちの生徒のことくらい覚えていてください。うぅ、寒いよ~。
「結衣」
心の中でぶつぶつ言いながらも表にはそれを出さず頑張る健気な私にビラを受け取った人から声が掛けられた。
「お母さん。来てくれたんだ」
「ええ、勿論よ。私だけじゃなく家族全員いるわよ」
「可愛いな、結衣」
「結衣。破壊力凄い」
「結衣姉、やっほー」
お母さん、お父さん、憂お姉ちゃん、煉。私の家族。
全員から褒めてもらってちょっと照れる。
照れ隠しにお母さんが受け取っているビラを指さしてメニューの説明などをしてあげた。
「私はまだビラ全部配り終えてないからここにいなくちゃいけないけど、お母さんたちは自由に文化祭楽しんでね」
「ええ、分かったわ。頑張ってね、結衣」
「うん!」
「またねー、結衣姉」
「うん、またねー」
「結衣、着物の下って穿いてないの?」
「穿いてるよ。…って何言わせるの。この残念お姉ちゃん!!」
「あはははははははははっ」
手を振って家族と一時のお別れ。お姉ちゃんは帰宅したらしばく。
私はビラ配り再開。もっと苦戦するかと思ったけど、案外お客さんたちは素直に受け取ってくれる。
一般の人だけでなく学校の生徒たちも受け取ってくれて思ったより早くビラ配りは終了した。
次は手持ち看板を持って校内巡り。校内はほんのり暖かいから助かる。
看板を受け取りに教室に戻ると教室の外まで列ができてて大盛況だった。
「看板取りに来たよ」
「あ! 七瀬さん、お疲れ様」
「お疲れ様。凄い並んでるね」
「うん! これも七瀬さん効果のおかげだよ。ありがとうね」
「私? どういうこと?」
「はい、これ手持ち看板」
「あ、うん」
はぐらかされた。訳が分からないけど忙しそうだったので追及はやめておいた。
「二年B組でーす。お化け喫茶やってまーす」
校内を一巡り。それが終わると私の休憩時間。
休憩後は喫茶店の手伝いに入るので衣装などはそのままに先輩のクラスに急ぐ。
執事喫茶をやっているらしい。辿り着くと女性ばかりの長蛇の列ができていた。
「うわぁ………」
休憩時間中に私の順番来るかなぁ。
不安に思いながらも列に並ぶ。
当然、私に気づく執事目当てのお客さんたち。
「さっきの座敷わらしの娘!」
「「「えっ!」」」
えっ!? 何?? 「おっぎゃー、おっぎゃー」とでも言えばいいの?
「写真良いですか?」
「え? はい」
「わぁ、ありがとうございます!」
ここでも撮影会が始まった。
それから私の事情を聴いて何人かのお客さんが順番を譲ってくれた。親切。
おかげで私は余裕で先輩のクラス内へ。入ってすぐ見つける先輩。
黒の燕尾服が格好いい。すっっっごい似合ってる。
お客さんたちが紅い頬で呆けた目で先輩を見てる。
それは面白くない。しかし見事に男性客がいない。
私のクラスは逆に男性客が多かったのに。
「おかえりなさいませ。お嬢様」
里紗先輩とは違う先輩のクラスメイトが私の前にやって来る。
右腕をお腹に四十五度の角度でお辞儀。左手にはお盆。様になってる。
本当は里紗先輩に接客してもらいたかったけど仕方ない。
残念に思いつつも席への案内を受けようとして…。
「おや、そちらのお嬢様はこちらのお客様だ。すまないが君、私と変わってもらえるかい」
たらそれに気が付いた先輩が私たちの前にやって来た。
「え、あ、はい。これは失礼しました。ではエシュアルさん、後はよろしくお願いします」
「ああ。では参りましょう。お嬢様」
手を取られてエスコート。座敷わらしなのに貴族の令嬢にでもなった気分。座敷わらしなのに。
大事なことなので二回言いました。想像してみたらいいと思うよ。ほぉら、笑えるでしょう。
見惚れてしまう。先輩、凛々しくて格好良すぎ。
ずっと見ていたら先輩に気づかれて微笑まれた。
「結衣ちゃん、可愛い。うちに居ついて欲しいな。可愛い座敷わらしさん」
耳元、小声でそんな言葉。恥ずかしい。恥ずかしくて嬉しい。頬が熱い。心臓がドキドキと煩い。
「ではお嬢様、今日のお昼は何になさいますか?」
いつの間にか席についていたらしい。先輩からメニューを手渡されて書かれたそれを吟味する。
プリンケーキと紅茶を頼んでみた。届いたものを食べたら思いのほかプリンだった。美味しかった。
食べ終わってから里紗先輩に写真を一枚お願いしてスマホで撮影。ホクホク気分で教室に戻る。
休憩時間は終わり。これからお手伝い頑張るよ~~。
シャープ → ♯ これです。この模様です。




