外伝12.お願いがあります
◇<結衣>
金曜日の一限目。クラス全体が何処となく浮ついた雰囲気。
これは今日が終われば二連休だからという訳ではないだろう。
皆、これから行われる話し合いと、引いてはその先にある行事に思いを馳せているのだ。
私立燈華女子高等学校文化祭。チケット制だけど、一般の人たちにも開放されるそれは恋をしたい女子高生にとっては出会いの場でもある。勿論、そんなもの関係なく普通に祭りを楽しみたい者も大勢いる。どうでもいいと思ってる者も少なからずいる。
何にしても自分たちがこの文化祭をどういう風に過ごすかという意味でとても大切な会議の時間。
大袈裟に言えば、有意義なものになるか、つまらないものになるかこの会議に掛かっている。
だから皆、そわそわしているのだ。
委員長が熱いオーラを纏いながら黒板の前に立つ。
書記も同じように委員長の背後に立ち、チョークを手に持って会議の準備完了。
いよいよ会議が始まる。
「えー、今年もこの時期がやってきました。燈華女子高等学校文化祭。女子高生にとって大事な大事なイベントです。そこで、この文化祭が私たちにとって有意義でより良い物になるようにクラスの出し物を決めたいと思います。皆、幸せになりたいかーーーー」
「「「おーー」」」
どうやらこのクラスは恋をしたいお年頃の者が多いらしい。
委員長がクラスメイトから意見を募う。
出てくるのはやはり定番のお化け屋敷や喫茶店、手品ショーなど。
部活の出し物と違い、クラスの出し物といればこんなものだろう。
ある程度出尽くしたところで委員長により決が取られる。
お化け屋敷優勢。このまま決まるかと思われたところで敦美が手を上げて意見を述べる。
「あ~。さ~、このクラスには結衣がいるわけっしょ。だったらメイド喫茶とかの方がよくね?」
私? なんでと思ったのは名前を出された私だけだったらしい。
敦美の意見をキッカケに喫茶店がお化け屋敷を逆転。
最初に票を入れてた者まで寝返ったことで圧倒的大差をつけて喫茶店が私たちのクラスの出し物に決まった。
「それで後は何の喫茶店にするかなんですが、七瀬さん何か意見有りますか?」
だからなんで私に注目したりするの。さっき敦美がメイド喫茶って言ってたよね。それで良くない?
「えっと、じゃあメイドきっ…。と思ったけどどうせだから二位のお化け屋敷も取り入れてお化け喫茶ってどうかな」
「お化け喫茶ですか」
「うん。貞子とか伽椰子とか河童とかが接客したり、料理作ったりするの。難しいかな」
楽しそうだと思うんだけど、どうだろう。
仮装と喫茶店の準備両方しないといけないから面倒臭いって思われるかな。
皆の反応を伺う。
「いいかも」
「はーい、じゃあ私口裂け女やります」
「なら私は雪女やりまーす」
良かった。好評っぽい。皆の反応を見てから委員長を見るとうんうん頷いている。
「では我がクラスの出し物は七瀬さんの提案のお化け喫茶ということに決定します」
「「「異議なーし」」」
正式決定。会議が終わり残りの時間は自由時間。
あちらこちらで今決まったばかりの出し物についてクラスメイトたちが会話に花を咲かせる。
私は敦美の背中をツンツンつついて彼女をこちらに振り向かせる。聞いてみたいことあったんだ。
「結衣?」
「ねぇ。さっきなんで私の名前出したの?」
「そんなの勿論、結衣がうちのクラスのマスコットだからっしょ」
「マスコット?」
「そうそう。だから結衣に宣伝してもらえばうちのクラスはまず安泰」
「マスコットって着ぐるみに入ればいいの? それ私じゃなくても良くない?」
「何それ。まじ受ける。でも結衣は本気で言ってるよね?」
「うん」
敦美が私を見て深く嘆息する。ちょっとそれ失礼じゃない。なんなの。
「でもそれが結衣の魅力っしょ」
「どういうこと?」
「あ~、結衣、例の人とはどうなったん?」
すっっっごく分かりやすく話逸らされたな。
まぁいいか。先輩とまた話せるようになったのは敦美たちのおかげっていうのも少し…、爪の先くらいは恩があるし。
「とりあえずまた話せるようになったよ。ありがとう」
「それだけですか?」
「桃山さん! いつの間に」
「何処までいったんですか? キスですか? それとももっと先ですか?」
相変わらず恋バナ好きですね。桃山さん。
でも私たちは貴女が考えてるような関係ではないんですよ。
だからそういうのは敦美に聞いた方がいいと思う。
「私たちはそういう関係じゃないから。友達みたいなものだから」
「けど今日って里紗先輩の家の車で送ってもらってましたよね。お泊まりしたんじゃないんですか!?」
「したけど、パジャマパーティの延長みたいなもので、ただ楽しく話したり、それから抱き枕になったりしただけだよ」
「抱き枕?」
「言葉そのまま。それより敦美はどうなの? 彼氏とは上手くいってる?」
「あ~~~~」
敦美が視線を逸らす。もしかして地雷を踏んでしまったのかな。
桃山さんを見ると私と同じように何処となく気まずそうな感じ。
これは敦美と彼氏別れたな。進展具合を聞かなかったことにしたいけど、一度口から出てしまった言葉はもう二度と引っ込められないんだよね。どうしよう。
「別れた」
悩んでいる間にぶっきらぼうに敦美が応えた。
理由は聞かないでおこうと思う。人間いろいろあるよね。
わざわざ逆鱗に触れるかもしれないような繊細なことを聞く必要なんてないない。うん。
「キスが下手でさー。まじ信じられないんですけど」
「ねぇ、なんで理由言ったの? せっかくの私の気遣いどうしてくれるの?」
「はぁ? なんか分かんないけど聞いてよ。結衣」
「いいけど」
「あいつキスするとき毎回歯が当たるわけ。信じられなくない?」
「それは何と言うか…」
うん、どう言えばいいのか分からない。
「最初だけなら分かるけど二度目からは上手くやれっつうの。そう思わない? 香織」
敦美に突然話をフラれた桃山さんは「えっ、あっ」なんて言いながら苦笑い。
視線で私に助けを求めてくるも私は素早く視線を逸らした。ごめん、桃山さん。私もどう対応したらいいか分からないんだ。応援してるから頑張って。
「その」
「ん? もしかして男側の肩を持つとか?」
「いえ、キスの先は無かったのかなって気になりまして」
「「はい!?」」
私と敦美の声が被った。
桃山さん、意外とムッツリさんだ。
「あったけど、それも下手なわけ。まじあいつダメすぎ」
「ねぇ待って。なんで平然と応えてるの? さっき驚いてたのなんだったの? ねぇ」
「そうですか。それってある意味凄くないですか? 尊敬します」
「あのさぁ……」
ダメだ。こいつら早く何とかしないと。
それからも二人は教室で下ネタを楽し気に話していたけど、私はスマホを取り出して弄り、二人の話は全部聞き流した。
誰も止めないのが怖い。委員長も先生も止めないってどういうクラスだ。
私はこのクラスの皆のことがちょっと心配になった。
放課後。里紗先輩が教室まで私のことを迎えに来た。
飼い主を見つけた犬のように私は急いで先輩の傍に行く。
敦美たちクラスメイトの数名が生温かい目で私たちを見ていたような気がするけど、気のせい。きっと気のせい。
先輩と並んで歩く。学校内では他愛もない話。校外に出て私たちを迎えに来ていたメイドさんの一人・ユズさんが運転する車に乗り込んだ時、私は先輩に一限目のできごとを話した。
「…っていう感じで下ネタに花を咲かせて。どう思います? 先輩。先輩?」
里紗先輩の顔が紅い。これまでも何度か紅い顔は見てたけど、下ネタでそういう顔になったところは見たことなかったのでなんとなく得した気分。狼狽えてあちこちに視線を彷徨わせてる。可愛い。
「その、結衣ちゃん」
「はい」
高級車とはいえシートの幅は一般的な車とそうは変わらない。
リムジンとかキャンピングカーとかなら別だけど、この車は黒塗りの乗用車。
手を伸ばせば余裕で届く位置に私たちはいる。
景色が幾らか流れる。
先輩はその間に口をパクパクと開けては閉じ、やがて意を決したように私に向き直った。
「結衣ちゃん、お願いがあります」




