05.自覚
◇<ユイ>
リーシャと私が友達という関係になってから二ヶ月。
リーシャは見事にこのユグドラシルダンジョンの快適さに嵌り、ハイエルフの郷を出て私と共にこちらで暮らすようになっていた。
リーシャが言うには両親と長老に郷を出ることを伝えた際、ハイエルフを筆頭としたエルフ族が若い頃に一度はかかる憧れ病だと言われたらしい。そして憧れ敗れてどうせすぐ郷に戻ってくることになると予言もされたとかどうとか。
人間で言えば都会に憧れを抱いた田舎暮らしの人たちが都会に疲れて結局田舎に戻るという感じかな。
だけどリーシャの両親と長老の予言は外れることになると私は確信をもって言える。
だってもうリーシャはこの暮らしにすっかり順応して嵌っている。
郷に帰るのは一年に一度か数年に一度のたま~の郷帰りって感じになるだろう。
「はぁ…。訓練の後のお風呂は最高ね」
リーシャが手足を伸ばしながら本当に幸せそうにそんな言葉を。
それを見て地球・日本の文化が受け入れられたことに嬉しくなる私。
一緒に暮らし始めてから私たちは互いの常識を擦り合わせたり、魔法や武器の扱いの練習をしたりするようになった。
リーシャの指導のおかげで私は短剣の扱いが上手くなり、私の指導のおかげでリーシャは魔法の扱いが上手くなった。
それまでは生活魔法と言われる基礎中の基礎な魔法しか使えなかったようだけど、今は嬉々としてこの世界で言うところの上級魔法を何の苦も無く使いこなしている。或いはそれ以上のものも。
「ねぇ、ユイ。改めて聞くけど地球には魔素って無かったのよね? それにしてはユイはこちらに無い魔法を沢山知ってるけどどうしてなの?」
私は共に暮らすようになってから初日、自分が元異世界人であることをリーシャに話した。
多少驚かれたけど、最終的には「まぁユイだし」で済まされたことには笑ってしまった。
短い付き合いの中で私という人間を大まかに理解して順応してくれて嬉しい。
私もリーシャのことをもっと知りたいってそう思う。
「魔素はなかったけど、地球の人々は魔法っていうものに憧れてて、だから様々な媒体に様々な形で魔法が登場するから、それでね。それと勉強のおかげだよ。リーシャにも教えたでしょう」
「なるほどねー」
魔法はイメージが大事だ。
こういう概念があるっていうのとないのとでは使える魔法の幅が大きく変わる。
例えばこちらの世界の人は絶対零度という概念を知らない。
だからこちらの世界の人が使用する氷系魔法は寒い日に水が氷る程度の温度しか持たないものだ。
形状にしてもこちらの世界の人が考える氷系魔法は氷柱を飛ばすとかくらいだろうか。
それに対して私たちは水蒸気を発生させて目くらましとか液化窒素にしてぶっかけるとか氷の中に閉じ込めるとか幅がある。
「ユイ」
「ん~~?」
「私、そろそろ出るわね。ユイは?」
リーシャが湯船から立ち上がる音が聞こえる。
ふと見ると肌がほんのり紅に染まっていて色っぽい。
髪をお団子状にして上で纏めているのでうなじが…。
「うっ…」
「どうしたのかしら? ユイ」
「ううん、なんでも。私も出るよ」
ドキドキと煩い鼓動。
もしかして私は同性に興味があるのだろうか。
今まで考えたこともなければ、意識したこともなかった。
発見かもしれない。
湯船から立ち上がって自分の控えめな胸に手を当ててぼんやりと考え込んでしまう私。
「ユイ?」
そのせいでいつの間にかリーシャが私の傍にいることに気が付かなかった。
「うわぁぁぁ!!」
「ちょっと! 急に大きな声出さないでよ」
「だってリーシャ、裸!」
「はぁ? ここはお風呂なんだから当たり前じゃない」
「あ、うん。そうだね」
「変なユイね」
「あははっ」
体温が急上昇していくのが分かる。
このままではのぼせると感じた私は慌てて浴場から脱衣場へ出ていくのだった。
『『『お手伝いいたします。マスター、リーシャ様』』』
浴場から出るとクラシックデザインなメイド服を着たメイドさんが三人待っていた。
そのうちの一人はダンジョンコアのシルア。
リーシャがこちらに入り浸るようになってから数日後、何を思ったのか? シルアは私と同じように魔力人形に人格…。コア格? を移して体を得たのだ。
「いつもありがとう」
「ありがとうね」
『いいえ、これもメイドの務め。当然のことです』
シルアがほかの二人のメイドさんと共に近づいてくる。
この二人は自動人形。人格は何処かの誰かのを適当にインプットした疑似人格が搭載されているらしい。
ハンドタオルで軽く髪を拭いてもらって後はバスタオルで全身を。
下着と服を着せてもらって化粧水を顔にぺたぺたと。
続いて脱衣所に設置した椅子に座らされてドライヤー。
私もリーシャも何処かの令嬢な気分だ。
しかしメイドさんたちのドライヤーのかけ方が妙に上手い。
この時間いつも力が抜けてしまう。
特別なことはされてないのに勝手に体が脱力してしまうんだ。不思議…。
『終わりました』
「ふぁ? あ、うん。あひがとう」
いつもながら力が入らない。椅子から立ち上がることができない。
そんな私たちを見てメイドさんたちが微笑む。
リーシャと私。お姫様抱っこされてリビングへ。
『ではマッサージいたします』
「はひ」
ソファにバスタオルを引いた簡易ベット的なところに寝かされてマッサージが始まる。
もうここは楽園としか言いようがない。
こんな技術。シルアたちは一体何処で身に着けたのだろう?
気持ちいい。心も体も蕩けていく。
私とリーシャのお風呂上り後の日常。
私たちは今日もたっぷり極楽気分を味わった。
堕落していく。これはもう抜け出せないね。