外伝10.あなたのことが大好きです
◇<結衣>
デートの日から四日。ここのところ里紗先輩の様子がおかしい。おかしいっていうか、意図的に私のことを避けている。学校で会ったら目が合った瞬間に走って逃げるし、逃げられない場合は無言で私の横を通り過ぎる。お昼休憩も誘いに来ない。SNSは送ったら既読はつくのに返事がない。電話は出てくれない。
原因は分かってる。きっとあの日のキスのせい。里紗先輩の中で迷ってるのだと思う。迷ってる…んですよね? もしキスをして私に嫌悪を感じたとかだったら私は再起不能になるかもしれない。
今日も逃げられた。話だけでも聞きたいのに、それさえできない。
キスされてから私がどれだけ悶えたことか。家族に様子がおかしいって心配されて、拙い言葉でどうにこうにか適当なことを言って大丈夫だと安心させて、ベットに転がって何度も何度ものたうち回って、月曜日になったら里紗先輩にどうしてキスしたのか聞こうと思ってたのにもう木曜日。
別れ際に「また明日学校でね」そう言っていたのに…。先輩の【明日】はいつのことなんだろう。
「はぁぁぁぁぁぁ…」
深い深いため息が漏れる。
家でも学校でも漏らし続けてもう何度目なんだろう?
ため息をつくと幸せが逃げていく。とかいう話が確かあったように思うけど、だとしたら私の幸せはずっとずっと遠くに行ってしまったに違いない。
幸せになりたい。遠ざけたくない。でもこんな状況じゃあ仕方ないじゃないか。
これを打開する手段があるなら誰でもいいからその方法を教えて欲しい。
「おーい、結衣」
我に返ったら目の前でぶんぶんと手が振られていることに気が付いた。
「あっ。ごめんごめん。何? 敦美」
「いや。結衣、こないだからまたおかしいし。どしたん?」
「あ~~~」
この際敦美に相談してみようか。でも里紗先輩と私の関係を漏らすのは少し怖い。
というか大体私と里紗先輩の関係って一体何? 先輩と後輩? 友達? この二つの他に当てはまるものはないような気がする。どっちだろう。先輩と後輩で友達。両方合わせたこれかな。
「結衣~。帰ってこ~い」
おっと、また自分の世界に入っていたらしい。
敦美が訝し気な目で見てる。
私は敦美の今の心境を無視することに決めて、本題の里紗先輩と私のことをそれとなく話すことにした。
「あのさ敦美。人が人を避けるってどういう心理が避ける側の人に働いてると思う?」
「は? 何それ。心理学者にでもなりたいとかなん? まじ受ける」
「…真面目に聞いてるの」
「ごめん。普通に考えたらその人のことが嫌いだからになるっしょ」
うっ。胸が痛い。聞いたの私だから自業自得だけどキツい。
「そ…そっか。嫌いだから、か」
「他には…もしかして臭いとか?」
敦美がケラケラ笑いながら言う。思わず自分の匂いを嗅いでしまった。自分では分からない。
そんなことをしていると桃山さんがこちらに歩いてきた。
敦美に話の内容を聞いて彼女は私に迫って来る。
「もしかして七瀬さん、気になる男の子がいるんですか!!?」
近い近い近い。鼻息荒い。女の子って恋バナ好きだよね。敦美も「えっ?」って驚いた顔で私を見てる。
気のせいか、クラスメイトたちもざわついてるような感じも。視線を感じる。これ、かなり話し辛くなった。
「どんな感じの男性なんですか? 写真あります? あったら見たいです」
桃山さん、目がキラキラ輝いている。
違う。違うんだ。そういうんじゃないんだよ~。
「ごめんね。恋バナじゃなくて…」
私が言うと「え~~っ」って桃山さんは露骨にガッカリした表情を見せた。
クラスメイトたちもそんな顔をしているのが何人かいる。
"ほっ"とため息をついた娘たちもいるけど。何故?
首を傾げる。不思議だけど、今はそれより! と思い直して話を戻すことにした。
「えっと、嫌い・臭いの他にも考えられそうな事柄ってある?」
「んー」
「そうですねぇ」
待つ間別の意味でドキドキする。
これ以上何を言われるのか。ダメージ凄いけど私は避けられてる理由を探りたいから聞く。
とか格好いい? ことを思いつつも身構えていたら桃山さんが爆弾を落とした。
「自意識過剰とか」
「え?」
「避けられてるって思ってるのは本人だけで避けてる人はその人のことを何も思ってないとかあり得なくもなくないですか」
「あ~、それストーカーを避けるようなもんっしょ」
………。私のライフは0。机に突っ伏した。
自意識過剰、ストーカー…。涙出そう。けど里紗先輩はデートまでは必死に私にアピールしてたんだよ? それにそれにストーカにキスとか…する?
そうだ。そうだよ! しないよね、普通。二人の勘違いだよ。
勢いよく顔を上げる。
何故か立ち上がり、机を叩くように"バンッ"と手を置いて私は二人に尋ねる。
「そんなに嫌な相手にキスとかする?」
し~んっと静まり返る教室内。
思ったより強く机を叩いていたし、大きな声が出ていたらしい。
顔に熱が溜まる。やってしまった。死ぬ程恥ずかしい。
「あ、あの、これは…。その…」
廊下側のクラスメイトたちに向かってわたわたと手を振る。
彼女たちの視線は完全に私に釘付け。離れることはない。
そんな重苦しい雰囲気の中で桃山さんが小さく呟いた。
「やっぱり七瀬さん、好きな男の子いるんじゃないですか?」
放課後。私と敦美と桃山さんで地元の常〇公園に歩いてきた。
人工の池にボートが浮かんでいる。噴水が飛沫を上げている。
そんな水辺を歩いて少し先にあるあずま屋に到着後、腰を下ろす。
しばしの間全員で呆けて、最初に口を開いたのは敦美。
「で、結衣。好きな男ができたってまじなん?」
それを受けて目に色を浮かべるのは桃山さん。
瞳孔にハートマークが錯覚できる。
「好きかどうかは分からないんだけど…」
男性でもないし。でも訂正はしない。
この国はまだまだ同性愛者には暮らし辛い国だ。
現在同性婚可能な国が増えてるのにこの国は未だにそれを許してない。
先進国ではそんなの日本だけじゃなかったっけ?
昔ながらの古い考えに固執してるというか、正直新しい風を取り込んだらいいのにって思う。
「ふ~ん、好きかどうか分からなくても気になる男はいるんだ?」
「気になる。…のかなぁ。それもいまいちよく分からないんだよね。なんなんだろ、これ」
モヤモヤしてイライラする。自分の気持ちが分からない。
私は何をこうヤキモキしてるんだろう。
「でも気にならないなら悩んだりしないんじゃないですか?」
桃山さんが口を挟んできた。それは、確かに。
「じゃあ気になってるのかなぁ」
「きっとそうですよ。いいなぁ、恋。素敵です」
恋。恋とはまだ違うような。里紗先輩っていう女性。そのものが気になるっていうか…。
「う~ん、分かんない」
考え込んでしまった私に二人は顔を見合わせ、それまで私、敦美、桃山さんという順番だったのを敦美、私、桃山さんと私を挟む形を取った。
私を逃がさないように左右の腕を一本ずつしっかり取られ質問責めが始まる。
「で、何処で知り合ったん?」
「その人格好いいですか? 七瀬さんが恋するくらいだからきっと素敵な方なんですよね?」
「片思いってことでいい? いつからそうなん?」
「その人高校生ですか? 大学生ですか? もしかして社会人さん?」
「家は何処? 近所? 調べはついてるん?」
「写真。ほんとに写真無いんですか? あるなら見せてくださいよ~」
「あ、あの…」
オロオロ。二人が怖い。その勢いは獲物を追い詰めるハンターの如し。
アイリスでハンター活動してた時に私が追い詰めた魔獣もこういう気持ちだったんだろうなぁって分かった。
「「話すまで離さない」」
「ひっ!!?」
しどろもどろ。私は悟られない程度の情報を二人に話した。
「なるほど。けど結衣。うちにも内緒にしてたって水臭くね」
「それはごめん」
「同じ高校生なんですね。で何処の高校かはまだ調べてないから分からないと」
「うん」
「私、調べますね。こういう時こそスマホ、文明の利器を使うべきです」
桃山さんがポケットからスマホを取り出す。まずい。こういう状況になることを考えてなかった。
適当な高校をそれだと言うことする? 連れていかれたらどうしよう。
あああ~、大学生ってことにしとけば良かった。大失敗した。大学生なら制服じゃなくて私服だから大学名とか調べるのずっと難しくなるのに。高校なんて制服調べたら一発だよ。私のバカ~~~。
頭を抱えていたら私のスマホが鳴る。
SNSで発信者を見ると待望の人から。【ゆひ】。
ゆひ? ってなに? 指? あ、結衣かな。
何が言いたかったのだろう。あれこれ推理していると再びスマホが鳴る。
【ごめん。スマホ見てたら手が滑って顔面にスマホ落としちゃって。その時に間違って送っちゃった】
顔面にスマホ。想像してみる。多分里紗先輩はベットに寝転んでスマホを見ていたのだろう。
あの二人で寝たベットで。………ちがっ、今想像するのはそうじゃない!!
こほんっ。その時たまたま手が滑って文字をフリックして顔面に落ちた時に送信になった。
あ、可愛い。顔がニヤけるのを抑えられない。
ここは外で私の他に友達の二人がいる。
…ことは私の手からスマホが奪われるまで失念してしまっていた。
「SNSやってんじゃん。避けられてるって気のせいじゃね」
「ちょっ! 敦美!!」
取り返そうと敦美に飛びかかる。
見られるのはいろんな意味でよろしくない。
名前を里紗先輩で登録してある。送信した中に恥ずかしい言葉がある。
見られたら黒歴史に触れられるのと同じ絶望を味わうことになる。
「返して!!」
「中身は見たりしないから。うちにちょっと貸しといて」
「ダメだってば。絶対ダメ」
スマホは敦美に掲げられてて手を伸ばしても届かない。
くっそ~。背が低いの不利過ぎる。最近の高校生発育良すぎじゃない? 私に少し分けてよ。胸と身長。その対価は私の贅肉でお願いします。
ピョンピョン跳ねて取り返そうとする。
それを背後から邪魔するよう桃山さんに羽交い絞めされた。
「桃山さん!?」
「園部さん、今です」
「ラジャー」
ラジャーじゃないよ。なんの掛け声? それ。何するつもりか知らないけど、やめて~~~。
「あなたのことが大好きです。と…。送信」
ぬわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!???
スマホは返された。恐る恐る見ると本当に送信されている。
まだだ。まだ間に合う。確か既読が付く前に消せば相手に読まれない筈。
しょう~~~きょ? ………既読ついた。
【私も結衣ちゃんのこと好きだよ。避けててごめんなさい】
その後すぐ送られてきた文面に固まる。
その好きはどういう意味の好き? 私はこれにどう反応したらいいの? 返信するべきなのかな?
二人が私のスマホを覗き込んでくる。
「里紗…先輩?」
「里紗先輩ってあの、ですか?」
バレた。けど今は里紗先輩からの文面が衝撃的過ぎてそれどころじゃない。
「相手は女かぁ。でも納得した。結衣が男なんてどうもおかしいと思ってたし」
「そうなんですか?」
「そうそう。うちらこないだ合コン行った話したじゃん。結衣、男なんて全然興味ない感じだったんだよね」
「でも女の人同士って…」
「桃山ってそういうの差別するタイプなわけ? 超ドン引きなんですけど」
「違います。そうじゃなくて大変そうだなって」
「そんなの本人たち次第なんじゃね? って結衣いつまで固まってるわけ? 結衣~」
「………え?」
再起動。私はもう一度スマホを覗き込んだ。
何度見ても文面は同じ。
「返信しないん?」
敦美の言葉に壊れた自動人形のように"ギギギ"とそちらを向く。
「なんてすればいいと思う?」
「そんなの、嬉しいです。とかでいいんじゃん」
「嬉しいです。嬉しいです」
スマホ操作。私は何故か【会いたいです。今から行きます】そう入力していた。
「まじで? 今から行くわけ?」
「七瀬さん、頑張ってください!!」
「………何を?」
「えっっ? 会いに行くって」
「え…。あっ……」
私は自分が入力した文面を見た後、スマホを鞄にしまい全力で走りだした。
作者は冬の常〇公園が好きです。
雪化粧が綺麗だと思います。




