外伝07.デートのお誘い
◇<結衣>
月曜日の学校。これから授業な五日間が始まるため、憂鬱な顔をしたクラスメイトが数名。
ただでさえそんななのに本日は一限から体育で種目はマラソン。
張り切っている者は少ない。どちらかというと嫌々走ってる感じの者が多い。
そういう私もその中の一人。月曜日っていう曜日に関してはそれ程辛いとは思わないけれど、マラソンに関してはなんでこんな種目あるんだーって恨み言が出てしまう。
私は体力というものがないのだ。つくづくアイリスでは魔力人形の体に助けられてたんだなって実感する。
精神も体に引っ張られてたからそれなりに強くあれたのだろう。
もしアイリスでも今のままだったら世界平定なんて絶対に無理だったと強く断言できる。
物事というものは無くなってから気づくことが多いのだ。
「ハァ、ハァ…ぜーぜー……」
皆に着いて行くだけで精一杯。ううん、すでに周回遅れになってたりする。
膝が笑ってる。息が苦しい。立ち止まりたい。こんなに苦しい競技なのになんで皆元気なんだろう。
敦美なんてさっきまた私を抜かしていった。本気出してないって分かるのにあのペース。本当に同じ人間? 実は魔力人形なんじゃないのかな。
「死~ぬ~」
いよいよ足がもつれだす。皆の視線がトロくさい私に集中してる気がする。
見ないで欲しい。情けない私を見ないで。っていうかこんなに遅いのは私だけなの? 何気なく後ろを振り返ったらそんなことなかった。もっと遅いのが数人いた。その中の一人・桃山香織が私に気づく。クラスで一番背の低い娘。その割に私より胸が大きい。けっ。大きくて可愛らしい丸い目と薄い色素の唇。栗色の天然パーマなミディアムヘア。小動物的な可愛さを持った女の子。
そんな桃山さんが少しだけペースを上げて私の隣に並ぶ。
「ハァ、ハァ……っ。こんにちは 七瀬さん」
「ぜーぜー、ぜー…。うん、こんにちは」
「…調子、どう、ですか?」
「見ての、通り…。最悪だよ」
三度目の正直。敦美が走って来た。
「二人共大丈夫?」
「だいじょばない」
「私ももうダメですぅ」
これだけ走ってまだまだ元気。涼しい顔をしている敦美に私たちは弱音。
多分もう無理。そろそろ倒れる。
酸素。酸素頂戴。酸素。もう無理ぃ。死ぬ~。
なのにギブアップはしない私たち。偉い。
気を紛らわせるため敦美に土曜日のことを聞いてみる。
「……へふっ、へふっ…。敦美さぁ、あれ、から…どうなっ……たの?」
「合コンのこと? おかげで彼氏できてさ~。まじ嬉しいんですけど~」
「…合、コン?」
「あ~……こないだ、さ。矢吹純子……に誘われて、ね」
「へぇ…。そ、そう言えば…今日…は矢吹さん……来てないですね」
「なんか結衣に薬を使って男に持ち帰りさせようとしたことが従姉妹にバレて強制的に転校させられることになってるって聞いたよ。まじ受ける。…って結衣大丈夫だったん?」
「私は、まぁ…その従姉妹に助け……られ…た、から大丈…夫」
「……ひぇぇ。………転校…って怖いですね。その、従姉妹、さん」
「超大企業の会長の一人娘らしいし。呼吸を続けさせるも止めさせるも余裕でできるんじゃね」
何それ怖い。里紗先輩ってそんな凄いところのご令嬢だったんだ。怖っ。
予想以上の真相が突然沸いて来てぷちパニック。
そんな時、耳に届くチャイムの音。
「お~、後はゴールしたら終わりっしょ」
「やっと…楽…に、なれるん、だね」
「桃山、さん…。戻って…きて。そっちは……。行ったら、ダメ……」
「七瀬、桃山。頑張れーーー」
ゴールに立って私たちを応援してくれる先生が優しい仏様みたいに見える。
実際は口煩い生活指導の先生なのだけど、ランナーズハイというやつだろう。
やる気が漲って来る。桃山さんと目と目で通じ合って頷き合う。
「にゃああああああっっ」
「うわぁぁぁぁぁぁぁっ」
私たちは最後必死に走り、二人仲良くゴールした。
やったよ。やり遂げたよ。私たち最後は風になれたね。
桃山さんと感涙の万歳。私たちはやり遂げたことにむせび泣いたのだった。
ちなみにこの時のことを後で敦美に聞いてみた。
「私たち最後速かったよね?」
「………。歩くのと同じくらいだったっしょ」
風になれたと思っていたのは私たち二人だけだったらしい。体力付けないとダメだな。
お昼の休憩時間。早速里紗先輩がやって来た。
二年生の教室に三年生。そうでなくても里紗先輩は色々な意味で目立つ。
注目の的。になっているけれど、本人は然して気にした様子もなく私のことを探している。
私の席は窓側の前から四番目。なので他のクラスメイトが邪魔で見つけにくいのだろう。
ついには廊下に出ようとしていた者を捕まえて私のことを聞こうとする。
その前に敦美に断ってお弁当を持ち、自分から里紗先輩のところへ行く。
「里紗先輩」
私をその目に捉えると破顔して嬉しそうな表情になる。
何この人可愛い。それを見た私はニヤけそうになってしまう。
「結衣ちゃん」
「ごめんなさい。探しましたか? 私の席一番奥だから見つけにくいですよね」
「ちょっと探したかな。でも会えたからオッケーオッケー」
あははっ。と里紗先輩が楽し気に笑うのを見て私も顔を崩した。
「さて、それじゃあ何処で食べますか?」
「う~ん、そうだねぇ。中庭か屋上?」
「定番ですね。でもこの時期外で食べるのって辛くないですか?」
「確かに寒いよね。じゃあ適当に空き教室で食べようか」
「はい!」
里紗先輩と並んで歩く。
途中どうでもいいようなことを話しながら。
安心感。開放感? たった数日しか触れ合ってないのにすっかり古くからの知り合いみたいになった。
手と手が触れ合う。互いに急いで手を隠した。
「あ、ごめんなさい」
「う、ううん。こちらこそ」
「里紗先輩」
「ん? うん、何かなぁ?」
「今日いつもよりちょっと暑くないですか」
「そ、そうだねー」
沈黙。手が触れ合ったくらいのことで私たちは何故にここまで照れているのか。
(付き合い始めのカップルか!)
心の中、自分で言っておきながらその言葉が深く自分に刺さる。
暑い。暑いなぁ。これだと中庭とか屋上で食べても平気だったかも。
「ここにしよっか」
「え? あ、はい」
里紗先輩が見つけた空き教室。運よく今のところ誰もいない。
中に入ってお弁当を広げる。
今日はでんぶかけ弁当。おかずはコロッケ、ミートボール、玉子焼き、花と蝶々に模られた人参、ゴボウのキンピラ、レタス、ミニトマトが入っている。
それに対して里紗先輩は少し意外なことに純和風なお弁当。
ご飯の真ん中に梅干し一つ、焼き鮭、玉子焼き、ちくわの磯辺揚げ、人参、枝豆、ほうれんそうのおひたしが入っている。
偏見だけど、先輩って洋食派だと思ってた。
和風お弁当の理由を聞くとたまにこういう味が食べたくなるんだそう。日本人の血かな。分からなくもない。
「「いただきます」」
お祈りいただきますだけにした。
でも手を合わせることは続ける。食材と農家の人たちに感謝します。
もぐもぐ食べていると視線を感じる。
里紗先輩、もしかして食べてみたい?
「良かったら食べてみますか?」
お弁当を差し出すと里紗先輩は「いいの?」そう言って顔を綻ばせた。
「どうぞどうぞ」
「ありがとう。結衣ちゃんも良かったら…」
「じゃあちくわ一つもらいますね」
「いいよー。私は玉子焼きもらおうかな」
「はい」
いざ実食。うん、美味しい。磯の香りがする。なんか懐かしいって感じるなぁ。地球の生物はすべて海から生まれてきたっていう説があるからかな。
そんな壮大なことを考えつつ、里紗先輩を見ると普通の玉子焼きなのに高級食材でも食べているかのような顔をしている。
あ! 先輩は高級な物食べ慣れてるんだろうけど、私は庶民だからそう思ってしまうのだ。
アイリスでも特別高いものは食べなかったしね。庶民舌だから。
「美味しい。結衣ちゃん家の玉子焼きって甘いんだね」
「はい。家族全員が甘いもの好きなので」
「へぇ。家族かぁ。…いいなぁ」
「ごめんなさい」
「ううん、違うの。そういうのじゃないの。あ、そうだ! 結衣ちゃん」
「はい?」
里紗先輩が真っ直ぐに私を見る。
何かを期待してるような眼差し。
「今週の日曜日って暇? 良かったら買い物に付き合って欲しいんだけど」
それってデートの誘い? …なわけないか。私たちはまだ出会ってから日が浅いんだから。
落ち着け、落ち着け。私。心の中ですー・・はー・・・深呼吸。
よし、落ち着いた。冷静になるよう努めて声を出す。
「いいですよ。何時に何処へ行けばいいですか?」
「じゃあ十時に駅前で。楽しみだなぁ。結衣ちゃんとデート」
「デ……っ!!?」
「なぁに? 相手が私じゃ不満? 地味に…。ううん、すっごく傷つくんですけど」
「ち…。ちが」
「ちが?」
「ち……っ」
もぐもくもぐ。現実逃避してお弁当を食べる。
里紗先輩がまたおかずを欲しがったので今度はミートボールをあげた。
美味しそうに食べる先輩可愛い。
手作りなんだよね。それ。そんなに喜んでもらえるなら作った甲斐があったよ。
「「ごちそうさまでした」」
「さてと。結衣ちゃん、私次は移動教室だから先に戻るね」
「あ、はい」
「デート忘れないでね。絶対来てね」
「はい」
「楽しみ。早く日曜日になればいいのに」
スキップ気味に里紗先輩が教室に戻っていく。
後に残された私はデートという言葉が脳内でリピートされて暫くそこから動くことができなかった。




