04.友達
◆<リーシャ>
今思えばどうして初対面の彼女に着いて行こうなんて思ったのだろう。
ううん、理由は実は分かってた。
私は人間のことを私たちエルフ族や他の亜人たちを捕らえ奴隷として使役する鬼畜な存在であり、忌むべき存在であると捉えると同時に私たちには無い文化を次々と生み出しては昇華させることのできる、ほんの少しは尊敬できる存在としても捉えていたのだ。
こんな考えができるのは私がまだ若いからだろう。
私はハイエルフの末裔。現在の長老の娘の娘の娘。この世に生まれてから十九年。
何事もなければ千年以上は生きるハイエルフとしてはひよっ子もいいところだ。
ハイエルフは二百を超えたら大体頭が硬い者が増えるような気がする。
それまでは割と柔軟に世界情勢を受け入れようとするが、それくらいになると急に森に閉じこもるのが一番という考えに殆ど誰も彼もがなる。
まぁそれに理由があるのも知っている。
若いうちに人間や他種族の生活に憧れなどを抱いて見に行ってみたはいいが蓋を開けてみたら思っていたのと違って落ち込んで、ガッカリして帰ってきて森に引き篭もるようになるのだ。
そして自分が体験してきたことを若いハイエルフに話して同じ過ちを繰り返さないようにと忠告する。
私も何度もその忠告を受けた。
それでもどうにも好奇心が疼いてしまうのだ。
だから………。
「着きましたよ」
「ここ…なの?」
「はい」
考え事をしながら歩いていたら、いつの間にか目的地に到着していたらしい。
ちょっとワクワクしながら顔を上げてみたら目の前にあるのはただの大岩。
騙されたか。或いは馬鹿にされてるのだろうか?
困惑していると人間の彼女は「ちょっと待っててくださいね」と私に言った後何やら大岩をちょこちょことつつく。
「リーシャさんもアクセスできるようにしたので自由に出入りできますよ。じゃあまた着いて来てください」
「着いて来てくださいって…。えっ!!」
大岩の中に彼女が消えた。
どういうことだろう? …考えられるのはハイエルフの森を包む幻惑の魔法と同種のもの?
人間の彼女がどうして?
などと呆然としていたら岩の中から彼女が顔だけを出して私を呼ぶ。
「リーシャさん?」
その姿は岩に顔が生えてるようでなかなかに愉快だった。
「ぷっ」
「はい?」
「いえ、なんでもないわ。中に入ればいいのね?」
「はい」
彼女のおかげで面倒臭いことはどうでもよくなった。
岩に向かって歩く。
私の体は岩にぶつかることなくあっさりと通過した。
「ようこそ。私の城へ」
「はっ!!?」
なんだこれ。
なんだこれ。
私は起きたまま夢でも見てるんだろうか?
こんな町? 都? 或いは国かしら? 見たことない。
ハイエルフの仲間たちから聞いたどの町? 都?の様子とも全然違う。
空の色も、変。
「リーシャさん?」
私を呼ぶ声に私はハッと我に返り、たまたま目に映ったその樹を見てまたすぐに固まった。
「まさか…世界樹?」
「あっ、はい」
「嘘…」
私はその樹の元へ駆けていく。
女神イリス様が世界創造と同時に植樹されたとされる世界樹。
しかしそれは伝説でしかなく、本当は私たちの領域にある聖霊樹がそれのことだとこの世界に住む人々は習ってきた。
しかし目の前にあるこの樹は言い伝えの伝説の樹・世界樹そのものだ。
体が震える。伝説の樹を見て、触れることができるなんて思わなかった。
「これで信じてもらえました?」
何処か呑気な彼女を信じられないものを見る目で見る。
女神イリス様の御使い様。最早それは疑いようがない。
「ユイ…様。数々のご無礼を」
「やめてください。普通に接してくださいよ」
「ですが」
そんなの恐れ多い。
っていうか私は御使い様を矢で射ってしまった。
天罰が下るんじゃないだろうか。
血の気が失せていく。
私だけならまだいい。私のせいでハイエルフが滅んだりしたら目も当てられない。
「あ、あの…御使い様。どうか天罰は私だけでお許しを」
「いえ、ですから…。普通に。後、天罰なんてないですから」
「…いや、あの。でも……。どうか罪深き私を罰してください」
「えーーー…」
御使い様が心底面倒臭そうな顔になる。
私がそんな顔をさせてると思うとこれもまた罪深い。
でも御使い様を射った私は罰せられるべきなのだ。
「では」
暫くして御使い様の様子が変わる。
急に笑顔になり、私に手を差し出してくる。
「えっと?」
「これは罰ってわけではないですし、断ってもいいですけど私と友達になってください」
「え…。えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
絶叫。御使い様と友達!?
そんな。そんな…あり得ない。
「私、一人で寂しいんですよ。実を言うとそのせいで人里っていうんですかね? 探しに出てたんです。そこでリーシャさんに会って。これはちょっとした運命かなって。だから友達になって欲しいんですがダメですかね?」
「私…」
「………はい」
御使い様の声のトーンが低い。
不安で仕方ない。見捨てないで。そんな感じの声だ。
私は堪らず御使い様の手を取った。
「私で良ければお願いいたします」
「ほ、本当? 良いの?」
「あ、丁寧語じゃない。そっちが本当の御使い様なんですね」
「うっ。丁寧語の方が良いかな?」
「いいえ、素の御使い様の方がいいです」
「じゃあ素で。リーシャも丁寧語はやめて。それから御使い様も禁止。私はユイって名前があるんだから」
「分かりまし…。こほんっ、分かったわ。ユイ…様? ユイさん?」
「呼び捨てでいいよ」
「分かったわ。ユイ」
「うん。リーシャ。…私も呼び捨てでいい?」
「ユイの好きにしていいわ」
「じゃあリーシャで」
「ええ」
「これからよろしくね。リーシャ」
「ええ、ユイ」
こうして私と御使い様・ユイは友達となった。
この後ご馳走になった夕食に驚愕し、お風呂というものにも驚愕していろんな意味で酷く疲れた。
ユイに見送られて家路へ。実家に着いた私は疲れているのに興奮して眠れず久しぶりに徹夜というものをしてしまった。
朝になって思う。
ユイにはいつでも来ていいって言われてるし、朝食を食べたら今日もユイのところへ遊びに行こう。