番外編15.その後の私たち
◆<リーシャ>
千年に少し足りない九百三十年。
ハイエルフの私もイリス様の元へ旅立つ日がやって来た。
この人生、とても充実していて楽しかった。悔いはない。
あの時と変わらないシルアが私の手を握って涙を零している。
「リーシャ様まで私たちを置いていってしまうのですか」
悲痛な叫び。何か答えてあげたいが声が出ない。
枕元に愛しい人が立って私の頭を撫でてくれる。
――――ユイ。
私の愛する彼女は私よりも先に逝ってしまった。
魔力人形の心臓部である魔石が寿命となり、魔力が生成されなくなった体は【人】としての形を保つことができなくなって、ある日突然砂のように崩れ落ちていった。後に残ったのは寿命を終えて灰色になってしまった魔石とミスリルの骨だけ。あっけない最期だった。
それを目の前で見てしまった私は発狂して三日三晩食事も喉を通らなかった。
今と同じようにユイが私の枕元に立ってくれなかったらあのまま餓死という形で自殺していたかもしれない。ユイが来てくれたから私はなんとか立ち直って彼女がいない間の百年、ユイに代わってユグドラシルダンジョンとユーリス神聖国の代表としてその役目を必死に務めた。
後にユイから聞いた話だと、コアに隔離されていた本体がユイの死と同時に世界樹に吸収されて、それが現世と常世を繋ぐ架け橋・扉となったから時々私の傍に来れていたらしい。
閑話休題。
ユイとシルアと皆が敷いた基盤があったし、それにモージス様が健在で私の傍にいらしてくれたから政なんてろくに知らなかった私でも上手くやることができたのだと思う。それがなければ私なんて無知な存在が国の代表を務めるなんてとてもじゃないが無理だっただろう。
《よく頑張ったね》
ユイが私に微笑んでくれる。
全然変わらないユイ。いや、あの頃より神々しくなったかもしれない。
寿命を迎えたことで正式にイリス様の義理の妹兼補佐に就任したからだろう。
私も傍に行けるのだろうか。死んでからもユイの伴侶でいたい。
《ユイ。私、また貴女の隣に立つことできる?》
思い切って聞いてみると彼女は小さく首を縦に振った。
そっか。嬉しい。それなら死ぬのも怖くない。
シルアを見るとユイのことは見えていないらしい。相変わらずの潤んだ瞳。
ごめんね。
皆のことも愛していて心配だけど、私の一番はユイなの。
だから許して欲しい。ユイの傍に行きたいと心から願う私の我が儘を。
目が見えなくなってきた。体から力が抜けていく。
その分だけユイが鮮明に見えるようになった。
彼女が逝ってしまってからはその体に触れることができなかったのに触れられる。
《ユイ!!》
《リーシャ》
《ユイ、ユイ。ずっと待ってたわ。やっとやっとまたユイに触ることができた》
《うん、私も待ってた。えへへ…。嬉しい。あ、ごめんね。リーシャは死んじゃったからなのに》
《いいえ、いいの。私も嬉しいんだから》
肉体から完全に切り離される。
力尽きた私の肉体に縋りついて泣くシルアにユイ共々もう一度ごめんなさいと頭を下げた。
《行こっか。あ、そうそう》
《どうしたの?》
《また私と一緒に歩んでください。今度は永久に》
ユイがはにかみながら私に右手を差し出してくる。
私はそのユイが可愛くて可愛くて、手を取ることなく代わりに彼女を強く抱き締めた。
《絶対離さない。嫌だって言ってもついて行くから》
《うん!》
これから私たちの新しい生活が始まる。
――――筈だった。
いや、新しい生活と言えば新しい生活なのかもしれない。
しかし生前とあまり変わらないような気がするのは気のせいではないと思う。
白亜の外壁、オレンジの屋根。道を行き交うのは機械馬の馬車。
何処かで見たことがあるような人たちもいる。あれは先に逝ったバジルさんたちでは?
そうだ。ここはユーリス神聖国。ただ、今現在のそれよりも過去のそれ。
ユイが御使い様として活動を始めた頃の遠き日のユーリス神聖国。
《なんで?》
呟きが漏れる。それに応えたのはユイ。…ではなくイリス様。
《それは私があの頃の国を模してこの神の世界に国を作ったからです》
《イリス様!!》
《お久しぶりですね。リーシャさん》
《は、はい。えっと…》
《ええ。言わなくても大丈夫です。貴女とユイはこの国の首都ナナセの町で暮らせるようすでに手配が整っています》
《ありがとうございます。シルアたちは?》
《あの娘の体が寿命を迎えたらユイが来るその前の時と同じようにユグドラシルダンジョンを隔離して閉鎖しようと思っています。そしてこちら側に繋げる予定です。シルアは世界樹の化身ですからね。そうしないとただのコアに戻ってしまうのですよ》
《つまりまた会えるっていうことですか?》
《ええ、あの娘たちが寿命を迎えたその時に》
良かった。気になっていたのよ。シルアはどうなるのかって。これで安心ね。
私は改めてユイを見る。私に見つめられて首を傾げるユイ。
《何? リーシャ》
《可愛い》
私の大切な伴侶。ずっとずっと求めてやまなかった存在。誰よりも愛する人。
手を繋ぐと彼女も握り返してくれる。そうして指と指を絡めると人差し指で私の手の甲をつつく。
懐かしい。胸がいっぱいになる。ユイ。私のユイ。私は本当にユイとまた触れ合えるようになったんだ。
《ユイ、私たちの家は何処? そこに行きたいわ》
《うん。案内するよ》
《お願いね》
私たちは新しい愛の巣へ駆けていく。
《ユイ、キスしたいわ》
《何度目? するけど》
私たちは一度お互いの再触れ合いを祝すため、また新たに自分を相手に刻むため一度愛し合った。
なのでお互いに裸。肌と肌の温もりを感じながらユイにキスを強請る。
何度目かなんてもう忘れた。最中も入れたらとっくに三十回くらいはしてるんじゃないだろうか。
ユイが顔を近づけてくる。私に届くまでが待ちきれなくて彼女の首に手を回して引っ張り、その唇に唇を重ねる。
《リーシャ、ガッツキ過ぎじゃない?》
《百年できなかったのよ? 取り返したいわ》
《それってあと何回必要なんだろう》
《さぁ? 気が済むまでしたらいいじゃない。……愛し合うのも》
《いくら霊体でも体もたないよ》
ユイが笑う。私もおかしくなってきて一緒に笑う。
《それもそうね》
《今日だけじゃなくて、時間はたっぷりあるんだからゆっくり好きな時に愛し合えばいいんだよ》
《ふふ、そうね》
彼女の笑みが私の想いを強くさせる。
愛しくて大好きな彼女。
ユイは私の――――。
私は独占欲を隠すことなくユイの首筋に吸い付いた。
これからもずっと傍にいて。いさせてね。ユイ――――。
これでこのお話は正史は完結です。
次話からは外伝となります。




