番外編13.再会 その2
◇<ユイ>
「結衣…姉!!?」
「あ…」
まずい。これは非常にまずい。
今私の目の前にいるのはこれ以上ないくらいに驚愕の顔をした私の弟七瀬煉。
私の知っている弟より大きくなってるけど、昔の面影は確かに残ってる。
「えっと…。あの…」
「…なわけないよな。結衣姉はもう」
悲痛な表情。世間では姉弟というものは大体仲が悪かったりするものみたいだけど、私たちはそれに当てはまらず姉、私、弟。全員互いのことを尊重し合って仲が良かった。
弟が軽く首を振って無理矢理笑顔を作る。
痛々しい笑顔。見ていて辛くなる。その笑顔を作らせているのが私だと思うと心が痛い。
「ごめんなさい」
その顔を見ていられなくて、見ていたくなくて弟から視線を逸らす。
ここから逃げたい。逃げて安心できる場所に帰って篭りたい。
情けなくて、卑怯者な私がそう訴えてくる。
それに負けて体を半反転させて歩き出そうとする。
と弟が私にそんな言葉を言ってきた。
「もしよかったら線香あげていってくれませんか?」
「えっ!?」
一歩前に出た足を止めて弟を見る。
自分でもどうしてそんなことを言ったのか分からないのだろう。
頬を掻きつつ弟は考えを纏めようとしている。
「あ~、その。貴女が俺の亡くなった姉によく似てて。それで貴女が目の前に現れたら亡くなった姉は驚くだろうなぁって」
似てるも何も本人だ。それより驚くのは私じゃなくて家族じゃないかな。
「私…」
「っていうか何言ってんすかね。俺。すいません、見ず知らずの人に」
「いえ、私で良かったらお線香…あげさせてもらってもいいですか?」
「いいんすか!」
「はい」
言ってしまった。これでもう後戻りはできない。
「着いてきてください」と何故か少し嬉しそうな弟の後をついていく。
門扉を潜って家の敷地内へ。玄関に着く前にちらと見える庭は私が生きてた頃のままだ。
「姉が好きだったんすよ」
「え?」
ぼんやり見てたらそれに気づいた弟に声をかけられた。
「クレマチス」
「っ」
声に詰まる。弟は花なんて興味ない。そう思ってた。私が愛でてる時弟に声をかけても素っ気なかったから。それなのにまさか花の名前まで知ってたなんて。
「そう…ですか」
上手く言えただろうか。
妙に喉が渇く。
弟が私を訝しがる様子はない。良かった。ということは多分上手く言えたのだろう。
「精神の美。旅人の喜び。旅人かぁ。だからってさぁ…、俺たちの手の届かないところまで旅に出なくてもいいだろうによ」
「煉……」
「…! どうして俺の名前?」
「えっ! あっ!?」
しまった。やらかした。つい名前を呼んでしまった。どうしよ。どうする? …そうだ。
「煉瓦。そこに積んである煉瓦どうするのかなって」
「あっ。ああ、煉瓦ね」
危なかった。上手い具合に煉瓦が積み重なってて良かったよ。
「庭に煉瓦を敷いて見栄えをよくするって言ってたな」
「へー。なるほど」
アンティークな見た目になるのかな。
うんうん、悪くないね。
「あの」
「はい?」
「名前。…聞いてもいいすか?」
「名前…」
言われて少し悩んだ。けど…。
「ゆいって言います」
弟が息を飲む音がした。
七瀬家の居間。
私の遺影が飾られた仏壇はそこに置いてあった。
元の家族が見守る前で私は静かに手を合わせる。
自分に手を合わせるのって変な感じだ。
ううん、それよりも私を背後から見つめる家族の視線がムズムズする。
切り上げるタイミングが難しい。終わったら質問責めだろうか。ボロを出さないようにしないと。
「…本当に似てますね」
手を合わせることを終わらせて家族の方に振り向く。
今日は日曜日。なのでお父さんもお母さんもお姉ちゃんも弟も皆いる。
懐かしくて涙が出そう。…あ、お母さん泣きだした。ごめんね。先に逝ってごめんなさい…。親不孝な娘でごめんなさい…。お母さん。
「ゆい…さん」
「はい」
「ああ。声まであの子にそっくり。娘が帰ってきたみたい」
「ああ、本当にな。結衣…」
「………結衣」
お姉ちゃんがフラフラと近寄ってくる。
危なげな足取りで私のもとに辿り着いたお姉ちゃんは私のことを抱き締めた。
「結衣。結衣。どうして。どうして死んじゃったの、結衣」
「憂姉。その人は結衣姉じゃ…」
「いいんです。私で良ければ結衣さんの代わりになります」
「ゆいさん…。すんません」
「結衣。結衣、結衣…」
ダムが決壊したかのよう。わあわあとしゃくりあげながら泣くお姉ちゃんの背中にそっと手を回す。
久しぶりに抱き締めた。前はうちで飼ってたハムスターが亡くなった時だったっけ。相変わらず涙脆いなぁ。お姉ちゃん。そんなに泣いたら水分失って干からびちゃうよ?
「よしよし」
お姉ちゃんの背中を撫でる。更に声を大きく上げて泣き出した。
「結衣~~~」
「ここにいるよ。お姉ちゃん。私、ちゃんと…くっううっ。うっ…ちゃんと、いる…から」
我慢しようと思ってたのにダメだった。
私もお姉ちゃんと同じように泣く。
それが伝染したのか。いつしか家族全員抱き合って泣いていた。
「ゆいさん、ごめんなさい…」
「ご迷惑をおかけしました」
「ゆいさん、申し訳ありません」
「すいませんでした」
家族が泣き止んだのはどれくらい後だったんだろう?
泣くだけ泣いて少しだけすっきりしたらしい家族が私に揃って頭を下げている。
特にお姉ちゃんは何処かバツが悪そう。
自分が一番に泣き出したし、一応は他人ということになっている私に抱き着いて醜態を晒してしまったことが恥ずかしいのだろう。そのままにしとくと後々黒歴史扱いとなってお姉ちゃんを苦しめかねないので私はお姉ちゃんに笑顔を見せておいた。
「あの、気にしなくても良いですから。っというか私も家族の一員だったんだって本当に思っちゃって。泣き出してすいませんでした」
頭を下げる。これで私も同罪だ。お姉ちゃんも苦しまなくて済むだろう。
少しして頭を上げると名残惜しいがこの家からお暇することにした。
「それじゃあ私はこれで」
「あ! ゆいさん。待ってください」
「はい?」
立ち上がったと同時にお母さんに止められた。
「もし良かったら夕ご飯をご一緒しませんか? その、ゆいさんには申し訳ないのですが結衣が座っていた場所に久しぶりに人に座ってもらいたくて」
「ですが…」
有難い申し出だと思う。
でもこれ以上ここに留まると情が溢れてアイリスに帰りたくないって思ってしまうかもしれない。
私は帰るつもりなのだ。大切な人たちがいる場所へ。
「すみません。やっぱり」
と断ろうとしたところで"くぅぅぅぅぅっ"と私のお腹から情けない音が鳴った。
「うっ…」
滅茶苦茶恥ずかしい。そう言えばお金なくて朝から何も食べてないんだった。
だからってここで鳴るか! 空気読んでよ。私のお腹。
「食べていってください」
その笑顔。断れないよ。
断る理由も無くなっちゃったし。
「すみません。お世話になります」
私がそう告げた後の家族全員の顔がとても嬉しそうになったのは気のせいではないだろう。
こうして私はもう少しこの家に留まることになった。




