番外編06.舞い込んだ厄介事 その1
◇<ユイ>
この日も午前中はいつもと変わり映えのしないのんびりとした幸せな時間を過ごしていた。
私は私の愛する妻のリーシャに膝枕してもらっての昼寝。
リーシャは後から聞いたところによるとずっと読書をしていたみたい。
でもずっとっていうのはなんだかちょっと嘘くさいんだよね。
そう言う時に目が泳いでたし、夢の中でリーシャに愛でられつつ頭を撫でられたんだよね。私。
もしかしてあれは夢じゃなくて本当にリーシャがしてたことなんじゃないかなって。
まぁ深くは聞かなかったけどね。だって愛されてるもん、私。幸せだからいいんだよっ!
他の家族については私が昼寝前に見たのはシルアは新人メイドさんたちに指導。
アーシアちゃんとミケちゃんはリバーシをしてた。
この二人は何やら賭けごとをしてたみたい。何を賭けてたのかは知らない。多分知らない方がいいことだと思う。世の中には知らないままの方が幸せでいられること沢山あるよね。
そんな穏やかな時間が文字通り壊されたのは午後を少し回った頃だった。
『御使い様、シルア様、皆さま。お客様がいらしてます』
こちらはベテランのメイドさんの一人がナナセの町からユグドラシルダンジョンに駆け込んできて私たちにそう告げたのだ。
私は彼女の声で起きた。それから何気なくリーシャを見ると何故か紅い顔。
本も逆さだけどそれで読めてるのかな? リーシャって器用だなって感心した。
「お客さんって誰? なんて言ってきてるの?」
「それが…」
この時点で面倒事だなって思ったのは当然のことだ――――。
ユーリス神聖国首都ナナセの町の町長の家。
その客間に案内された私たちを待っていたのは意外な人物だった。
「久しいのぉ、御使い殿。いや、直接会うのは初めてであったかな?」
「…魔王モージス・フォン・バアル様!? どうして貴方が」
魔王モージス・フォン・バアル。
魔族の国ノルドラドの王で御年は一万歳を超えているのではないかと噂されている生きる伝説。
その容姿は胸の辺りまで伸びた白髪、顔や手など露出しているところには深い皺が刻まれている。
顎には長い白髭。見た目はご老人だけど纏う気はとてもじゃないけどご老体のそれじゃない。
若干気押されそうになる。
それを見てやんわりと私に注意してくれるシルア。
『マスター、まずは席に着いてお客様のお話を伺った方がよろしいかと』
女神イリス様の御使いである私をこうやって窘めてくれるのはシルアだけだ。
他の家族も注意はしてくれるけど、シルアのそれとは少し違う。
彼女は私にお小言を言ってくれる。叱ってくれる。
有難い存在だと思う。彼女のおかげで私は権力者というものをそれなりにやれてると思う。
彼女がいなければ私は誰かに利用されたりしてたかもしれない。
世間で御使い様と騒がれても私の中身は変わらず庶民なのだ。
「ふぅ」
モージス様に気づかれない程度に小さく息を吐きだして私は歩を進めて席に向かう。
私が座るのは上座。その対面にモージス様。家族は私たちから少し距離を開けて席に着く。
主導権を握るのは私。できるだけ威厳のある声を心掛けるようにして会談開始。
「さて改めて伺うよ。本日魔王モージス様自らユーリスにご足労いただいた理由は何?」
「ほぉ」
モージス様の目が細められる。
その目は面白いものを見たという感じ?
やりにくいなぁ。どれだけ場数を踏んでもやっぱりこういうの苦手だ。
「いやはや、亜人救出劇の際にお見掛けする御使い殿と普段の御使い殿は随分と違うのですな」
「…そこはあまり突っ込まないでもらえると助かります」
シルアがため息をついているのが目に映る。
これは後で説教かな。シルア先生、よろしくお願いします。
「ほほっ。長生きはしてみるものですな。この歳で御使い殿のような方に出会えようとは」
「それはどういう…。いえ、それより本題に入りましょう。モージス様も雑談をしに来たというわけではないのでしょう?」
「そうですな。本日は御使い殿にお願いがありましてな。それでこの老体に鞭を打ってユーリス神聖国に伺わせていただいたという次第」
「お願い…ですか」
「左様。御使い殿は勇者という存在をご存じですかな?」
「勇者」
脳内に前世の某ゲームや某アニメの光景が思い浮かぶ。そっちは正統派な勇者。
もう一つ、某小説サイトで読んだ幾つかのお話。そっちはろくでもない勇者が描かれていた。
モージス様の言う勇者はどっちだろう? と考えながらもわざわざ魔王自らここまで足を運んでいるのだから、多分後者だろうなぁと当たりをつける。
果たして私のその予想はやはり正解だった。
「その顔はご存じのようですな。実はその勇者と名乗る者たちが我ら魔族を敵視していましてな、連日武器を手に向かってくるものですからほとほと困っておるのですよ。魔族と魔獣は違うと言っても聞く耳を持ちもせん。ついには民の中に怪我をした者も出て来てしまいましてな。このままでは魔族が逆に勇者を討伐するのだという話も出てきかねん。そうなると人間に対する心証がまた悪化するのではないかと思いましてな。御使い殿どうにかならぬかな」
ふむ。モージス様のその話を聞く限りその勇者は人間でこの世界の者じゃないのかな。
この世界の人間なら魔族と魔獣の区別なんて常識だし。
はてさて何処の世界の人間なのやら。もしも同郷であれば良いことをしているつもりって感じで自分に酔ってたりしてそうだなぁ。あっちは魔王は討伐するものっていう話多いしね。
「…魔族と魔獣の区別なんて常識でしょう? どうしてその勇者たちは魔族の人たちに迷惑を掛けるようなことをするんでしょうね。後、もしかしてなんですけど勇者って私と同じ黒目黒髪で肌が若干黄色がかってたりしますか?」
モージス様が何処まで知っているか分からないのでそれとなく聞いてみる。
転生者と転移者のことを知っているなら後のこと話しやすい。
知らなければ話に多少苦労することになる。
でも知ってる気がするんだよね。これもまた私を訪ねてきたのがその何よりの証拠…。
モージス様がニヤリと笑う。
あ! これ知ってる顔だ。
齢一万年は伊達じゃないか。
「ふむ。そう言えば彼らは自分たちのことを転移者であると言っておりましたなぁ。異世界からこの世界に来たとか。我ら魔族と魔獣の区別がつかないのはそのせいでしょう。そもそも我らのことを理解し、共存する気がないのかもしれませんが。何処かの転生者の方とはえらい違いですな」
う。何処かのって私の方見て言ってたらそれが私のことだって分かるじゃん!
完全に手玉に取られてる。シルアの顔を見るのが怖い。
「な、なるほど。転移者ですか。はははっ、異世界って本当にあるんですねぇ。私も見てみたいなー。なんて」
冷や汗だらだら。この部屋ってこんなに寒かったっけ?
おかしいなぁ。さっきまではそんなことなかったのに。
「そうですなぁ。我も見てみたいものです。その世界はこのナナセの町に似ていながらもそれよりも数倍は発展した技術のある世界なんでしょうなぁ。いや、これは我の妄想ですがね」
…………。怖い。この人怖いよ。これ以上話してるとボロが出る。
話題変えよう。話題。
「え。え~っとその勇者って何処に出没するかとか分かります? 分かるなら手っ取り早いんですが」
「国民には勇者を見かけても手を出さぬようにと言うております。そのため真っ直ぐに魔王城に向かっている筈。勇者と会うのならば魔王城への道を北上して行けばいつかは」
「なるほど。分かりました。北上か」
「御使い殿。失礼ながらそのようなことをお聞きになるということはつまりこの話を引き受けてくださるということでよろしいのかな?」
「ええ。引き受けますよ。今日はもう時間的に中途半端なので明朝出発しましょう。
モージス様はナナセの町…。いえ、私の拠点ユグドラシルダンジョンで本日はお休みください」
「御使い殿の拠点ですか。一度は見てみたいと思っておったが良いのですかな?」
「ええ。モージス様のような王族。その中でも特別な存在の方をおもてなしするのは同じ権力者として当然のことですし、それに…」
「ふむ?」
「私のことを調べて大体のことを掴んでいるモージス様にはいっそ全部見てもらった方が今後の国と国の関係が上手くいくでしょう?」
そう私が言うとモージス様は本当に愉快だと笑いだし、それを見ていた私も釣られて笑みを零した。
その後モージス様をユグドラシルダンジョンへ案内。
ナナセの町よりも発展しているそこを見てモージス様は感嘆の声を上げていた。
その後のその後。
「シルア、反省会しようか」
『マスター、今回は相手が悪すぎるとはおもうのですが…』
「ちょっと待って正座するね」
『あの、マスターって毎回そうしますけどワタシはそこまでするようにとは言っていませんよ?』
「いいんだよ。これが説教聞く人の正しい姿勢だと思うから」
『はぁ。マスターがそれでいいならいいですけど』
「うん。じゃあお願いね。シルア」
『はい』
私はそれから一時間程シルアからお叱りを受けた。
女神イリス様の御使いということでどちらかというといろんな人たちからあまやかされがちな私。
こうやって叱ってもらえるのは本当に嬉しい。
私はシルアの説教を心に刻み込んだ。
「あ、足…。足が痺れ」
『もうすっかり見慣れた光景ですね』
「ユイ、終わった?」
「リーシャ。うん、終わったよ」
「そっか。ふふふっ」
え? 何その意味深な笑い。なんで笑いながらこっち来るの。
まさか…。ちょ! 今足触られたら!!
あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!!




