番外編03.魔獣ハンターユナ その1
◇<ユイ>
ここのところ世は太平。国と国とが諍いを起こしたりすることもなく、そのおかげで互いだけで解決できない時に私が仲裁に入るという仕事も今は無くて私は暇を持て余している。
数日前まではそれを良いことに引き篭もっていたのだけど、時間の経過と共に飽きてしまった。
いよいよやることが無くなった私が取った行動は同盟国エストリア共和国にお忍びで遊びに行くこと。
何故そんなことを思いついたかと言えば特に理由はない。本当になんとなくだ。
敢えて言えば旅行感覚? 御使いじゃない視点で他国のことを見てみたくなったのだ。
「ということで来たよ。エストリア共和国」
私の目の前に広がるのはユーリス神聖王国の文化を取り入れながらも独自の文化もちゃんと大事にして発展させている国の様子。何処となく地球のアラブの国っぽさがある。だからと言ってここは別に砂漠の国というわけじゃない。モスクだっけ? あんな感じの建物が建ってるからそう思うだけ。
まぁそれは地球のアラブっていう国を知っている私ならではの感覚なんだろう。この世界の人が意識してそういう建物を作ったわけではないと思う。多分。私の他に転生者が介入していれば別なんだろうけど、でも現在のところこの大陸に転生者は私ともう一人、私を殺した男しかいないってシルアが言ってた。逆に言えば他の大陸には何人か他にいるってことだ。いつか出会うことがあるかな? その時は地球談議ができたらいいな。あ! でも転生前に生きてたとこが地球とは限らないか。それならそれで異世界の話聞いてみたい。
「さて」
特に目的もなく歩き始める。
御使いだとバレないよう今の私は魔法で黒目黒髪を栗色の目と栗色の髪に変えている。
普段外出時に頻繁に身に着けるフード付き漆黒のローブも今回はユグドラシルダンジョンに置いてきた。
それで身に纏っているのは村娘風のワンピース。町を行く人々の声が聞こえてくる。
「ねぇ、あれって御使い様じゃない?」
「え? …でも髪の色が違うよ? 人違いじゃない?」
「ほんとだ。でもよく似てる。まるで御使い様の生き写しみたい」
「双子の姉妹とか?」
「まっっさか~」
「「あはははっ」」
バレてない。バレてない。上手くいってることに内心ガッツポーズをしながらぶらぶら観光。
悠々自適に露店などで買い食いを楽しみながら道を行く。
「この串焼き案外美味しい」
なんだっけ? ワイルドボアっていう魔獣のお肉。
思えば魔獣って不思議な存在だ。
それまで普通の動物だった獣がある日突然魔獣になることがあるらしい。
かと思えば突然沸いて出る存在もいてその原因は現在のところ明らかになってない。
生まれる時の現象も不思議なら死んだ後の現象も不思議。
額の宝玉と心臓代わりの魔石だけを残して死ぬものもいればそのまま死体が残るものもいる。
その理由もまた不明。一時期は食べられる魔獣は死体が残ると唱えていた学者がいたようだけど、それを鵜呑みにしたとある人物が死体が残った魔獣のお肉を食べたところ、毒にやられて死んでしまったようで以降その説はなんら根拠のないものとして否定された。その説を唱えた学者さんは被害者の遺族と周りの人々から散々責められ最終的に首を吊って自害するという後味の悪い結果に終わっている。
「しかしその被害者さんもよくヒドラのお肉なんて食べてみようと思ったよね」
某VRゲームの女の子じゃあるまいし。ねぇ?
ヒドラのお肉って確か毒々しい紫なんだよ? 私は絶対無理だわ。
ここまでシルアから聞いた話。彼女は物知りだ。何処で情報を得ているのか知らないけど、聞けば大抵のことは教えてくれる。
ワイルドボアのお肉食べ終えたぁ。
残った串を指揮棒に見立てて振り、ふんふん鼻歌を歌って大通りを歩いているとある曲がり角で右端に見えてくる、とある建物。
二階建てのなかなか立派な石造りの建物。何故か気になって近寄って見てみると看板がかかっており、そこにはハンターギルドと書かれている。
その横には樹の板に盾の上に剣が右斜めに掛けられた絵。更にそこの横にエールジョッキの絵。
私の乏しいファンタジー知識が疼く。
ここは魔獣の討伐を生業にしてる荒くれな人たちが仕事を求めて集う場所だ。
また仕事を終えた後の一杯を楽しむための場所でもある。
「どうする? 入っちゃう? 入るよね」
好奇心に感けて私はハンターギルドの扉を開いた。
<ナタリー>
私の名前はナタリー・ランベール。エストリア共和国が首都ルリエのハンターギルドで働く新米受付嬢です。
私がこの仕事を選んだのは成り行きでした。私はこの町では有名な商家の四女として生まれたのですが、私がその商家の仕事を手伝うことはありませんでした。
どうしてって? 私は四女ですからね。男性ならともかくとして女性。更に四女とくれば家にとってはいてもいなくても同じ存在だからです。邪魔者扱いはされど手伝わせてなんてくれないのですよ。そんな扱いでも一応成人するまでは育ててくれたのですが、成人したその日、私は両親から今後は自分の食い扶持は自分で稼ぐよう言われて家から放り出されました。
途方に暮れましたよ。私は両親から商人としての基礎の基礎は学んだので少しくらいは学があります。ですがそれだけです。たったそれだけでできることなんてそんなにありません。私は不死人のように町を彷徨いました。私に何かできる仕事がないかと。そして見つけたのがこの仕事だったのです。
正直この仕事に愛着なんてありません。
むしろ毎日辞めたいと思う程です。
だって仕方ないじゃないですか。
この職場の一番の先輩に毎日虐められますし、そのせいで仕事相手のハンターさんも私のカウンターにだけ寄り付いてくれなくていつも閑古鳥。それをまた先輩に揶揄われて…。
そんな環境の職場にいて仕事に愛着なんて持てるわけないじゃないですか。
でも私はこの仕事に縋りつくしかありません。
だって私には他に居場所が無いんですから。
「あら。貴女のカウンターまた今日も誰もいないのね。惨めね~。というかなんでいるの? 仕事もせずに給金だけもらおうなんて、そんなの泥棒と同じじゃない。どういう神経してるのかしら。そんな人なんてさっさと辞めたらいいのに。いいえ、辞めるべきだわ」
また今日も始まりました。
ハンターさんの受注依頼にギルドのサインをしながらの嫌味。
腹も立ちますが、同時に彼女の言うことももっともだと思ってしまいます。
給金泥棒ですよね。私…。ここにいるのが辛いです。仕事が…したいです。
先輩の嫌味に顔を俯かせて膝の上で拳を握りしめた時でした。
あの方が、ユナさんが私の前に現れたのは。
「あの~、すみません」
「は、はい!! 今日はどういったご用件でしょうか?」
「ハンター登録お願いします」
「え?」
「え??」
初めてユナさんを見て、登録の願いを申し出された時は驚きました。
人を外見で判断してはいけないとは思いますが、ユナさんはとてもハンターに向いてるとは到底思えなかったんです。
ですがまさかこのハンターギルドの歴史を塗り替える程お強い方だったなんて、その時の私は知る由もなかったのです。
◇<ユイ>
ハンターギルドに入場した私を最初に出迎えたのはそこにいる多くの人たちの視線だった。
その視線の殆どが好奇の視線。さり気なくざっと見渡したところハンターという人たちは男性が多くを締めてるみたい。それも体つきが屈強な男性。女性もいるにはいるけど圧倒的に数が少ない。
そんな中にあんまり自分で言いたくはないけど、私みたいな見た目子供な女性が入って来たのだから好奇の視線を向けてしまうのは仕方ないと言えば仕方ない。
なのでいちいち気にしても仕方ないので無視して奥に進もうとすると今度はこちらに対するお喋りが聞こえてきた。
「あの娘、御使い様にそっくりじゃね?」
「確かに似てるな。何しに来たんだろうな」
「依頼だろ。お前受けてやれよ」
「まぁ報酬次第だな。俺たちハンターは金がすべてだ」
「違いねぇ」
「可愛いんだけどなぁ。もうちょっと大人で出るとこ出て引っ込むとこ引っ込んでてくれたら」
「そうか? 俺はありだと思うけどな」
「お前あんな子供がいいのかよ。変態だな」
「うるせぇよ。女性の好みなんて人それぞれだろうがよ」
「まぁそうだけどよ」
最初の人たち、もし私が本当に依頼主でその人の前でお金の話してるのってどうなんだろう。
ちょっと引っかかるものがあるかなぁ。ここではそれが普通なのかな。う~ん。
次の人たちについてはノーコメント。
奥まで辿り着くと少々聞くに堪えない言葉が聞こえてくる。
言われてる子可哀そうに。震えてる。しかし周りのハンターは誰も何も言わないんだね。
ん~。私はその子に受付けしてもらうことにしようかな。
「あの~、すみません」
私の声でその子がパッと顔を上げる。
隣でその子に嫌味を言っていた(こういう人のことお局様って言うんだっけ?)のことをチラっと見るとこちらを見て驚いた顔。
お局様が嫌味を言っている子のところへは行かないこと。
それがここでは暗黙の了解にでもなっているのだろう。
でも私にはそんなこと知ったことじゃない。
私は雀斑が可愛いこの子に登録してもらうことに決めました。
「は、はい!! 今日はどういったご用件でしょうか?」
「ハンター登録お願いします」
「え?」
「え??」
あれ? ダメだった? 条件とかあるのかな? 何も調べずに来たからなぁ。まずったかも…。
作中でナタリーがユイのことをユナと言っていますが間違いではありません。
その理由は次話で明らかとなります。




