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21.イリス降臨

◇<ユイ>

 三日後…。


「戦争?」


 それをシルアから聞いた時、私は頭を鈍器で殴られたような気がした。

 目の前が真っ暗になったような錯覚に陥り、眩暈がして足元がふらつく。


『マスター!』


 シルアがそんな私を支えてくれた。

 妙に喉が渇きだす。頭の回転が鈍くなる。

 体調不良の中で私はシルアに今の状況を尋ねる。


「…それで何日余裕がありそうなの?」

『彼らがすべての準備を終えてナナセの町に到達するまでの期間で言えば四日程度でしょうか。その前に対処するなら今からでも始めた方が良いかと思います』

「四日…」


 たったそれだけの日数でナナセの町は戦火に包まれる。

 多くの血が流れてしまう。多くの命が消えていってしまう。

 ズゥードデン聖国にも犠牲者が出るだろう。

 甘いのは重々分かってる。

 だけど私はどちらにも犠牲者を出したくない。


「シルア」

『はい』

「私がイリス様の御使いになることは可能だと思う?」

『マスターは元よりイリス様の御使い様です』

「…ありがとう」


 私は覚悟を決める。

 シルアから離れ、魔法を用いて衣装を堕天使モードへ。

 家の中はゆっくり歩く。玄関までの距離を歩く中で家族と合流。

 外へ出ると家族には貿易のため近頃ナナセの町のドワーフが開発した機械馬(ゴーレムホース)の馬車に乗ってナナセの町に行くよう指示。私は翼を広げて飛び立ち、ユグドラシルダンジョンを抜けてアイリスの空を舞う。

 闇魔法発動。光刺す昼間を闇包む夜へ。

 そこまで仕込みが終われば世界中にいつだったかオルステン王国で用いた映像魔法を使用する。

 そこまでの大規模なものを二つも使うと魔力をごっそり持っていかれてさすがに体が怠い。

 長い時間は維持できない。

 短期の間に言いたいことだけ言うのだ。


「聞こえてるかな? 聞こえてるよね。イリス様の御使いことユイ・ナナセです。近頃私を排除しようとする動きがこの世界にあることを掴んだよ。私は異端者なんかじゃなくて正真正銘のイリス様の御使いだよ! その証拠が今皆が見てるこの映像魔法。ただの異端者、人間の女の子にこんなことできないよね? 私を排除しようとする人たちはこれを見て考え直して欲しいなぁ」


 そこまで言ったところでズゥードデン聖国に浮かばせた映像魔法にとある人物が般若の形相でそこまで走り出してくる様子が見て取れた。


(よし! 罠にかかった。他のところの映像魔法は魔力の関係で一方通行だけどズゥードデン聖国の大聖堂に浮かべた映像魔法だけは両者が見聞きできるようにしておいたんだよね。出て来てくれなかったり、そこにいなかったりしたら無駄になるところだったんだけど…。出て来てくれて助かったよ)


「こ、この悪魔め!!」

「誰かと思えば教皇さん? 何を根拠に私を悪魔なんて罵るのかな?」

「この闇魔法が何よりの証拠だろう。イリス様の御使い様が闇魔法を使い、ましてや堕天使の姿などしておるものか。なんという罰当たりな」

「人間って勝手だよね。自分たちが気に入らなければ例え神様でも邪神とか言い出したりする。それまで崇めていた神様でも、ね。他にも容姿が自分たちと違うってだけで差別する。本当に愚かなのはどっちかな?」

「何が言いたい!」

「あなたたちは目の前で目に見えているものしか見ようとしない。私が堕天使なのは正解だよ。私は天使のように清廉潔白な心の持ち主じゃないからね。ううん、天使でいたかったよ。だけどあなたたちみたいな心の悲しい存在がいるから私は…」


「堕天使になったのよ!」悲しい表情を作り(上手くできてるかな?)、びしっと教皇に指を突き付ける。

 顔色が紅から紫。また紅に戻るなど百面相を始める教皇。

 可愛い女の子の百面相を見るのは和むけど、教皇のような年老いた男性の百面相なんて見てもちっとも和まない。

 しかもこの男。ハッキリ言ってメタボだ。その容姿を見るにどうせ聖職者らしからぬ行いをしているのだろう。

 吐き気がする。こんな奴イリス教のトップにいさせるべきじゃない。イリス様が汚れる。これ以上汚れた行いをさせないようにさっさとその座から引きずり落さないと。


「教皇。女神イリス様の御使いユイ・ナナセの名において命じるよ。あんたは今日で解任。さっさと荷物を纏めて大聖堂から出て行ってね」

「ふ、ふざけるな!! 儂は教皇だぞ。誰が貴様ごとき堕天使の命令なんて聞くものか」

「へぇ、堕天使より教皇のほうが偉いの?」


 私の言葉で教皇が若干言葉に詰まる。

 しかしもう引くに引けなくなったのだろう。

 教皇は開き直ると私に再び食って掛かってくる。


「そうだとも。堕天使なんぞ忌まわしき悪魔と同じだ。悪魔は教会が退治するもの。よって貴様のような悪魔よりもこの儂の方が位は上だとも」

「…どうでもいいけど貴方にとって私は堕天使なのか悪魔なのかハッキリしてくれないかな?」

「黙れ。悪魔め!」

「そっちにするんだ。うん、どっちでもいいけど。ただもうそろそろ言葉の応酬も疲れてきたかな。いい加減にこの茶番にも決着。…っ」


 クラっとした。魔力が底をつきかけてるらしい。

 本気でケリをつけないとまずい。

 私はナナセの町まで飛んでいく。空から下を見ると家族と町の住民が手を振っているのが見える。

 うん。これで私が魔力を使い果たして空から落ちても皆が受け止めて看病してくれるだろう。

 安心して最後の仕上げに取り掛かる。

 一度見たイリス様の容姿や声を思い出してこの空に具現化。

 その魔力で作り出したイリス様に私のことを御使い様と認めてもらう。

 世界中の人々がその証人だ。そこまですれば私を異端者など言えなくなるだろう。

 これで戦争が回避できる筈。それでも攻め込もうとすれば今度はそちらが異端者と見なされてイリス教の人々を敵に回すことになる。そんな愚か者はさすがにいない…よね?

 

 少ない時間の中、家族皆でああでもない、こうでもないって言いながら考えて立てた作戦。

 今こそ実行の刻――――。


 魔法発動。しかし思っていた以上にこれまでの段階で魔力を使用していたらしい。

 魔法は形にならず霧散する。力尽きた私は堕天使モードも解除されて外出用のフードつきローブ姿に。


 …落ちる。落ちていく。肝心なところで失敗してしまった。

 これでは教皇などは私を御使い様とは認めないだろう。

 守れなかった。私のことはどうでもいい。私のせいでこの後血が流れるのが悲しい。


「ああ………」


 落ちながら天に向かって手を伸ばす。

 夜の闇は消えて再び太陽が世界を照らしている。

 そろそろ地面だろうか? その前に私の体はふわりと誰かに支えられた。


《よく頑張りましたね》


 誰だろう? 聞いたことのある声。透明感のある澄んだ声。

 疲れた。眠くて堪らない。今にも落ちようとする意識を無理矢理繋ぎ止めて重い瞼をこじ開ける。

 黒髪黒目。純白のドレスの女性。陶器のような滑らかな白い肌。

 私の記憶にそんな容姿を持った人物は一人しかいない。


「イ、イリス様!? 本物の?」

《ええ、そうです。ユイ・ナナセ。最も本体は今も貴女と出会ったあの場所にいます。今のこの体は》


 魔素の塊(エーテル体)です。

 最後は私の耳元に小声で私にそう告げたイリス様の言葉に私は唖然としてしまった。

 空気の一部である魔素だけでここまで質量のある体を作り出すなんて女神様の力は底知れない。無いのかな。底。

 そんな私を見てイリス様はウィンク。お茶目なところがある女神様だ。苦笑いが自然と漏れる。


《では仕上げに取り掛かりますよ》


 私の魔力の主となっている闇魔法と対極の光魔法。

 イリス様は純白の翼を背に生やし、私をお姫様抱っこで抱え治す。

 笑み。慈愛と安寧の女神様と言われてるだけあってその笑みはリーシャとは別の意味でクラクラする。


《私は慈愛と安寧の女神イリス。アイリスの人々よ。よく聞きなさい》


 私の映像魔法はイリス様の魔力を得て生きているらしい。

 しかしそこはさすがは女神様。教皇としか見聞きできなかった私と違って世界中の映像が互いに見聞きできるように繋がってる。私にも見えるようにしてくれる。

 その世界の様子は阿鼻叫喚の嵐だ。そりゃそうだ。女神イリス様が降臨されたのだから。


《こうやってあなた方の前に姿を現すのは実に一万年ぶりでしょうか。本来私たち神は人々の営みに干渉することを良しとしません。神とはあなた方の営みをただ静かに見守る者なのです。ですが今回そうも言っていられない事象が発生しました》


 イリス様が私を見る。

 それで次にイリス様が何を言うのかが理解できてしまった。

 やめて欲しいけど、ここは戦争回避のためだ。仕方ない。黙ってイリス様に頷く。


《私の義理の妹ユイをよりにもよって異端者と決めつけ排除しようとした者がいるようですね。しかもユイを排除すれば私の加護を得られる? バカも休み休み言ってくださいね》

「はぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!?」


 いい笑顔で毒を吐くイリス様に言葉を重ねてしまった。

 いや、だって義理の妹ってさ。私女神様に親戚なんていないよ!!

 何言いだすのこの女神様。ほら、世界中の人々が激しく動揺しちゃってるじゃん。


--

『マスター、そうだったんですね』

「私は薄々そうじゃないかって思ってたわ」

「ユイさんだしね」

「だな」

「だにゃ」

『『ああ、ユイ様。私たちはそのような尊いお方にお仕えできているのですね』』

--


 こら! そこの映像の私の家族。違うから! まじ違うからーーー。


《義理の妹ユイに人の世界を見てくるように言って送り出したのです。ユイには後々この私と共に女神となってアイリスを共に支えてもらわなければなりませんからね。これはその修行です。そのユイを排除しようとするなどとは言語道断。ズゥードデン聖国がイリス教の総本山であるというその称号は今これをもって剥奪します。今後はナナセの町。いいえ、今後は私とユイの名を取ってユーリス神聖国と名乗りなさい。そのユーリス神聖国の教会をイリス教の本拠地とします。本拠地の教会も分家の教会も今後は私とユイの石像を共に並べて信仰すること。それが新しいイリス教です。良いですね! 確かに人の子たちに私の神託を伝えましたよ!》


--

「なんということじゃ。儂らの町が国に。しかもイリス教の本拠地とは身に余る光栄じゃ」

「ああ、生きてて良かった」

「涙が出そうだぜ」

--


「あ…ああっ…」


 開いた口が塞がらない。

 勝手に決められた。とんでもないことになった。


《さて、私は天へ帰りましょう。人の子よ。いつかまた相見えることがあるといいですね》


 イリス様は一度地上に降りて私をリーシャに優しく手渡す。

 そしてイリス様は光の中へと消えていった。

 最後に《寿命の後、共に女神として生きるその日を楽しみにしていますよ》と言葉を残して。

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