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20.青天の霹靂

◇<ユイ>

 青天の霹靂とはこのうよなことを言うのだと思う。

 突然もたらされた凶報に私は唖然としてメイドさんたちの仕事を手伝っていた作業の手が止まってしまった。



 ユグドラシルダンジョンの私の家。

 白亜の机に一番上座に私。その向かいにシルア、私の隣にリーシャ、その隣に適当に子供たち、シルアの隣にメイドさんたち二名(シルアと共に最初にユグドラシルダンジョンに赴任した彼女たちだ)。家族が集まっている。

 私以外のメンバーの顔が険しい。シルアなんて体から殺気まで出していてちょっと怖い。

 そのシルアが椅子を引いて立ち上がる。


『緊急事態が発生しました』


 空気が張り詰める。

 重い雰囲気ってどうも苦手だ。

 今回の案件、大変なことなのは分かる。

 分かるけど今一つ危機的意識が持てないのは私が元々このアイリスという世界の人間ではないからなんだろうか。

 シルアが羊皮紙に書かれた二枚の資料を机に置く。

 一枚目に書かれているのは【女神イリスの御使いを語る偽御使い。異端者ユイ・ナナセをイリス教より破門して神罰対象者とする】という内容。

 二枚目には神罰対象者を討ち取ることが教皇の名で命じられており、それに成功した者にはズゥードデン聖国への移住権と何者であっても爵位を授与するとある。締めくくりに神罰対象者排除はこの世界にとって大切なことであり、これを成せばイリス様より加護が得られるであろうとも。


 これ当たらずも遠からずなところもあるんだよねぇ。

 私はイリス様から御使いの肩書をいただいたわけじゃない。

 勝手に御使いを名乗ってるのだから偽物と言われても仕方がないと言えば仕方がない。

 ただイリス様が私の排除を願い、かつ排除した者に加護を与えるかと言われると多分無い。

 イリス様の姿を見たことは一度だけだし、言葉を交わしたのも一度だけ。

 だけどイリス様はそんなこと望むような女神様じゃない気がする。

 ならばズゥードデン聖国の教皇とやらも私と同じように勝手にイリス様の名を使う不届き者じゃないか。同じ穴の狢。ついつい苦笑してしまう。


「偽御使いとエセ教皇。どちらも世界を騙してる存在なのにね」


 家族に同意を求めるように言ったら睨まれてしまった。

 えっ!? 何、怖い! 私、変なこと言った?


『マスター。ワタシのマスターをこのような不埒者と一緒にしないでください。たとえマスターでも不愉快です』

「いや、でもさ…」

「ユイ。偽物扱いされてるのよ? 悔しくないの?」

「実際偽物と言われたら偽物だしね」

「はぁ!???」

「え?」

「「「ユイさんは本物です。(だ。)(にゃ)」」」

『『そうです!!』』

 

 うっ。怖い。これ以上何か言ったら噛みつかれそう。

 話題変えなきゃ。何か、何か。えーーーっと。あ! この際この世界の宗教について聞いてみるとかどうかな。うん、そうしよう。話題逸らし話題逸らし。


「ところでシルア」

『はい、なんでしょうか!』

「顔怖いよ。ごめんってば。それよりこの世界の宗教について教えて欲しいんだけど。イリス教の他にも宗派があったりするの?」

『あるにはあります。ですがイリス教が最大宗派ですね。世教と言ってもいいかもしれません』

「ふーん。そんな巨大組織の。信仰対象の女神様に次ぐ御使いを勝手に名乗っちゃったんだ私」

『マスター』

「ユイ」

「「「ユイさん」」」

『『ユイ様』』

「うっ。ごめん…。あれ? でも。…ということはもしかして」

『はい。イリス教の総本山のズゥードデン聖国の教皇が御触れを出したということはつまりそういうことです。マスターは世界中を敵に回したことになります』

「まじかぁ…」


 私は思わず机に突っ伏した。

 今頃になってこの案件が想像以上にヤバいものであることが分かってしまった。

 つまり私の傍にいると家族やナナセの町の住民にも迷惑がかかるということだ。

 どうしたものか。この人たちと私は無関係です。と言えば教皇は皆を見逃してくれるだろうか。


「どうしよう…。どうやったら巻き込まないで済む? 今更私一人がやったことって言っても信じてもらえないよね」


 机に突っ伏したままそう呟いた私の肩を私の隣に座っているリーシャが片手で掴む。

 そのまま立ち上がったことで椅子が床に転がる。

 私は顔を上げさせられ、リーシャの顔の方へ椅子ごと回転させられる。


「ユイ。怒るわよ!」

「えっと、もう怒ってるよね? どうして?」

「分からないの?」

「ごめん。分からない」

「そう。じゃあ皆の顔を見て」

「ん…」


 言われて家族の顔を見る。

 皆、一様にリーシャと同じ険しい顔だ。

 怒ってる。家族全員が私に対して怒ってる。


「怒ってるでしょう?」

「うん…」

「ユイの優しさは美徳だと思うわ。だから私たちは皆ユイのことが好きよ。でも優しさは時として罪になるの。一人で抱え込もうとしないで。ユイ、私たちは貴女の傍にいたいの。貴女が私たちを大切だって思うなら尚更。私たちを頼りなさい!!」

「あっ…」


 リーシャに言われ、皆が怒っていた理由を理解して皆を見る。

 怒りの表情が優しい笑顔に変わる。

 私はこんなにも皆に愛されてたんだって胸がじわりと熱くなる。


『ワタシたちだけではありませんよ? ナナセの町の様子を見ますか?』


 そう言って右手を軽く掲げたシルアの手に水晶玉のような魔力塊が出現する。

 映し出される映像。ナナセの町の住民たちも皆怒っている。


--

「御使い様を偽物扱いするとはふざけたやつじゃのう」

「まったくです。私、怒りでどうにかなりそうです」

「もしあいつらが何か仕掛けてくるなら俺は御使い様を守って戦うぞ。皆もそうだろ?」

「「「当然だ」」」

--


「みんな…。うっ、うう…。ひっく…うううっ」


 涙が溢れる。顔を両手で覆って私は人前であることも憚らずに静かに泣く。


「ユイ。貴女は自分で思っているより皆に愛されているのよ」


 リーシャが私を抱き締めてくれる。

 柔らかな胸。命の鼓動を聞いてると何故かますます涙が止まらなくなってしまった。


「リーシャ…」

『ちなみにナナセの町だけではありませんよ。先に同盟を結んだエストリア共和国でも同じ調子です』

「えっ…。うっく…。どうし、て…」

『それは』


「俺から説明します。御使い様」


 シルアが私の問いに応えを返そうとしたと同時に開く大広間の扉。

 現れたのはクラウスさん。私の騎士にしたのでクラウスさんもユグドラシルダンジョンに出入りできるよう設定したのだ。


『…。国家元首が軽々しく国を離れて大丈夫なんですか? 正直いかがなものかと思いますが』

「俺がいなくても国は回ります。というより国民に言われてここに来たんですよ」


 クラウスさんがシルアの指摘に苦笑いをする。

 その後一歩、二歩と私の方へ近づいてくるクラウスさん。

 心なしか、リーシャの私の頭を抱く両腕がちょっときつくなったような気がする。

 胸に顔が押し付けられて…。少し苦しいよ。リーシャ。


「お久しぶりです。御使い様」

「うん…」

「ユイは私のものなので」

「はっ? いや、俺にそんな気はないですよ!!」

「ならいいですけど」


 腕が緩んだ。良かった。呼吸が楽になった。

 リーシャ。クラウスさんに私を取られるとか思ったのかな? うわ、…可愛い。


「ふぅ。御使い様」

「ん」

「エストリア共和国はナナセの町との貿易によりかつてない好景気に沸いています。生活に余裕ができれば心にも余裕ができるものです。国民は皆、これまでの行いを恥じ、町のあちこちで亜人の皆さんを見かけたら頭を下げるようになりました。最もこれには始めのうちはナナセの町からこられる行商の方は困惑しきりのようでした。が、ある時それにも慣れてきたのか自ら国民を酒場に誘ってくださったりするようになったのです。そこで行商の方が話すのは御使い様の優しさと親しみやすさなどの素晴らしさ。ナナセの町で御使い様主催で行われた夏祭りの様子などを面白可笑しく。国民はその話に夢中になりました。そして自分たちも御使い様の主催する祭りに参加してみたいと思うようになり、それはいつしか信仰に代わりました。今ではエストリア共和国ではイリス様と並んで御使い様が信仰されています」


 えっ。なんて? ちょっと理解が追い付かない。

 クラウスさんの国では私がイリス様と並んで信仰されてる?


「は? はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」


 涙も引っ込んだ。

 慌ててクラウスさんに何故そうなるまで放置したのかと文句を言おうと行動しようとする。

 リーシャの腕から抜け出し…。しかし放そうとしてくれない。またちょっと腕の拘束が強くなった。


「リーシャ…」

「事が終わったらエストリア共和国でお祭りをしてあげるのもいいかもしれないわね」

「そうだね。…ってそうじゃなくて!」

「もう諦めたら? 世界を敵に回したんだもの。こうなったら逆にユイがイリス様の御使いであることを世界中に示して神罰対象者の汚名を撤回させるしか道はないわよ?」


 私が御使いであることを示して。

 確かにそれが最善の方法なのかもしれない。

 それによってまた妙な信者が増えたりするかもしれないけど、もうそれは仕方ないか。


「…やりたくないけど仕方ないか。うん。名実ともに本物の御使い様になるよ」

「ええ」


 私の決意表明に皆が嬉しそうに笑う。

 これが終われば平穏が待ってる。

 それを手にするんだ。絶対に上手くやり遂げる。


 

 ところがこの時すでに事はそんなに簡単なものではなくなってしまっていた。

 ズゥードデン聖国の御触れを見聞きして集まった者たちが聖戦の旗を掲げ迷いの森に進行しようとしていたのだ。

 戦争。それが起ころうとしていることを私たちはまだ誰も知らない。

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