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19.御使いの騎士

◇<ユイ>

 亜人と人間。私が女神イリス様の御使いとなりこのアイリスの地に踏み込むまでは亜人は虐げられる側。人間は虐げる側だった。しかしナナセの町ができた今はシルアが言うには天罰への恐れもあるのだろうけれど人間の意識も少しずつ変わってきて亜人だからと言って無差別に差別するということはなくなってきているとのこと。

 それでもその両者の隔たりは未だ大きい。

 特に亜人側が人間を嫌悪している。

 これまで彼ら・彼女らがされてきたことを考えればそれも当たり前のことだろう。

 だから私は亜人たちが人間を赦すのにはもっともっと時間がかかると思っていた。

 その日までは…。


「本当に申し訳ありませんでした」


 ナナセの町の町長バジルさん宅前。

 そこで地面に手と足をついて頭を下げているのは旧ヴェリエ帝国の第二騎士団騎士団長、現エストリア共和国の国家元首クラウスさん。

 突然ナナセの町にやってきて門番と揉めているとメイドさんの一人から報告があった時は何事かと思った。

 急いで駆けつけて門番に事情を話し、クラウスさんの要望通りにバジルさんのところへ案内してみればこれだ。


「赦して欲しいとは思いません。これは俺の自己満足です。俺の力が足りないばかりにあなた方を辛い目に遭わせ続けてしまった。御使い様の力がなければ今もまだ俺は皆さんを助けることができていないでしょう。不甲斐ない自分に腹が立ちます。本当に本当に申し訳ありませんでした」


 土下座するクラウスさん。

 そのクラウスさんを困惑した顔で見つめるエストリア共和国の護衛たち。

 バジルさんと騒ぎに駆け付けたナナセの町の住民たちも同じように困惑した顔をしている。


「クラウス殿と言ったじゃろうか?」

「はい」

「頭をあげてくださらんかの。国家元首が頭を下げるなど護衛の者たちも困っておるでの」

「しかし」

「それに儂らもお前さんに謝って欲しいわけではないからの」

「っ」


 バジルさんの言葉はある意味の謝罪の拒否だ。

 一人だけ謝罪しても意味がない。自分たちに頭を下げるべきは人間たち。

 それらの意味が彼の言葉には入り混じっている。

 

 それが分かったため、よろよろと体を起こすクラウスさん。

 その顔色などにはとても国家元首の威厳などはない。


「そう…ですよね。申し訳ありませんでした」


 護衛も置き去りにクラウスさんがこの場を立ち去ろうと歩き出そうとする。

 大きな背中なのに小さく見える。

 何か掛ける言葉を! と考えるけど見つからない。


「「「「クラウス様」」」」


 護衛たちがクラウスさんを追って走り出す。

 しかしクラウスさんは護衛たちに振り向かない。


「バジルさん」

「御使い様。今回だけは儂らに任せてもらえんじゃろうか」


 そう言われたらもう何も言えない。

 黙ってバジルさんに静かに頷く。


「ありがとうございますじゃ」


 バジルさんが微笑む。

 そして彼は………。




 夏の夜空に瞬く星々。その光の下に集っているのはクラウスさんとその護衛とナナセの町の複数の住民とユグドラシルダンジョンの住人。

 ここはあの時かき氷の宴を開いた広場。現在はキャンプ場。

 キャンブファイアー。炎の下私たちは歓迎の宴を開いている。


「我ら人間がこんな催しを開いてもらって本当にいいんだろうか」

「まっ。人間の中にも悪い奴もいれば良い奴もいるって分かったからな」


 恐縮するクラウスさんの護衛に絡んでいるのはこの町の警備隊の一人。

 他にも様々なところで護衛の人たちに肩など組みながら絡み酒をしているナナセの町の住人の姿が見受けられる。


「この町の酒は美味いな」

「そうだろそうだろ。なんてたって御使い様がくださった酒だからな。

 おっと。だけどそのままじゃないんだぜ。俺たちが成分を分析して俺たちの手で俺たちなりに作り出した俺たち独自の酒だ。美味いだろ。もっと飲め。飲め」


 皆楽しそう。なのはいいんだけど、あんなに絡んで護衛の人たち迷惑だと思ってないかな。

 止めに入った方がいいのかな。でもそれでその矛先がこっちに来るのは嫌かも。

 考えた結果、護衛の方たちに心の中で一言謝って尊い犠牲になってもらうことにする。

 そっちはそのままにしておくことにして目当ての人物をキョロキョロ探すと炎から少し離れた位置に切り株を椅子にして座っているのを発見。そちらへ歩いていく。


「クラウスさん」

「御使い様」

「こんな影になったところにどうして一人でいるんです? あっちには行かないんですか?」

「今あっちに行くと大変危険が気がして。…というよりもさっきまで俺も絡まれてたんですよ。逃げてきました」

「ふふっ。なるほど。ちょっとお話いいですか?」

「ええ。俺も御使い様と話したいって思ってたんでちょうどいいです」

「そうですか」


 …とか言いつつ言葉が途切れる。

 お互い何も喋らず向かい合うこと体感で一分前後かな?

 先にクラウスさんが話し始める。


「まさか亜人の皆さん側から歩み寄って来てくださるとは思いませんでした」

「ですね。私も正直びっくりしました。ただ条件をいろいろ言われたようですが?」

「今後皆さんを差別しないこと。御使い様を敬うこと。そんな当たり前のことですよ」

「皆を差別しないのはともかく私を敬うっていうのはいらないと思いますけどね。私は御使いっていうのは肩書きだけで実際は…」

「普通の女の子。ですか?」

「ですよ」

「ははっ。相変わらずですね。御使い様は」


 クラウスさんが本当に楽しそうに笑う。

 私は本当の本当に普通の女の子なのになぁ。どうしてそう私が冗談言ってるみたいに笑うんだろ。


「御使い様」

「はい」

「俺は。いや、俺たちエストリア共和国は御使い様に忠誠を誓いこのナナセの町と同盟を結びたく思います。御使い様やナナセの町に危機があれば我々は即座に駆け付け貴女方の剣となり盾となり戦います。御使い様どうか我らに貴女に忠誠を誓うことをお許しください」


 クラウスさんが切り株から立ち上がって地に片手と片膝をつけ騎士が主に忠誠を誓う姿勢を取る。

 これは本気だろう。ならば私もそれに応えなければならない。


 魔法によりローブをドレスに変化。背中に翼を生やして堕天使モード。

 剣を魔法で作り出してクラウスさんの肩に剣の背を置く。


「いいでしょう。エストリア共和国を私たちナナセの町の同盟国と認めます。またクラウス・ギリア・ハイデルン。貴方を私の騎士に任命します。私のために励みなさい」

「有難き幸せ。このクラウス・ギリア・ハイデルン。命を賭して御使い様のお役に立ちたいと思います」


 命を賭して? それはダメでしょ。命は大事だよ。これは説教しないといけないね。


「それはなりません」

「はい?」

「命は大事です。大切にしなさい。無理のない範囲で貴方のできることをしなさい。それが私の騎士である条件です。いいですね?」

「貴女は…。分かりました。御使い様のお心遣い痛み入ります」

「ふぅ。…ではそろそろ普通の女の子にも戻ってもいいですか?」

「ええ。それでは俺も姿勢を戻しますね」

「ん~、解除」


 あ~、真面目モードは疲れる。

 リーシャに癒してもらおう。


「じゃあクラウスさん失礼しますね」

「はい。御使い様。お話ありがとうございました」

「こちらこそ」


 話を終えた私はクラウスさんを残して駆けていく。

 もうすでにリーシャのことしか頭になかった私はバジルさんがすぐ傍の樹の影から出てきたことなんてまるで気が付いていなかった。



<クラウス>

 御使い様が去った後、俺はこのナナセの町の町長バジル殿と再び幾らか言葉を交わした。

 ナナセの町の住民が御使い様を慕う理由。

 優しさ、親しみやすさ。今なら前以上に分かる。あの方の素晴らしさが。

 あの方は本当に優しい方だ。エストリア共和国を興す際も血が流れるのを嫌ってあの方はあのような処置をした。今日も命を賭す等ということをあの方は許さなかった。

 故に優しいあの方を悲しませたくないというナナセの町の住民の思い、痛い程分かる。

 本音は俺たち人間にいろいろ思うところはあるだろうに、それでも俺たちへの憤りを置いて俺たちとの垣根を広げてくれたのは御使い様を悲しませたくない・安心してもらいたいという思いからだろう。

 俺たちは決して赦された訳じゃない。

 俺たちはひとまず試されることになったんだ。

 俺たちが再び愚かな過ちを繰り返すようならその時は…。


 御使い様とナナセの町の住人たちの期待を裏切らないよう今まで以上に励まないといけないな。

 ああ。命は大事に、な。

クラウスさんが御使い様ことユイの騎士になりましたが、この後二人の仲が特別に進展する等ということはありませんので、百合好きさんはご安心ください。

(念のため)。

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ブクマ、評価等してくださった皆様、本当に本当にありがとうございます。

励みになります。特にここ最近は悩んでおりましたので(苦笑)

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