02.始まり
◇<ユイ>
私の名前は七瀬結衣。本来なら今年高校を卒業する筈だった高校三年生の十八歳。
日本の某寒い地方に住んでいた私は大学受験の帰り道、帰らぬ人となった。
死因はどうしても思い出せない。
死の直前に歩道橋を歩いていたところまでは思い出せるのだけど、その先を思い出そうとすると激しい頭痛が襲ってきて記憶の呼び起こしを邪魔するのだ。
それはそれとして何かがあって死んだ私は漫画やアニメでよくあるように真っ白の空間でイリスと名乗る女神様と会い、とある条件と引き換えに転生させてもらえることになった。
その条件とはイリス様が創造した世界の根本。世界樹の管理。
断っても構わないけれど、その場合は死者の世界で輪廻転生を数千年待つことになると言われ、生きたかった私はイリス様の要求をほぼ時間を置くことなく素直に受け入れた。
それによって私は地球からイリス様が創造した世界・アイリスに死んだ際の年齢のまま転生した。
世界樹のある場所は最初は小さな無人島みたいなところだった。
住むところもなければ食べ物も無い。あるのは世界樹とその世界樹が生えるための狭く小さな大地だけ。後は本当に何もない。空は白、大地の外も真っ白な変な空間。
途方に暮れそうだった私は何気なく見た世界樹の根元に無色透明の卵型の宝石が埋まっていることに気が付いた。
何も考えず試しに触れてみるとその宝石は目を開けていられないほどの強烈な光を放ち、暫くしてその光が収まったかと思うと頭の中に直接*コントラルトな女性の声が聞こえてきた。
『ダンジョンコアへのアクセスを確認しました。マスター名:七瀬結衣 登録完了しました。マスターご命令をどうぞ』
「へっ!? マスター?」
『はい、ダンジョン名:ユグドラシル。結衣様はそのマスターです。ご命令を』
「あ、うん」
ファンタジー物を多少齧っておいて良かったって心から思った。
中でも【小説家になれちゃう】っていうサイトにはほんとお世話になった。
素人さんの作品が多いサイトなのになかなか面白くて夜更かしして読んだのはいい思い出。
確かそれによるとこういうのはDPって呼ばれるポイントを使ってダンジョンを広くしたり、快適な居住空間を作ったり、ダンジョンを守る守護者を作成したりするのだ。
理解した私が最初にやることは現在のDPがどれくらいあるのかコアに尋ねること。
「それじゃあダンジョンコア…。長いなぁ。ん~…シルアでいいか。シルア、現在溜まってるDPを教えて」
『シルア。シルアとはワタシのことですか? マスター』
「うん。気に入らないなら変えるけど」
『いいえ、ありがとうございます。気に入りました。ユグドラシルダンジョンコア。名称シルア。登録しました。尚、現在のDPは凡そ四十六兆三千六百八十億ポイントです』
「ぶっ!!」
シルアの解答を聞いて思わず吹きそうになった。
ううん、吹いた。
だってまさかそんなにもDPがあるとは思わなかったんだもん。
だから私はシルアにその理由を尋ねてしまった。
「なんでそんなに…」
『イリス様がこの世界アイリスを創造されてから凡そ四十六億年の月日が経過しています。アイリスの一日はマスターの元の故郷、地球で言うところの二十四時間。一ヶ月は三十日、一年は十四ヶ月。このユグドラシルダンジョンはこれまでマスターがいませんでした。ですので時間経過だけでポイントが貯まっていました。一時間に一ポイントDPが貯まり現在は計算するとその数値となります』
「なるほど…。なんで今までマスターがいなかったのかは置いておいて、それだけあれば好き放題できるね」
『本来アイリスにあってアイリスではない別空間に存在しているこのダンジョンにマスターは必要ありませんでした。ですがイリス様がマスターを気に入られたのでこのダンジョンの管理人にしたのだと思います。はい、DPは有り余っていますので自由にできるかと。ご命令をどうぞ』
「じゃあねぇ」
それから私はDPを文字通り湯水のように使用した。
まずは人工太陽や人工月等の惑星を設置して空に色付け。
それから小さな無人島だったその場所を拡大して日本のH道A市並みの広さに。
A市は本来内陸にあるので海は見えないがA市の周りは海とした。
家は芸能人が住む家のような豪邸を建てて上下水道や道路の設備を設置。
周りに畑や果樹園、牧場、塩田等を作成してその管理のために機械人形を作成した。後、私の家以外の家々も。誰も住んでないから見せかけだけだけど。なんかゴーストタウンっぽくなった。
そして、とりあえずすべてを終えた私は清々しい気分で引き篭もりになった。
元々インドア派。面倒臭がりで割と大雑把な性格なのでだらだらしろと言われたら無限にだらだらできる。
朝起きて適当に食べてゲームなんかしてお風呂に入って寝る。
そんなぐうたらな日々。
第三者が見ていたらまさにダメ人間だなこいつ…。と思っていたことだろう。
だけどここには私以外誰もいない。ダメ人間万歳。
しかし、そんな引き篭もり生活も以外と長くは続かなかった。
ここに来て一年が過ぎようとしていた頃、人恋しくて堪らなくなったのだ。
外の世界に行きたい…。
しかしそれには問題があった。
私は世界樹から一定の距離以上離れられないのだ。
引き篭もり中に試すわけでもなく結果的に試すことになったのだけれど、一定の距離離れたら強制的に世界樹のすぐ傍まで距離を戻されるのだ。
どうにかして外に出たい。
人生で一番考えに考えた。脳がショートして煙が出るかと思った。
その甲斐あってとある方法を思いついた私はその方法を実行した。
*女声の声域のひとつ。テノールよりも高い音域を指す。低音域。別名アルト。