15.恋人
◇<ユイ>
ヴェリエ帝国が地図上から消えて代わりにエストリア共和国が成った。
その国家元首クラウスさんは約束を守ってくれて亜人たちを解放に導いてくれた。
数十名程はそのままエストリア共和国に残ったみたいだけどね。
旧帝国時代から家族に大切にされてた人たちなのだと思う。
私はナナセの町に移住するよう強制したりはしない。
亜人たちの意思を尊重するよ。
残った人たちにはこれから先もずっと幸せでいて欲しい。
いつまでも良き家族でいられるように私も願ってるよ。
さて、これによりナナセの町は住人が増えた。
町長のバジルさんは右に左に大忙しのよう。
これから先もまだまだ増える予定だ。
バジルさんにはちょっと申し訳ないけど、頑張ってもらいたい。
ますます活気づいていくナナセの町。
そんな中で私は――――。
絶賛引き篭もり中です。
「もう嫌だぁ…。なんでよ! なんでこうなるのよ。私は普通の女の子なんだってば~」
引き篭もり今日で三日目。
何故こんなことになってるかというと、見てはならないものを見てしまったからだ。
それはナナセの町の甘味処でのできごと。
そこになんと私の絵が飾られているのを発見してしまったのだ。
フード付きの漆黒のローブに身を包んだ私が笑みながら鳥たちと戯れている様子を再現した絵。
上手く描けていて、そのおかげで甘味処は連日大盛況。
よりにもよってその絵を見たいがためだけに店に訪れる客もいるという。
今度新たに建設される美術館に寄贈して欲しいという話もあるとかないとか?
再現というだけあって実際にあったこと。私はあの時、空から飛んできて私の肩に止まった鳥と暫くの間戯れていた。前世ではそんなことなかったのに今世はたまにこういうことがある。
最初は一羽だけだった。それがその一羽を見つけた仲間たちが次々に寄って来て最後には十羽程が私の周りを飛び回って交代で頭に乗ったり、肩に乗ったりしてきた。
それが可愛くて、ちょっとくすぐったくて私は心の底から楽しいと笑みを漏らしていたのだ。
視線は感じてた。だけど鳥たちと遊ぶのに夢中になっていたというのもあったし、そもそもだからって邪魔者扱いするのも変だ。だからその時の私は特に気にせずただひたすら鳥たちと無邪気に戯れていた。
その結果がまさかの…。
「ああ~、どうしてこうなった」
ナナセの町ではただでさえ特別扱いなのに今では更にそれがあれなものになった。
住民が笑顔で私の名前を呼んでくれたりするのは嬉しい。
ただその笑顔の中にあの絵とか教会の石像とかがあると思うと堪らなく恥ずかしい。
「もうずっと引き篭もっていたい」
ベットをごろごろ。
ずっと引き篭もってたいと思っているのは割と本心だ。
今の私は激しい羞恥心が…。
でもそれはやはり許されないらしい。
"コンコンコンッ"
部屋の扉が叩かれる。
「どうぞ」
私が入室を許可すると入って来たのはリーシャ。
「ユイ、まだ引き篭もっているの?」
ため息をつきながらの呆れた目。
うっ…。その目は結構心に来る。
リーシャから目線を逸らして私は言い訳を始めようとする。
「だって」
「そんなに嫌なら御使い様の権力で飾るのを辞めさせたらいいじゃない」
リーシャがこちらまで歩いてきてベットに腰かける。
確かにそれは可能だろう。
だけどそんなことはしたくない。
「それはしたくない」
「うんうん。ユイならそう言うわよね」
「よしよしっ」リーシャが頭を撫でてくれる。
子供扱いされてる気もするけれど、撫で方が気持ちいいし、撫でられて嬉しいので止めたりしない。
心に芽生えている気持ち。それに任せて思い切って言ってみる。
「リーシャ、抱き締めて欲しい」
ダメで元々だ。断られたら拗ねたフリして立ち上がるつもり。
引き篭もり期間はやっぱり終わらせる。ユグドラシルダンジョンの皆にもナナセの町の皆にも心配させ続けるわけにはいかないものね。
「いいわ」
「えっ!」
私がそれ以上言葉を続ける前に抱き締められる。
やばいやばいやばい。リーシャ、良い匂いがする。女性特有の甘い匂いと森の匂い。それに柔らかい。顔がちょうど胸の位置に…。
「リーシャ、緊張してる?」
「緊張とは違うけど、ドキドキはしてるわね」
リーシャの胸から生命の鼓動が聞こえる。
少し早い。これって私を抱き締めてるからそうなってるのかな。
だとしたらリーシャ可愛い。
「リーシャ、好き…」
「えっ!?」
「えっ?」
リーシャが何か慌てたように私と自分の体を離した。
ああ~、温もりが遠のいていく。もっと抱き締めてて欲しかったなぁ。
「ユイ、今なんて言ったの?」
「え? 私、なんか言った?」
「言ったわ」
なんだっけ? 意識せずに言ったから覚えてない。
リーシャの目が真剣に私の目を捉えてる。
綺麗な瞳。澄んだ碧。ずっとずっと見つめていたい。
「私のことを好きって言ったわよね?」
言った。のか? 言ったような気がする。
頬が熱くなる。全身が火照り出す。
「いや、えっとえっとだからそれは…」
どうしよう。どうしよう。どうやって誤魔化す? それともこのままいってみるか?
どっちにする? 究極の選択だ。間違えたら死。慎重に、かつ早く選べ。私。
「嫌だったら私を押しのけるか抵抗するかして」
リーシャをベットに押し倒し、手と手を繋いで指と指とを絡めてベットに張り付け。
頬が紅く。何処か潤んだ感じの瞳になっているリーシャに少しずつ顔を近づけていく。
じっと私を見てる。長い耳がぴくぴく動いてる。可愛い。
唇がすぐ傍まで来たらリーシャは目を閉じた。
リーシャは私を受け入れてくれた。
「んっ」
ファーストキスは唇と唇が軽く触れ合うだけのもの。
すぐに離れてリーシャの様子を伺うと彼女は少し不満気?
「私たち女同士だけど良かったの?」
今更ながら不安になって聞いてみる。
この世界、この時代、異性愛が当たり前とされている世の中だ。
同性愛者は異端。私はどうと言われようと構わないけれど、リーシャは本当に良かったのだろうか?
「女同士だからあってないようなものとか言わないよね?」
「当たり前よ。まさかユイ、そう思っていたの?」
「そんなわけないでしょ!」
そういうの大嫌いだ。そんなの相手の気持ちを踏みにじる言い訳だもの。
私はリーシャが好きだからキスしたくなって実行したんだ。
「子供だと思っていたのよ」
リーシャが呟く。
その話は前に聞いた。私のことを十二歳くらいって思ってたんだっけ。
「だけど十八歳だって聞いて、そのユイと接近して。ユイは私を真剣な目で見てたわ。私はその目に引き込まれた。それにユイの優しい性格。そこにも私は引き込まれた。あの時からユイのことばっかり考えるようになって…。好きよ。ユイ」
そんな。そんな可愛い顔でそんなこと言われたら。
「リーシャ、今日から私たち恋人同士だね」
「ええ、そうね。嬉しいわ」
その微笑み。何処まで可愛いんだろうか。私の彼女は。
私は堪らず再び彼女の唇に自分の唇を重ねた。
セカンドキスは好きを伝えあうために長めに……。




