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14.クラウス・ギリア・ハイデルン

<ヴェリエ帝国のとある騎士団長>

 ヴァリエ帝国第二騎士団詰め所団長室兼執務室。

 その場所の椅子に今日も座り、書類を片付けながらその報告を部下から聞いた時、俺は思わずその手を止めて頭を抱えてしまった。


「すまんがもう一度言ってくれるか。何がどうしたって?」

「ハッ! 古竜調査隊が目的を達成。エンシャントドラゴンらしきドラゴンと遭遇しましたが帝国側の要請を聞き入れることなく難色を示したため偽物であると断定。討伐を開始。槍を数度エンシャントドラゴンの首に突き刺したところでエンシャントドラゴンは翼を広げ空へ。逃げられてしまったとのことです。尚、エンシャントドラゴンの行方は調査隊が追っていますが今もって見つからないとのこと。迷いの森に逃げ込まれたので見つけるには時間がかかる見込みだと報告がありました」


 やはり聞き間違いではなかった。

 一言一句先程俺が覚えたままだ。

 聞き間違いであれば良かったものを。

 俺は大きくため息をついていよいよもって片手で頭を抱える。


「あいつらはバカなのか」

「ええ、まったくです」


 部下も呆れ顔だ。

 そりゃそうだろう。

 よりにもよって女神イリス様の乗り物とも言われるエンシャントドラゴンに帝国の要求を突き付けた挙句叶えられなかったからと喧嘩を売るとは神をも恐れぬ所業。

 しかもエンシャントドラゴンが逃げた先が最悪だ。

 迷いの森。あそこには巷で噂になっている御使い様がいるという噂がある。

 エンシャントドラゴンと御使い様が組むようなことがあれば…。


「帝国は滅びるぞ」


 背筋が凍る。

 エンシャントドラゴンに喧嘩を売った連中、亜人たちを虐待している連中、そうしろと命令を下した連中。そいつらが滅びるのは良い。自業自得だ。だが何の罪もない帝国民が愚かな連中のせいで巻き添えを食らうのは納得できない。

 

 どうしたものか。


 考えあぐねていると「うわっ」と部下の小さな呻き声。

 続いて聞こえてくる見知らぬ女性の声。


「こんばんは。良い夜ね」


 どうやら何もかもすでに手遅れだったらしい。

 死神の鎌が喉元に。

 俺だけじゃない。帝国という存在の喉元にその鎌は突き付けられている。

 

 なんとか、なんとか民だけは助けてもらえるよう懇願せねば。


 その思いを胸に必死に頭を巡らせる。

 例え御使い様であろうと言葉が通じる筈だ。

 であれば言葉を尽くして分かってもらうまで。


「イリス様の御使い様とお見受けいたします」

「うん、そうだよ」


 御使い様が微笑む様子。

 俺はここで初めて噂の御使い様の姿を見る。

 執務室の机に脚を組んで座り、こちらを見下ろしている御使い様。

 その先には眠らされたのか、気絶させられたのか、倒れている部下が見える。

 御使い様のお顔は幼さが残っていてどちらかと言えば愛らしいという表現が正しい顔立ち。

 身に纏っている服などは全身漆黒でありながら肌が白く美しいため、その濃淡の違いでこの世の者とは思えない美を感じさせる。

 なるほど。これは堕天使としか言いようがない。

 その容姿に目的を忘れて見惚れそうになってしまう。

 

「その顔。確かに堕天使だな。…とか考えてるんだろうけどさぁ」


 な、何故それを。やはり御使い様は侮れない。


「私、何処にでもいる極々普通の女の子だよ? これももう定番セリフと化してきたね」


「そんな嘘を!」俺の口からその言葉が出そうになり、俺は咄嗟に自分の口を押えた。


「なんで皆、そういう反応するかなぁ。私はほんとに平凡な女の子なのに」


 御使い様は不満気だ。

 だがそういう反応になってしまうのは仕方ないと思う。

 容姿もさることながら、そんなことよりもここまで当たり前のように侵入してきている時点で普通の女の子じゃない。ここは仮にも帝国第二騎士団の詰め所で更にその一番奥にある騎士団長室だぞ。それに何より御使い様は王国を滅ぼしている?

 そんな女の子を普通の女の子とは絶対に言わない。言えない。


「な~んか気になる顔ね。まぁいいか。本題に入らせてもらうね」

「本題? …ですか?」

「そう。貴方帝国の国民を助けたいんだよね?」


 御使い様の方から言ってもらえるとは。

 もしかしてもしかするのか? 何か条件がありそうではあるが。


「貴方名前は?」

「え、ああ。クラウスです。クラウス・ギリア・ハイデルン」

「へー。恰好いい名前だね。じゃあクラウスさん」

「はい」

「帝国を滅ぼし共和国建国を宣言してください。その暁には貴方が国家元首として先頭に立ってください」

「なっ!!」


 帝国を滅ぼして俺が国家元首?

 そんなことできるわけない。


「できるわけないって顔してるね? でも水面下でこそこそ計画してたんでしょう? まだまだ形になるには程遠いところみたいだけど」

「な、何故。貴女は何処まで…」

「さぁ? どうかなぁ」


 ごくりと唾を飲んだ。

 御使い様と俺とでは次元が違いすぎる。

 俺に拒否をする権利はない。


「国家元首になったら亜人たちを全員解放して私たちに引き渡してね。後日迎えの者をよこすから」

「王国でしたように魔法で連れてはいかれないのですか?」


 御使い様はそれができる筈だ。

 なのにどうしてそれをしないのか。

 俺はそれを不思議に思い御使い様に尋ねたがここでその可能性に突き当たった。


「うん、貴方の誠意を試そうと思ってる。ここでもし一人でも引き渡しに失敗するようなことがあれば、分かるよね? ああ、強制ではないから。亜人たちの意思を確認してね」


 そう、これは御使い様なりの【人間】への試験だ。

 それに合格すれば良し。不合格であれば…。


「その代わり貴方がまともな部類の人間だと分かるなら、いつか、なるべく近いうちに私たちの町・ナナセの町って言うんだけどここと貿易をしようと思ってるよ」


 恐らく俺の顔は青白くなっていたであろう。

 しかし御使い様のその言葉を聞いて俺の心は持ち直した。


「それは本当ですか?」

「うん。ただすぐには無理かな。お互い思うところがあるだろうし」


 それは当然だ。特に亜人たちには人間に対して思うところがあるだろう。

 俺の力が足りないばかりにここ帝国の亜人たちにも辛い思いをさせている。

 こんな間違いは正さなくてはならない。

 俺は………。




 俺はその後、帝国を潰すべく立ち上がった。

 俺が考えられる精鋭を揃えての進軍。

 それでも多くの血が流れるだろう。

 そう思っていたが血は一滴も流れなかった。

 俺が進軍した時にはすでに皇帝や貴族たちは地下牢に入れられすべてが終わっていたのだ。


「最初から最後まで俺を試すための言葉だったのか。御使い様も人が悪い」


「くくくっ」と自然と笑いが零れる。

 俺はこの日、ヴェリエ帝国の名を廃し、新たにエストリア共和国の建国を宣言。

 国家元首として先頭に立った。

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