13.エンシャントダークドラゴン
◇<ユイ>
学校経営は現状手探りなところがあるため例えば子供はともかくとして大人は御使い様に緊張して大事なことを聞き逃す等のちょっとした問題はあるもののその他は概ね順調。
ナナセの町自体もバジル長老が町の長としての勤めが板についてきたためそろそろ安定期に入りつつある。
「これなら町の住人を増やしても大丈夫そうかな」
春うらら、穏やかな日差しの昼下がり。
私とリーシャとシルアの三人でそんなことを話していた時、事件は起こった。
「な、何? 空が!?」
始まりはリーシャの声。
それに呼応するようにさっきまで晴れていた空が徐々に徐々に暗くなる。
まるで以前に私が使った闇魔法のよう。
しかし決定的に違うのはそれは闇ではなく影であるということ。
そう、巨大な生物の影。
私たちは呆然と空を見上げる。
影はヘリコプターが空から地上に降りるときのように凄まじい風と共に降りてくる。
突風。腕で目に砂埃など入らないように庇う。
短かったような、長かったような、そんな時間。
漸く風が収まったらしいところで腕を降ろして見るとそこには蒼の双眸、漆黒の体と巨大な翼、そんな巨大なトカゲがいた。
「は?」
「え!!」
『…これは』
三者三様の驚き。
びっくりしているのは共通だけど、私とシルアが唖然としているのに対してリーシャは少なからず興奮しているという違いがある。
「リーシャ?」
呼びかけてもリーシャはその巨大なトカゲを見て目をキラキラさせている。
……なんとなく。ほんっとになんとなくだよ? 面白くない。
〘小さき者よ。突然降下してきてしまったこと詫びをする〙
いろんな意味で若干ムッとしていたら巨大なトカゲが喋り出す。
首をこちらに向けた時、それまでは見えなくて気が付かなかったのだけど、槍で突かれたかのような穴がある。しかもそこからはそこそこの量の血液。
怪我してる――――!!
そこからの私たちの行動は早かった。
魔方陣展開。治癒魔法により応急処置。
応急処置にとどめたのは人間・亜人相手ではなく巨大なトカゲが相手だったから。
変な副作用というか、治癒の仕方をしたら逆効果になる。
ので魔法での治癒は応急処置にとどめて包帯などで怪我を治療していく。
〘すまぬな。小さき者よ〙
「喋らないで。貴女ドラゴンよね?」
〘ああ。正確にはエンシャントダークドラゴンであるがな〙
「エンシャント。古竜ね」
〘そうだ。聖霊樹と同じ年月を生きておる〙
「凄い…」
巨大なトカゲ。エンシャントダークドラゴンの話を聞きながらリーシャが感嘆の声を漏らす。
なるほど。ハイエルフと少なからず縁がある存在だからリーシャは目を輝かせていたというわけね。
『それで? そのエンシャントドラゴンがどうして突然この町に降り立ったのです? しかもそのような怪我をして』
私が納得している間にシルアはいきなり核心に触れる。
せっかちだなぁ。なんて思ってシルアを見るとほんの少し機嫌が悪い?
町の木々がエンシャントドラゴンの起こした突風で折れたりしたせいかな。
シルアはエンシャントドラゴンとの距離を若干詰めてせまる。
〘うむ。それがな…〙
エンシャントドラゴン。
この竜と契約したものはどんな願いでも一つだけ叶えることができると言われている。
だがそれはただの言い伝え。噂話。エンシャントドラゴンにそんな力はない。
そもそもエンシャントドラゴンという存在自体が御伽噺の中の存在だった。
そう。つい最近までは。
それが御伽噺の存在ではなくなった原因は西のヴェリエ帝国の発掘によるもの。
帝国軍人の調査隊が霊峰で長きに渡り眠りについていたエンシャントドラゴンの巣を見つけ掘り起こしたのだ。
眠りから目覚めたエンシャントドラゴンはそこにいた帝国の者たちに語り掛けた。
〘小さき者よ。妾に何か用であろうか?〙
これには帝国の者は浮き足立った。
願いを叶えるドラゴン。
そして彼らはエンシャントドラゴンに帝国に来て皇帝に不老不死を与えて欲しいとそう言った。
困惑したのはエンシャントドラゴンだ。
そんな力はないし、あったとしても礼儀を知らない者に与える力はない。
エンシャントドラゴンは難色を示した。
これに帝国の軍人は逆上。
エンシャントドラゴンに槍を突き立て、悪しき竜として討伐しようとした。
〘目覚めたばかりで妾の体の魔力の巡りが済んでいなくてな。このままでは本気で討伐されてしまうと思ったので逃げてきたのだ。町に降りるつもりはなかった。だが体に限界が来てしまって降りるしかなかった。すまぬ。小さき者よ〙
そういう事情か。それなら仕方ないと思う。
シルアを見るとすっかり毒気が抜かれた様子。
エンシャントドラゴンに謝罪して今度は帝国に対して呆れの言葉をシルアが紡ぐ。
『そういう事情でしたか。訳も聞かず苛立ちをぶつけてしまい申しわけありませんでした。
しかし帝国は愚かですね。エンシャントドラゴンに喧嘩を売るなど、滅ぼしてくださいと言っているようなものではないですか』
〘妾にその気はないぞ〙
『そうですか。魔力の巡りが済んだらあなたの力があれば帝国などブレスで簡単に焼き野原にできる筈ですが、やらないのですか?』
〘妾はもう歴史の表舞台に立つことを良しとはせぬ。静かに暮らしたいのだ〙
『ふむ。では…』
シルアが私を見てきたのでそこからの話は私が引き継ぐ。
エンシャントドラゴンに一歩近寄って。
「じゃあユグドラシルダンジョンで暮らすっていうのはどう? 面倒はリーシャが見るから。あ、リーシャってそこにいるハイエルフの女の子のことね」
「え! 私?」なんてリーシャが言ってたけど無視する。
リーシャが一番適任だと思うんだー。
精々責任をもってエンシャントドラゴンを世話して欲しい。
〘良いのか?〙
「良いよ。良いよね? リーシャ」
「いいけど。もう少し小さくなれる? それと名前どうしたらいいかしら?」
〘魔力を少し分けてくれたら小さくもなれるぞ。
それから名前は好きにつけて良い。真名は力がありすぎて小さき者には教えることはできん。小さき者の命が危ないからな〙
「そう。じゃあクロでいいわね」
「まんまだ」
『そのままですね』
「いいじゃない。覚えやすいし。ね? クロ」
〘ふむ。それでよかろう。これからよろしく頼むぞ。リーシャよ〙
「ええ。こちらこそよろしく」
こうしてユグドラシルダンジョンに新たな仲間が加わった。
その後私たちから魔力を与え分けられたエンシャントドラゴンことクロは大型犬程度の大きさに変化した。
そうなると妙に可愛くて。
クロがユグドラシルダンジョン及びナナセの町のマスコットキャラになるのにそう時間はかからかった。




