閑話.正しい魔法の使い方
◇<ユイ>
ナナセの町の町立小学校。
私はその小学校の教壇前に立っていた。
あ! 最近は日本では教壇も無ければ黒板もないみたいだね。
でもこの世界はまだまだ発展途上。恐らく世界で一番技術が進んでるナナセの町もその枠組みの中にある。
なのでこの小学校では黒板とか教壇、チャイムが現役。
この先文明が進めばいずれは日本と同じようになるかもしれないけど。
「はい。もう皆知ってると思うけど、ユイ・ナナセです。魔法学は私が担当するからね。皆よろしくね」
私は私の前にいる子供たちに挨拶をする。
皆「は~い、よろしくお願いします。御使い様」って元気いっぱいだ。
小学生は高学年でもまだ子供だね。これが中学生になるとまた少し変わってくるけれど。
「じゃあ魔法学の勉強の進め方なんだけど、座学と実技を順番に行おうと思ってます。割合としてはどうしても座学の方が多くなるかな。…ということで皆さん頑張りましょう」
私がそう言うと教室の半分程の子供たちから不満の声が漏れ聞こえてきた。
「え~、バンバン魔法使えるようにしてくれるんじゃないの~? 俺勉強嫌だよ」
特に声が大きい男の子。良いこと言ってくれる。どうして座学が必要なのか説明しやすくなって助かるよ。
「じゃあ君。えっとロイ君だっけ。君は魔法を使う時どうやって使ってる?」
「どうやってって」
「うんうん。ちょっと立って実際にやってみてくれるかな」
「分かった」
「あ! 使う魔法は生活魔法の種火にしてね。手の平に収まる程度の大きさでいいから。できるよね?」
「それくらい簡単だよ。見てて」
ロイ君が立ち上がり魔法を使う準備に入る。
魔力完治で魔力の流れを辿っていると、魔力を作り出す大元である心臓から彼の手の平に魔力が集まっていっているのが分かる。
集まった魔力を炎へと変換。
「種火」
魔法発動。本人はドヤ顔してるけど、予想通り魔力を無駄に使ってるね。
「はい。ロイ君ありがとう。座っていいよ」
「ねっ。できたでしょう。魔法なんて簡単だよ」
「そうだね。でも今ちょっと疲れたんじゃない? 魔力結構持っていかれたみたいだし」
「だって俺たち子供だもん。魔力が少ないのは当たり前だって父ちゃん言ってたよ」
「うん。確かに大人よりは少ないかな。でもね、その疲れは魔法を扱うのに魔力だけで発動させちゃったからでもあるんだよ」
「どういうこと?」
ロイ君を筆頭に皆の目がこちらに集まる。
不思議そうな顔。百聞は一見に如かず。私は効率の良い魔法の発動の仕方をやって見せることにする。
「魔法の発動のさせ方はさっきロイ君がやって見せてくれた魔力だけを使用して発動させる方法の他に二つ別の方法があります。一つは精霊にお願いしての魔法。俗に言う精霊魔法だね。これは相性の問題があるから皆にも使えるようになるかは私にも分からないかな。精霊見たことある人ー?」
パラパラと手が上がった。
思ったより多い? 亜人だからなのかな。特にエルフはやっぱり多いね。今は人間と同じように町で暮らすエルフも多いようだけど、昔は基本森で暮らしてて、そこでは精霊と共にあったみたいだし、その名残りなのかな。何にしてもこの学校は優秀な子が揃ってるみたいだ。
「思ったより多いね。では今手を上げた子たちはこれから私が話すことは自然とやってることなのかもしれないですね。退屈かもしれないですけど、授業はちゃんと聞いてね」
「「「は~い」」」
勉強熱心でよろしい!
「では実際にやってみますね。精霊は人前に出ることを好みませんが、今回は特別に私の頼みを聞いてもらうことにしましょう。
…ということで気乗りしないかもしれないけどお願いね。
召喚サラマンダー」
湧水を掬うかのように両手を合わせて胸の前へ。
精霊に呼びかけると私のその手の平の上で球状の炎が渦を巻く。
やがてそれはとある種族の形を作り出す。
現れるはミニサイズのドラゴン。
体の色は赤。尻尾の先に炎。
本来はもっと大きな精霊だけど、今回は種火程度の炎しか使うつもりがないのでこのサイズで出て来てもらった。
〘…御使い様以外の者に姿を見られるのは嫌なんだが〙
「まぁそう言わずに」
「「「すっげー、本物の精霊だーーー!!」
〘煩いなぁ。だから嫌なんだ〙
「帰ったらパンケーキ作ってあげるから」
〘パンケーキ! ほんとに? 三枚乗った奴がいい。あれ作って御使い様〙
「はいはい。じゃあ協力してね」
〘任せてー〙
現金だ。しかしパンケーキが好きな精霊って。まぁ可愛いからいいかな。
「「「パンケーキいいなぁ」」」
「はぁ…。皆もいつかね」
「「「やったーーーー!!!」」」
やれやれ。安請け合いしちゃったかなぁ。学校中の人にパンケーキを作らなきゃいけなくなりそ。
私だけじゃ無理だよね。絶対手が攣る。リーシャたちに手伝ってもらうしかないね。近いうちにパンケーキ祭り企画しよう。
「「「パンケーキ、パンケーキ、パンケーキ」」」
「はいはい、静かに。それはまた今度。今は授業に集中ね。じゃないと作ってあげないよ~」
「「「はーい」」」
「うん。それでは話を戻して精霊に手伝ってもらう方法ね」
魔力操作。手の平に集めるは爪楊枝の先程度の魔力。
後は精霊に頼んでその魔力に精霊の息吹を吹きかけてもらって魔法をそれなりの大きさのものにする。
「種火。これが精霊に手伝ってもらうやり方です。勿論契約した精霊によって魔法をそれなりに使えるものにするのにどの程度の魔力が必要になるかは変わりますが、自分だけの魔力で魔法を発動させるよりはずっと少ない魔力で済みます。さっき精霊が見えるって言ってた皆さんは恐らくもうやってることですよね?」
近くにいた子。さっき手を上げたエルフの女の子に目を合わせる。頷いたのでそうなんだろう。私はサラマンダーを送還して次の説明に移る。
「では次に自然に協力してもらう方法です。空気中に酸素があることは習いましたね。この酸素は炎が燃えるための栄養素になります。ですので魔力だけで炎を作るのではなく、この酸素に協力してもらうのです。魔力はあくまで点火材。それで充分です。形まで作る必要はありません。後は酸素を食べさせてあげれば…。種火。魔力使用量は少なくて済みます。つまり何が言いたいかというと」
「酸素が炎を燃やすための栄養源だって知らなかったらそんな発想に辿り着かない。だからそのために座学が必要ってことですね」
「うん、そういうこと」
私の代わりにさっきのエルフの女の子が答えを出してくれた。
本当に優秀な子たちだ。先回りして理解するんだからね。
この子たちもしかしたら化けるかも。
この中の何人かは将来賢者とか大魔導士になるかもしれないね。
親バカならぬ…。なんだろう? 先生バカ? 家族バカ? なんでもいいや。
兎に角この子たちの将来が楽しみだよ。
「というように魔法と座学は案外密接に結びついています。知らなければできないでしょう? やろうとも思えないよね? それにやろうと思いついても何が必要なのか分からなかったら魔力だけに頼ることになる。慣れてる魔法なら十発使えるのにそれをしたばかりに魔力切れ。それじゃあ話になりませんよね? そこが例えば自分の家の敷地内であればいいでしょう。ですが魔獣の前だったら? 命を落とすことになりますね。それともう一つ例えを。もし皆さんが将来ハンターになるとして、依頼の途中飲料水を三回出せる人と一回しか出せない人、どっちの人とパーティを組みたいと思いますか? 私の魔法学は皆さんを三回飲料水が出せる人にするための授業です。そして皆さんが私以外の先生から習ってきていることを復習する授業でもありますね」
「それって全部の勉強が魔法に繋がるってこと?」
ロイ君。そうだよ。そういうことだよ。
「うん、そうだよ」
笑顔で肯定するとロイ君は「うげっ」と嫌な声を出した。
あははっ。この子分かりやすいな。
でも案外こういう子が魔法の面白さに嵌ったりするんだよね。
それで将来的に大学とか王宮とか或いはそういう関係の組織に所属して魔法研究ばかりする変人引き篭もりになったりするの。
前世の私の従姉妹みたいに。勿論、あっちの世界は魔法なんてないから分野は違うけど。
「ふふ」
「御使い様?」
「おっと。なんでもないなんでもない。あ、そろそろチャイム鳴るかな。じゃあ今日はここまで」
「「「ありがとうございました」」」
くるりと踵を返して廊下へ。
職員室に向かって歩く中、私は先程のロイ君の顔を思い出して一人笑うのだった。
「ふふっ、あの子たちの将来楽しみだなぁ」
数十年後ロイ君はこの時私が予想した通りの魔法バカな引き篭もりとなり、その他の生徒もそれまでの常識を塗り替える魔術師等に成長。その中の何人かは歴史に名を遺すほどの凄腕ハンターとなるのだけど、当然この時は私も本人たちもそのことはまだ知らない。




