11.恋の出発点
オルステン王国から一夜にして亜人たちと魔法が消えたというセンセーショナルなニュースはそれから数日後、瞬く間に世界中を駆け巡った。
そしてそれを行ったのが女神イリス様の御使いを名乗る堕天使らしい女性であったことも。
それにより亜人たちはもしかしたら自分たちも救われるかもと希望を持つようになり、人間たちは鼻で笑いながらも心の底で天罰を恐れるようになった。
だから、亜人たちへの締め付けが少し緩くなったのは記念すべきことであろう。
しかしそれでも亜人たちへの風当たりと差別意識はまだまだ強く…。
<シルア>
ユグドラシルからアイリスのアカシックレコードにアクセス。
現在の世界情勢の情報を得たワタシは今のところ思惑通りに事が進んでいることに胸を撫でおろしました。
まぁイリス様が考えられたシナリオです。
上手くいってくれないと困るのですが。
ええ、これは現在のところすべてイリス様が書かれたシナリオなのです。
人知れず亜人たちを救出しようと計画していたワタシたちに助言をしてきたのがイリス様。いえ、正確にはワタシにですね。
人知れずでは犯人探しが始まるだけ。
人間たちによる亜人たちへの迫害を少しでも減らしたいならば誰かが抑制力となるべきであると。
一理あると思いました。実際その通りですよね。
ですので上手くいけば今よりもっと信仰してもらえて力が増すし。と言っていたのは聞かなかったことにしようと思います。
マスターは上手くやってくれました。
本人はイリス様の命により天罰を下したことになってるからイリス様に天罰食らわされたりしないかなと怯えていましたが、そのイリス様が考えられたことなので大丈夫ですよ。秘密ですが。
何故秘密にするのか。ワタシがその方が都合がいいからです。
マスターの偉大さを世界中に知らしめることができますからね。
ワタシのマスターは凄いのですよ。
能力もですが、今思い出してもマスターの堕天使姿は素敵でしたね。
これから先何かあった時のマスターの正装はあの姿で決まりですね。
「くしゅん」
『マスター、風邪ですか?』
「多分違うかな。誰かが何か良からぬことを考えてるんだと思う。背筋も寒いし」
『そうですか。マスターも大変ですね』
「うん」
良からぬことを考えてるって誰でしょうね。
ワタシではないですよね。
正装の決定は別に良からぬことではないですし…。
◇<ユイ>
オルステン王国の亜人たちを救い出してから数日後。
私はシルアから聞いた話で現在絶賛身悶え中。
だって亜人たちの町に神殿ができてイリス様の像の隣に堕天使姿の私の像が作られたって言うんだから。
イリス様は分かるよ。正真正銘の女神様だからね。
だけど私は極々普通の何処にでもいる平凡な人間の女の子。祀り上げられるような存在じゃない。
目立ちたいとも思ってない。平凡な日々を過ごしたいんだよ。私は!!
「あ~~~~」
ベットの上でのたうち回る。
右へ左へ転がってどうしたものかと頭を抱える。
町の亜人たちに目を覚まして欲しい。
大体私の石像なんて誰得なんだ。
私みたいなモブな石像見たって誰も喜ばないでしょ。
なんか申し訳ないよ。もっと相応しい人とか、イリス様以外の神様とかいないのかな。
私の石像なんて壊して欲しい。今すぐに。
「なんで私なのー?」
「ユイは可愛いし、イリス様に匹敵する能力を持ってるからでしょ」
独り言のつもりだったのに返事が来たことにびっくりした。
「リーシャ!? いつの間に」
「何度もノックしたわよ。返事がなかったから勝手に入って来たけど。ごめんなさい」
「そうなんだ。私こそ気づかなくてごめん」
「別にいいけど。ねぇ、ユイ」
「ん?」
「どうしてユイはあの王国の人たちに手心なんて加えたの? ユイだったら…。そうね、皆殺しなんてこともできたんじゃない?」
リーシャ、私が手心加えたこと気が付いてたんだ。
しかし皆殺しとはなかなかに物騒なこと言うね。
「…確かに殺すこともできたと思う。でもあの人たちには生きて償って欲しかった。反省して欲しかった。だからあの対応にした。不満かな? ごめんね?」
「ううん。でも本当にそれだけ?」
「んっ?」
リーシャがじっと私の目を見つめてくる。
それだけ? ってどういう意味だろう?
それだけ…だよ?
「自分で分かってないのね」
「何が?」
「ユイは優しいってことよ」
リーシャに押し倒される。
近づいてくる顔。
やばい。ドキドキする。
頬が熱い。
「ふふ。まだ子供なのにユイってませてるのね」
もしかして揶揄われた?
くすくすと楽し気に笑ってるリーシャ。
ところで子供って? まさかとは思うけどリーシャは私のこと…。
「リーシャ、私って何歳だと思ってる?」
「え? 十二歳くらいでしょ?」
うあ…。やっぱりだ。
日本人の、特に女性は海外に行くと年齢より下に見られることが多いって聞いたことある。
実際は二十歳なのに現地の人に子供扱いされて飴もらったりなんてことがあるとか。
「……私、十八歳なんだけど」
「えっ!!? 私の一個下? 嘘よね?」
目を見開いて驚愕してる。
このユグドラシルダンジョンに来た時と同じくらいの驚きよう。
はいはい、どうせ私は童顔でこちらのその年代の人たちと比べて小さいですよ! 幼児体系…ではないと思うけど。胸はないけどさ。けっ。
余談だけどこの大陸の成人年齢は十五歳。つまり私も立派に成人。
子供ではないのだ。大人なのだ。
「びっくりしたわ。異世界の人って皆そうなの?」
「そんなことはないかな。それぞれだよ」
「そう。本気で十二歳くらいだと思ってたわ」
「…十八だよ。ところで」
「ところで?」
「いつまで私の上に乗ってるの?」
「あっ!」そう言って私から離れようとするリーシャを私は素早く捕獲する。
抱き締めて悪戯してやろうとその長い耳を軽く噛んだ。悪戯のつもりだったんだ…。
「ひゃんっ!」
思いがけず可愛い声。
時が止まる。
私もリーシャも心臓の鼓動が煩くなり、体が火照り始める。
私のこの心臓は魔石なのにほんとに命の鼓動まで再現している。
今のこの体は魔力人形だってこと忘れそう。
最初に我に返ったのは私だった。
「ごめんなさいごめんなさい」
リーシャから体を離し、素早く彼女の元を抜け出して床に頭を擦りつけて土下座。
やってしまった。やってしまった。セクハラだ、これ。この世界にそういう概念はないだろうけど、だからってやっていいことにはならない。
「ごめんなさいごめんなさい。私はなんてことを…」
「ユイ、いいから。ほら、頭上げて」
どうやらリーシャも再起動したらしい。
恐る恐る顔を上げると彼女はベットに座って所在なさげにもじもじしている。
「ちょっとくすぐったかった」
「ごめんなさい。………可愛い」
「え?」
「あ! なんでもない」
「私、部屋に戻るわね。お邪魔しました」
「あ、うん…」
リーシャがベットから立ち上がって私の部屋から出ていく。
それを見送った後、私はベットに顔を埋めて一人身悶えた。
「可愛かった。やばすぎ。…私、やっぱり同性が好きなんだ。そっかそっかぁ」
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思えばリーシャを恋愛対象として意識し始めたのはこの時からだ。
それと悪戯心が芽生えたのも。
ここが私たちの恋の出発点。




