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第93話 夜のパレードと二人の初めて

 健斗と合流した桜子は、少し離れた所で待っていた友人達と一緒にネズミーランドへ向けて出発した。


 歩き出して早々に、みんながあそこで何かあったのかと聞いて来たので、健斗が簡単に状況を説明をすると、女子達は妙に納得した顔をしていた。


「まぁ、桜子ちゃんなら確かにスカウトの目に留まるのもわかる気がする」


「そりゃあ、これだけの美貌だもの、誰だって声をかけたくなるわよねぇ」


 友人たちが口々に桜子の美貌を褒め称えるのだが、桜子本人は薄く顔に浮かべた微笑を崩すことなく、適当に相槌を打っている。健斗はそんな桜子の様子を見ながら、内心ではハラハラしているのだが、秀人としても余計なトラブルは避けたいので、出来る限り桜子になり切ろうとしている。




「ねぇ、童貞」 


「そ、その呼び名はやめろよ!!」


「なに? 童貞じゃないの?」 


「……くそっ、好きにしろよ……」


 秀人がニヤニヤと笑いながら、桜子の可愛らしい声のまま健斗をからかって楽しんでいる。それが微妙に癪に障るのだが、桜子にいままでそのような態度を取られた経験の無い健斗は、それが妙に新鮮に感じられた。

 そして、秀人の努力のせいなのか、少しずつ本物の桜子の口調に近付いてきているのもまたイラつく原因だったりするのだ。




「健斗、これからどこに行くの?」 


「……ネズミーランドだよ。そこのアカデミーで講習を受けた後は、夜まで自由時間なんだ」 


 秀人の質問に答えた健斗の声には、少し楽しそうな響きが含まれている。その声が証明するように、彼自身もテーマパークを楽しみにしているようだ。


「そっかぁ、それは楽しみだね。健斗くん!!」


 そう言って健斗の腕に絡みつきながらニヤリと笑う桜子は、桜子であって桜子ではないのだが、自分には桜子にしか見えなくて……


「あーっ!! なんだか訳がわからなくなってきた!!」


 健斗はニヤリと何かを含んだ笑みを浮かべる桜子、いや秀人を見ながら頭を抱えるのだった。





 ネズミーアカデミーでの講習も終わり、これから夜の20時まで自由時間となった。

 今夜はテーマパークの敷地内にある同じ系列のホテルに宿泊するので、19時45分頃にここを出ても十分に間に合うだろう。


 実は健斗は、この旅行のスケジュールが決まった時からずっとこの時間を楽しみにしていた。

 桜子と二人で遊園地で遊んで、夜には一緒にパレードを観る。たったこれだけの事なのだが、彼にとっては至福のひと時になるはずだったのだ。



「それが、どうしてこうなった……」


 健斗が頭を抱えながら隣を見ると、もっちゃもっちゃとチキンレッグを頬張りながら歩く秀人化した桜子がいて、健斗と目が合うとニヤリと片方の口角を上げて皮肉そうな笑みを返すのだ。

 その顔を見ていると、最早(もはや)健斗には溜息しか出て来なかった。



「なぁ、まだ桜子は目を覚まさないのか? 本当に大丈夫なんだろうな?」


「健斗も心配性だね。こいつが目を覚ましたらすぐに教えてあげるから、大人しく待っててね。うふっ」

 

「……いや、そう言うわざとらしい笑いはいらないと思うし……」


 今日すでに何度目かわからない健斗の溜息の音を聞きながら、秀人は彼の頬に残る赤い手形をチラリと見た。


「それにしても、随分盛大にビンタをされたんだね、まだ頬に手形が残ってるよ。でも良い物が見られて良かったね、眼福眼福」


「う、うるさいな……」


「ねぇねぇ、あたしのおっぱいどうだった? もしかして興奮したりしちゃった? うふふふ……」


 そう言いながら健斗の左頬に指を這わせて秀人はにっこりと微笑んでいる。

 秀人に全てバレている事を悟った健斗は、バツの悪さを誤魔化すために少し乱暴にその手を振り払ったのだが、それを見ていた楓は意外そうな顔をして話しかけて来る。


「木村君って意外と亭主関白タイプなのね。こんなに尽してくれる、こんなに可愛い彼女にそんな乱暴な態度をとるなんて意外だわ……」


「いや、これはこいつが…… なんでもない、気を付けるよ……」


 健斗がバツの悪い顔のまま秀人の顔にチラリと視線を走らせると、彼女は周りから見えないように小さくあかんべえをしていて、それを見た健斗はさらにイラっとするのだった。



 秀人は他の友人達とは当たり障りのない会話に徹してなんとかバレないように気を付けている。普段から桜子と親しい光は、妙に口数が少なくなった彼女を少し訝しんでいるようだったが、いまの桜子が別人格であることを気付かれるようなことは無かった。




  

 夕方になり、各自がそれぞれ別行動をすることになった。

 健斗と秀人、太一と光、あとは気の合う者たちが固まって園内に散って行くと、秀人は手近なベンチにドッカリと腰を下ろしてそのまま天を仰いだ。


「どっこらしょ…… あー、疲れたー。ずっと女の真似をしていると、まるでオカマになったみたいだな……」


 可愛らしい美少女の声のままで、ゲッソリと愚痴を零す様子がなんとも面白い。


「あぁ、健斗、悪いが何か飲み物を買って来てくれ…… そうだな、ビールを頼む」


「買えるわけないだろ!! コーラでいいか!?」


 そう言うと健斗はまたしてもイラっとした顔をしながら走り去って行ったのだが、本物の桜子にお願いされたのならホイホイと喜んでいるのに、大した落差だと秀人は思うのだった。


 

 健斗が戻って来るのを秀人が一人でベンチに座って待っていると、早速横から声を掛けられた。一人になってものの2分も経たないうちに声をかけられるとは、桜子という少女はなんという男ホイホイなのかと溜息を吐きたい気分になるのだが、降りかかった火の粉は自ら払わねばなるまい。

 そう思いつつ秀人が声の方を鋭い目つきで振り向くと、そこにはお約束のように軟派な男たちが立っていた。


 そもそも格好を見ただけで修学旅行中の中学生なのは分かるだろうし、女子中学生に声を掛けること自体が通報案件なのは常識だと思うのだが、どうしてこの手の男たちは敢えて声を掛けて来るのだろうか。それに、こんな場所に男だけのグループがいること自体が、妙に不自然に感じられるのだ。


 これはあれか? あれなのか? 神と言う名のクソジジイの思し召し(おぼしめし)ってヤツなのか?

 もしそうならば、遠慮はまったくいらねぇな。



「ねぇ、お嬢ちゃん、いま一人なの? どうしたの?」


「どうしたもこうしたもあるかよ、連れを待ってんだよ、見りぁわかんだろうがよ」


「うっ……」


 秀人の警戒感バリバリのヤクザ口調を聞いた途端、軟派男達は思わずたじろいでいたのだが、目の前の超絶美少女を見ていると、それでもどうしても声を掛けたくなるらしい。


「ねぇ、連れって女の子? それならその子も一緒にお兄さんたちと遊ぼうよ」  


「うるせぇ、あっち行けよ、お呼びじゃねぇんだよ」


「き、きみ、随分口が悪いね…… あんまりそう言う事を言ってると、お兄さんがお仕置きしちゃうよ?」


「……呼んでもいないのに勝手に出て来て、挙句にお仕置きとか随分な言いぐさだな、おい!!」


 さすがにイラついた秀人が男達を睨みつけてベンチから立ち上がると、言い返された軟派男達が急に近付いてくる。恐らく秀人がそのまま逃げると思って、逃げ道を塞ごうと思ったようだ。

 それにしても、女子中学生相手になんとも大人げない男達である。



「……やんのか? やるなら相手になるぞ、ん?」


 桜子が愛らしい垂れ目でメンチを切って、可愛らしい声で凄んでいるのだが、相手にはそれが何か微笑ましいものに見えているらしく、なんだかニヤニヤとした嫌らしい笑みを湛えて彼女の姿を眺めている。その視線は秀人の中学生離れした大きな胸に集中している。


「お嬢ちゃん、ほんとに怪我するからやめた方がいいって……」




「おい!! お前ら、桜子になにしてる!!」


 桜子が三人の男達に取り囲まれているのを見て健斗が両手に持ったジュースを投げつけると、それと同時に二人の警備員が走り寄って来るのが見えた。

 それを見た軟派男たちは慌てて逃げて行ったのだが、どうやら先ほど桜子が大きな声を出した時に、周りにいた通行人が警備に通報していたようだった。


 駆け付けた警備員が中学生二人の無事を確認すると、間に合った事に安堵の溜息を吐きながら無線で何か連絡をすると、会釈をして去って行った。

 健斗が無言でその後姿を見送っていると、秀人が話しかけて来た。どうやら二人で少し話したい事があるらしい。

 なるべく人通りの少ない場所を探すと、二人でベンチに座った。





 秀人は夕暮れの園内を足早に歩いている人達を眺めながら、ポツリポツリと話し始めた。その顔は先ほどまでのからかうような表情ではなく、かと言っていつもの桜子の顔でもなかった。


「なぁ、健斗。お前これからどうするつもりだ? こいつと高校は一緒じゃないんだろう?」


「……あぁ、俺は桜子みたいに頭が良くないし、それに丁度良く行きたい高校が近くにあるんだ」


 それからしばらくの間、二人は取り留めの無い話をしていたのだが、秀人が桜子の二重人格の病気で生み出された架空の人格であることを、健斗は暫く忘れていた。それほど秀人との会話が健斗にとって普通の人間を相手にしているように感じられて、まるで浩司や学校の担任などの大人の男性と会話をしているような錯覚に襲われたのだ。

 もちろん声は桜子の可愛らしい声のままなので違和感はあるのだが、その受け答えの内容はとても未成熟な中学生が作り出した架空の人格とは思えなかった。


「お前がこいつと別の高校に行っても大丈夫だ。俺が四六時中ついているし、いざとなったら走って逃げるさ。知ってるか? こいつの足って意外と速いんだぜ。もっとも、乳がバインバインして走りにくいがな」 


「……知ってるよ」


「さすがだな。お前、伊達におっぱい星人じゃねーな」


「そこじゃねぇよ!! 足が速い事を言ってるんだよ!!」



 秀人と交わす会話は、なんだかとても頼りになる大人としているようで、健斗はその中に何か父性のようなものを見た気がした。もちろん彼の存在は桜子が作り出した架空の人格なのだから、そんな馬鹿な話がある訳が無いのだが、しかし彼から感じる感覚は間違いようのないもので、まるで父親か親戚の叔父と話しているようにも感じられるのだ。

 もっとも健斗の伯父は、自分が生まれたのとほぼ同時期に死んでいるので会った事は無いのだが。


「お前は自分の行きたい学校に行って、したい事をすればいい。俺はそう思うし、桜子もそう思っている。何もこいつに縛られることは無いと思うぞ」

 

「……でも、それじゃあ桜子を守れないだろ」


「だから俺がいるって言ってるだろ。それにな、本気でそう思うんなら、こいつと同じ高校を受ければいいんじゃねぇのか? その努力もしないで、偉そうな事言ってんじゃねぇよ」


「……あ、あぁ……」


 秀人に正論を叩き付けられて、健斗はぐうの音も出なかった。

 それにしても、これほどまでに自分に対して歯に衣着せぬ言葉を吐く相手は初めてだった。それが実の母親の幸であっても、ここまではっきりとは言わないだろう。

 何か思うところがあるのだろうか、健斗は思い切って先ほどまで感じていた違和感を口にした。


「あのさ…… こんな事を言ったらおかしな奴と思うかも知れないが、あんた本当に桜子の作り出した架空の人格なのか? 俺にはそう思えないんだが……」


 健斗のその質問に、秀人は片方の眉だけを上げて何かに関心したような顔をした。


「ふふん、なぜそう思う?」


「あんたと話しているとなんだか父親と話しているみたいなんだ。まぁ、俺には父親がいた事がないから、よくわからないけどな」


 健斗のその言葉に、秀人は感心したように目を細めて健斗の顔を眺めている。


「父親か…… なかなかいい線いってるかもな。まぁ、そのうちわかるだろうさ。今度桜子に聞いてみたらいいだろう、こいつがいいと思ったら話してくれると思うぞ」


「えっ? それはどういう意味……」


「さぁ、今はここまでだ。そろそろこいつの目が覚めそうだぞ。俺はそろそろ消えるぞ。あとはお前に任せるからな、いいな?」


 そこまで話すと、秀人はそこで話を打ち切ろうとした。



「あっ、ちょっと待ってくれよ、まだ聞きたい事があるんだ!!」


「なんだ? 俺に答えられる事なのか? もう時間がないぞ、さっさと言え」


「桜子はどうして俺を急に胸に抱いたりしたんだ? まだキスもしていないのに」


「順番なんて、大して関係ないだろ。それに、それを俺に訊くのか? 訊く相手が違うだろ」


「……そうだな、あんたに訊くことじゃないよな…… すまん、忘れてくれ」



 健斗の素直な態度に、秀人はニヤリと皮肉そうな笑みを一つ返した。


「ふん、最後に一つだけ良い事を教えてやる。今夜こいつに迫って見ろ、お前の願いを叶えてくれるかもしれないぞ」


「えっ? それは何の事……」


「おっと、時間だ。それじゃ、後は頼むぞ。しっかり肩を抱いていてくれ。くれぐれもこいつの身体にイタズラするんじゃねーぞ、じゃあな……」


「し、しねーよ!!」



 そう言うと秀人はベンチに座って目を瞑ると、そのままくたっと全身の力が抜けてしまった。

 健斗が言われたとおりに桜子の肩を抱いていると、しばらくして彼女は呻き声を上げながら小さく身動ぎをして、突然パチッと目を開けた。

 健斗が彼女の透き通るような青い瞳を覗き込むと、ぼんやりとした表情のまま口を開いた。


「あっ、健斗…… あれっ? あたしは…… あぁ、そうだ、あの男の人に迫られて、怖くて……」


「もう大丈夫だ、お前は少し気を失っていただけだから。俺が付いているから心配するな」


 桜子は自分だけに向けてくれる健斗の優しい微笑を見つめると、まだ少しぼんやりとする頭を彼の肩の上に乗せて目を閉じて囁いた。


「健斗…… また助けてくれたね、ありがとう……」





 桜子が回復するまで、二人でベンチで休んでいると、すでに辺りは暗くなり、もうすぐ夜のパレードの時間になっていた。

 健斗はもうホテルに戻ろうと提案したのだが、桜子が大丈夫だと言って聞かないので、二人でパレードの見える橋の上に来ていた。そこはパレード会場から少し離れているので、人通りも少なく少し落ち着いた雰囲気が漂っている。


 パレードが始まるまでの間、二人は手を繋いだまま無言で橋の欄干の寄り掛かると、そのまましばらく鮮やかに彩られた電飾を見つめていた。健人が横を見ると、煌びやかに照らされた桜子の横顔はまるで女神のように美しく、健斗は今日何度目かわからないほどに見惚れていた。


 もう少しでパレードが始まるというタイミングで健斗が桜子に話しかけたのだが、その顔には緊張と決意の表情が貼り付いている。

 健斗は、秀人が最後に言った『願いを叶えてくれるかも』と言う言葉を信じてみることにしたのだ。

 


「あ、あのさ、桜子」 


「ん? なぁに?」


「あの…… その…… キ、キスして……いいか?」


「……それを、女の子に訊くの?」


「うっ……」



 桜子の予想外の返答に、健斗が思わずたじろいだ瞬間、大きな花火が打ちあがってナイトパレードが始まった。周りは大きな喧騒に包まれて、鳴り響く音楽や、打ち上げられる花火の音にかき消され、最早(もはや)二人は会話を続けることが出来なくなった。


 それでも桜子が何かを伝えようと口を動かしているのが見えるのだが、健斗がそれを聞き取ることができずにそのまま立ち竦んでいると、彼女は突然健斗の首に腕を巻き付けて、優しく自分の方へと手繰り寄せた。

 白くて細い華奢な腕を絡み付けられた健斗は少し驚いた様子だったが、そのまま桜子のするがままに任せていると、ゆっくりと彼女の顔が近づいてくる。


 そして桜子は健斗の唇に自身のそれを重ねた。



 色とりどりに光り輝く電飾に照らされて重なる二人の横顔は、いつまでも夜の闇の中に浮かび上がっていた。 


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[一言] いやいや世紀末かよ……一人になった途端変なやつよってくるとか要介護認定 いや警護か 高校やばそう……
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