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第168話 店長の決断

「えぇぇぇ!! そりゃ無茶だよ、小林さん!!」


 ファミリーレストラン「アンアン・ミラーズ S町駅前店」の休憩室に男の声が響き渡る。

 もちろん男の声は店長の増田のもので、彼は座っていたソファから思わず腰を浮かしそうになりながら素っ頓狂な声を上げていて、その対面には超絶美少女の小林桜子が増田に向かって追いすがるような形に右手を差し出していた。


「て、店長、そんなに大きな声を出さなくても……」


「いや、だって、君、さすがにそれは無理だよ、いくらなんでもそれはあり得ないって。君は僕を犯罪者にしたいのか!?」


 増田はもう冗談のように首をブンブンと振り回しながら必死の形相で拒絶していて、そんな店長の凄まじい拒絶反応に驚いた桜子は、透き通るような青い瞳を大きく見開いて驚きの表情のまま固まっている。


「ち、違いますよ、別に舞ちゃんと付き合ってほしいと言ってるんじゃなくて、仲良くしてほしいと……」


「いやいやいやいや、それだって同じでしょ。こんな中年親父が女子高生とプライベートで仲良くするとか無いから!! 思いっきり職質案件だし、下手したら逮捕されちゃうでしょ!!」


「て、店長、とりあえず落ち着いてください!! もっとしっかり話を聞いてくださいよ、もう…… 話をする前に休憩時間が終わっちゃうじゃないですか」


 なんとか話を聞いてもらおうと、絶賛取り乱し中の増田の膝をピシャリと叩きながら桜子が頬を膨らませていると、次第に平静を取り戻した増田は居心地が悪そうに居住まいを正していた。その様子からなんとか話を聞いて貰えそうだと判断した桜子が尚も口を開く。


「いいですか、最初からきちんと理由(わけ)を話しますから、大きな声を出すのはそれからにして下さいね」


「わ、わかったよ…… お手柔らかに頼むよ……」






 浅野医師から聞いた話を桜子から聞いているうちに、増田の顔には次第に理解の色が広がっていた。それでも彼は顔に浮かんだ困惑の表情を隠そうとはしなかった。


「いや、君の言いたいことは良くわかったよ。確かに東海林さんについては気の毒だと思うし、出来ることなら僕も力になってあげたいとも思う。でも、君は知らないと思うから教えてあげるけど、少し前に僕は彼女に好きだと告白されているんだよ。それを踏まえた上で君は彼女と仲良くしろと言うのかい?」


 舞が増田に告白していた事を実は桜子も知っていたのだが、それを敢えて言う必要は無いと思った彼女がわざと驚いた顔をしていると、その様子を見て小さなため息を吐きながら尚も増田は話を続ける。


「何とも情けない話なんだけど、僕はまだ東海林さんのその告白の返事をしていないんだよ。その時は彼女も答えを無理に訊こうとはしなかったからね。だけど僕はそんな彼女の気持ちに甘えてしまって、そのまま答えを有耶無耶(うやむや)にしようとさえしているんだ。……ははは、本当に情けない大人だろ?」


「いえ、そんなことは……」


 突然の増田の告白に桜子はどんな顔をすれば良いのかわからなかったのだが、ひとまず彼の話を最後まで聞こうと思った。まずは彼の言い分を聞かなければこの先の話も出来ないと思ったからだ。


「だからこのタイミングで僕が東海林さんと仲良くするという事は、僕が彼女の気持ちに応えるという事になるんじゃないだろうか。気持ちには応えられないけど親しくするとか、そんな都合のいい話にはならないだろう?」


「確かにそうですけど…… でも店長は別に舞ちゃんが嫌いな訳ではないんですよね?」


「そりゃ、もちろん嫌いなわけがないじゃないか。むしろあんな美人とお近づきになれるなんて滅多にないからね。僕だって出来ることなら…… い、いやいや、なんでもないよ、聞き流してくれ」



 思わず本音が出そうになった増田が手をひらひらと振りながら慌てて誤魔化している姿を見ていると、桜子には彼の本心がなんとなく理解できた。

 決して増田は舞の事が嫌いな訳ではなく、ただ自分が色々な部分で彼女とは釣り合わないと思っているだけなのだ。そしてその一番大きなところはやはり年齢なのだろう。


 確かに中年男の増田が女子高生の舞とプライベートで親しくしていればそれだけで周りの目を引くだろうし、そこに不健全な関係を想像する者もいるのかもしれない。そして増田が心配しているのはまさにそこの部分である事は間違いないのだ。

 しかし桜子には、実はそれ以外にも彼が舞の告白に返事が出来ない理由があることを感じ取っていた。



 職場での増田は、店長という立場上常にリーダシップを発揮しなければいけないし、時には強い口調で部下を叱らなければいけない時もある。そして桜子の目に彼は十分にその役目を果たしているように見えていたし、ただ厳しいだけではなく、実際に彼は部下社員にもとても慕われている。

 そんな風に職場では十分に自身の職責を果たしている増田なのだが、一旦仕事から離れると(ただ)の気の弱い中年のおじさんになってしまうのだ。

 

 増田は桜子の目から見ても外見はそれほど悪くないと思うのだが、彼は自分の容姿に全く自信を持っていないようだし、性格も地味でつまらないのだと言って聞かないのだ。そしてそんな自分があんなにも人の目を引く美少女と釣り合う訳が無いと思っているようで、いくらそんな事は無いと言っても全く聞く耳を持とうとはしなかった。



「それじゃ店長、あくまでも仕事の延長として舞ちゃんの話を聞いてあげてくれませんか? 部下のアルバイト社員との対話という形でもいいので」


「いや、それは只の詭弁だろう…… どんな形であったとしても僕が東海林さんと二人きりで話をすれば、彼女自身はそう受け取らないでしょ」


「店長、お願いです、今の舞ちゃんを助けてあげられるのは店長しかいないんです!! なんとかお願いします!! この通りです!!」


 いくら口で説得しても全く聞こうとしない増田を見ていると、桜子は最終手段として両手を顔の前で合わせて、まるで祈るような姿勢で増田の顔を見つめ始める。

 そんな金髪美少女を増田は困惑した表情のまま正面から見つめて考えていたのだが、やがて渋々ながら小さく溜息を吐いて首を上下に振った。


「わかったよ…… そんな必死な顔でお願いされたら断れないだろ…… でもどんな結果になっても僕を責めないでくれよ? 東海林さんと二人きりで話をしたら、どんな方向に話がいくのか見当もつかないからね……」





 その日の夜、舞のバイト終わりの時間を見計らって増田が声をかけると、パッと顔に笑みを浮かべながら彼女は振り向く。ちょうど学校の制服に着替え終わったところで、増田の顔を見つめながらその美しい顔に微笑を浮かべていると、いつものクールな彼女とは少し違う印象を受けた。


 舞は職場の仲間と話をしている時も常に微笑を絶やさないのだが、その笑顔は何処か意図的に作った印象が否めず、見ようによっては少々冷たい印象を受けるのだ。

 それが増田と話をする時には明らかにその笑顔の種類が違っているのがわかるし、あんなに自身の感情を表に出さない彼女が本当に嬉しそうな顔をしているのを見ていると、増田はその笑顔が眩しすぎて思わず目を逸らしてしまう。


「東海林さん突然ごめんよ、ちょっとだけ話がしたくて…… あぁ、でもこれから兄弟の晩御飯の支度があるのか……」


 直前まであんなに気合を入れていたのに、舞の笑顔を見た途端に増田の態度は弱腰になってしまう。そんな自分に嫌気を差しながら増田が話を止めようとしていると、その様子にはお構いなしに嬉しそうな笑顔を崩さずに舞が口を開いた。


「今日は母が家にいるから大丈夫よ。それに遅くなったら店長が家まで送ってくれるんでしょう?」


「あ、いや…… ま、まぁそうか…… じゃあ、ちょっとこっちへ来てくれないか?」


「ふふふ、冗談よ」


 

 

 普段は店長専用室のようになっている事務室内で、増田と舞が二人きりで座っている。

 現在は夜の8時10分。ディナータイムが終わってスタッフ達が一息ついている頃なので、しばらく誰にも邪魔される事なく話は出来るはずだ。

 

 部屋の中央に置かれた無機質な会議机を挟んで増田と舞が向かい合う形で座っていて、自分から声をかけておきながらなかなか口を開こうとしない増田に対し、舞が微笑を浮かべながら急かすこともなく見つめている。

 彼女はすらりと背が高くて整った顔立ちの美人だし、普段から薄く化粧をしているのでウェイトレスの制服を着ているととても大人びて見えるのだが、今のように高校の制服に身を包んでいると、やはり彼女が女子高校生である事を嫌でも増田は意識してしまうのだ。

 そしてその長身美人巨乳女子高生という思わず見惚れてしまうほど非常にレアな舞の姿は、直前までの増田の気合いを吹き飛ばしてしまうには十分な破壊力だった。


 舞の溢れるような若さと美貌を目の前にしてたじろぐ事しか出来ない増田だが、それでも何とか言葉を絞り出していた。

 


「あ、あのさ、もう3ヵ月近くも黙ってて、いまさら返事をするのもアレなんだけど……」


 増田が言うように、彼が舞に告白をされてから既に三か月近くが経過していたので、いまさらその返事をするのもどうかと思うのも仕方のない事だった。そして舞本人が自分の気持ちが伝えられればそれで満足だと言っていたし、その言葉に増田が甘えていたのも事実なのだ。

 しかしいつまで経っても返事を貰えないままの舞の気持ちを考えると本当に申し訳ない気持ちになったし、ここはやはり返事をしてあげないとダメだろうと増田は思った。それでもやはり彼女の気持ちを全て受けとめる事が出来ない増田は、あれからずっと考えていたことを話してみる事にしたのだ。


「今までずっと君に返事が出来なくて悪かったと思ってる。でも、僕としては君のようなとても綺麗で若い女性に告白された事に戸惑ってしまったんだよ。こんな地味で冴えないおじさんのどこがいいんだい?」


 戸惑うような増田の言葉を聞いているうちに舞の顔からはいつもの微笑が消えて行く。今ではその美しい顔に切なそうな表情が浮かんでいた。


「……私は店長をおじさんだなんて思ってないし、外見にも拘りはないわよ。店長が言うように地味でも冴えなくても関係ない、私はそんなあなたが好きなんだもの」 


 その言葉には嘘も偽りもないであろうことは、目の前の彼女の美しい顔に浮かんだ真摯な表情がそれを物語っている。しかしそんな彼女の表情に増田は気圧されていた。


「正直に言うと、僕は君の気持ちはとても嬉しいんだ。君のような素敵な女性から好きだと言われて嬉しくない男なんて何処にもいないだろう。でもね、僕は君とは付き合えないんだよ、わかってくれるだろう?」


「……えぇ、わかってるわ。店長が私と付き合う事を世間はきっと認めないでしょうし、店長にだって立場も世間体もある事は私だって十分理解しているわ」


「それじゃあ……」


「それでも私は店長の事が好きなの。これは嘘も偽りも無い正直な私の気持ち。別に店長が私の事を好きになってくれなくてもいいから、ただ傍にいさせてほしいの…… お願い、私はもう……」 



 いつも飄々と顔にクールな微笑を湛えている舞が、いまにも零れ落ちそうに目に涙を溜めて増田の顔を見つめている。

 彼はもう一年以上彼女と一緒に仕事をしているが、舞がここまで感情を表に出しているのを始めて見たし、こうしてみると今の舞は年相応のか弱い少女にしか見えなかった。

 

「東海林さん……」


「ご、ごめんなさい…… 思わず感情的になってしまって…… 店長、いいのよ、あなたが私と付き合えない事はわかっているから…… だけど私の事を拒絶しないでほしい、遠ざけないでほしいの。お願いだから……」


 舞の言葉を聞いた増田は、ハッとしたように表情を変えた。

 舞が言うように、今までの増田は自分の立場や世間体の事ばかり考えていたし、彼女が自分の事を好きだという事実に戸惑ってばかりいた。冷静に考えるとそこには彼女の想いを(おもんぱか)る気持ちは全く無く、そこに舞に対する思い遣りの心が欠けていた事に今更ながら気付いていた。


 

「どうして…… どうしてみんな私をわかってくれないの? どうして…… 私はただ皆と同じように笑いながら暮らしたいだけなのに……」


「ごめん、東海林さん…… 頼むから泣かないでくれよ」 


 気の強そうな切れ長の瞳から遂にポロポロと大粒の涙を流し始めた舞の姿に、初めのうちは(ただ)おろおろとするばかりの増田だったが、何を思ったのか突然彼女の身体を抱きしめると両目を瞑って天井を見上げながら大声を出した。


「ごめん、今はまだ君とは付き合えない。だけど君が高校を卒業するまでその気持ちが変わっていなければ、僕も君の気持ちに応えてあげるよ。約束だ!!」


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