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第153話 彼が土の中に埋めた物

「ど、どうしたんだい? 何の話かな?」


 突然の舞の登場に、思わず増田の声が裏返ってしまう。

 つい昨日まではアルバイトの舞の上司・監督者として彼女を指揮・指導してきた彼だったが、あの時の彼女の一言によってすっかり今ではその片鱗を見せることも出来ずに、(ただ)舞の事を意識するだけの中年親父と化していた。


 そして、部屋に入った自分の姿を見た途端に挙動不審になった増田の様子を見つめながら、舞は口を開く。


「店長、昨日私が言ったことなんだけど…… あれって本気なのよ」


「……」


「私は店長の事が好きなの。これは冗談とか嘘とかではなくて、本当の私の気持ちなの」


「そ、そうかい……」


 もしかして自分の聞き間違いだったのではないかと疑う事もあった昨日の舞の発言だったが、増田が何度も確認しようとして出来なかった事を図らずも彼女の方から話してくれた。それはある意味増田の手間が省けたとも言えたのだが、かえってそれは彼の逃げ道を塞ぐ行為でもあった。


 やはりあれは自分の聞き間違いではなかったのか。

 そして自分はどうすればいいのか。




「あ、ありがとう……と言うべきなんだろうか? 僕としては君の好意は嬉しいけど、しかし……」


 彼女の言葉は一人の男としては間違いなく嬉しいはずなのに、何故か今の彼には素直に喜ぶことが出来なかった。いや、その理由なら既に何度も自分の中で考えていたし、納得もしていたはずなのだ。

 そう、彼女はまだ16歳の女子高生で、世間的にはまだ子供と言われる年齢なのだ。その彼女の想いを大人の男として本気にするわけにはいかなかった。



「店長…… 店長は私の事は好きじゃないの? 好みじゃない?」


「……いや、好きとか嫌いとか好みとか、そういう問題じゃないと思うんだよ。ほら、良く見てごらんよ。僕なんてこんなに歳をとったオッサンだろう? こんなオヤジのどこがいいんだい? 少し冷静になった方がいいよ」


 動揺しつつもなんとか絞り出した増田の言葉を聞くと、舞の顔からスッと表情が消える。それから気の強さが現れている少し釣り目がちな瞳を細くしながら彼の顔をジッと見つめた。その様子は彼の反応を窺っているように見えて、増田の真意を推し量っているようにも感じられた。



「べつに私は歳の事なんて拘らないわ。それに世の中には歳の差カップルなんてたくさんいるじゃない」


 さも当然のように舞は言うのだが、増田にとってはそこが一番の拘りどころだったし、譲れないところでもあったのだ。そもそも36歳のおっさんが女子高生と交際なんて下手をすると逮捕案件だろう。見ようによってはまさに援助交際ではないか。


「いや、君が許したとしても世間がそれを許さないよ。そもそもどうしてこんな僕なんかを好きになったんだい? 君の周りにはもっと若くて僕なんかよりよっぽど君に相応しい男なんてたくさんいるだろう?」


「……だめよ、みんな子供なんだもの。子供相手に恋なんて出来ないわ」



 それはまさに僕が君に言いたい事だ、とはさすがに言えずに、増田はその言葉を飲み込んだ。

 

「だからって、よりによってこんなおっさんを好きだなんて…… 」


「私は店長をおっさんだなんて思わないし、べつに外見で好きになった訳でもないから」


 その言葉に増田は自分の事を少し客観的に考えてみたのだが、自分からこのイケてない外見を取り除いたとしても、地味で大人しく、面白味の無い内面しか残らない。それだってどう考えても舞のような美少女に一方的に好意を寄せられる理由になるとは思えないし、最早(もはや)疑問しか浮かんでこない。



 もうこのままモヤモヤするのも嫌だった増田は、思い切って彼女に自分のどこが好きなのかを聞いてみる事にした。


「……そうは言うけど、僕なんかのどこが良いんだい? こんなに地味なおじさんなんてどこにも良いところなんて無いだろう?」


「店長は自分ではわかっていないのね…… とにかく私はあなたの事が好きなの。今はそれが伝えられればそれで満足だし、これは私が一方的に想っているだけだから店長は気にしなくてもいいわよ。いまはそれを伝えに来ただけだから」

 

「いや、気にしなくてもいいって言ったって、そんなのどうしたって気になって……」


「それでは失礼します」


 増田が舞の言葉に返事をしようとしていると、それを途中で遮るように彼女は部屋から出て行った。舞が最後に見せたお辞儀はとても華麗で丁寧で、顔に浮かべた微笑も完璧に見えて、その美しい所作と表情を見た増田は思わず言葉を最後まで言う事が出来なかった。

 

「何なんだよ、いったい……」




 

 それから舞は増田に対していつもと変わらない態度で接していたし、増田も他の社員の目があるところでは彼女に対して業務上の会話のみに徹していて、両者の思惑がどうであれ表面上は二人の間に何かがあるとは誰も思う者はいなかった。

 しかしその中で、桜子だけは複雑な思いで二人の姿を眺めていた。


 あの時舞は、年上の男性の事をどう思うかと桜子に質問をした。

 そしてその直後に増田に接近してネクタイを直した舞の姿からは、いくら天然でぼんやりとした桜子にでもピンと来ていた。彼女が好きな20歳年上の男性とは増田店長である事に間違いないだろうし、当の増田本人もその事には既に気付いているようだった。


 しかし彼が舞を見る目には戸惑いのような感情が垣間見えていたし、どう好意的に見ても増田が彼女の想いを諸手を挙げて喜んでいるようにも見えなかったのだ。


 それはそうだろう。自分のように恋人と同い年の高校生カップルであれば世間的にも微笑ましく見てくれるだろうが、中年男性と女子高生が仲良く並んで歩いていてそれが親子ではないとなれば、周りの人間も色々と察するところだろう。

 下手をすれば増田は事情を訊かれる羽目にもなるだろうし、世間の目だってそこまで優しく無いはずだ。


 仕事をする舞の姿を見ていると、以前にも増して生き生きとしていて本当に仕事が楽しそうに見えるのだが、彼女は意識して顔に仮面を被っている事があるので表面からはその心情を推し量ることは難しい。だから近いうちに一度舞と話をしてみようと思う桜子だった。





 ----





 ゴールデンウィーク最終日の日曜日、桜子は健斗の家に向かっていた。

 日曜日は桜子のアルバイトも健斗の部活も休みなので、普段から二人は終日自由にしているのだが、大抵は二人で一緒に買い物デートに出掛けたり、桜子の部屋で話をしたりして時間を使う事が多い。

 それでも最近の日曜日の午後には祖母の昌枝の面会に健斗が出掛ける事が増えていたので、二人が会えるのは午前中だけであることがほとんどだった。



「あぁ、いらっしゃい。あがってよ」

 

「お邪魔しまぁす」


 午前9時、桜子が木村家の玄関ベルを鳴らす前に、健斗がドアを開けて出迎えた。

 どうやら彼は桜子がやって来るのをずっと待ち構えていた様子で、入り口の門から彼女の姿が見えた瞬間に玄関ドアを開けてくれた。そして桜子の姿を見た瞬間に、いつものように少し顔を赤らめながら彼女の姿を眺めている。


 すでにもう16年以上も近くにいるのに、健斗は桜子に会う度に顔を赤らめてしまう。

 彼にとって桜子の存在は特別で、何度見ても見慣れる事は無く、会う度に見惚れてしまうのだ。さすがに学校の制服姿は見慣れているのでそうでもないのだが、彼女が私服でいる時はそのあまりの愛らしさにいつも目を奪われてしまい、毎度のように心の中で「可愛い……」と思っていた。



 まだ5月とは言え、天気の良い日は白人の桜子にはすでに紫外線が少々厳しくなってきていたので、今日の彼女はつばが広い帽子を目深に被っている。そのおかげで特徴的な青い瞳が隠れて口元しか窺う事が出来なかったのだが、帽子のつばの下からチラリと見える小さくて可愛らしい唇に健斗の視線は釘付けになっていた。


 桜子も健斗が会う度に自分の姿に見惚れている事に最近気付くようになっていたが、それでも彼は顔を赤くするだけで特にそれ以上の事は何もなかったし、時々彼が自分に触れたい欲求を我慢している事も十分に承知していた。だから彼女は彼を刺激しないようにさり気なく気付かない振りをしていたし、そんな健斗には本当に申し訳ない気持ちになるのだった。




「それで、今日は何を確かめに来たんだ?」


 木村家のリビングのソファに座ってお茶に口を付けていた桜子に、健斗が口を開く。

 彼は桜子の隣に座ると体半分を横に向けながら少々不思議そうな顔で桜子を見つめていて、ただでさえ細い目をさらに細くしている。


「あのね、ここのお家の庭に大きな木があるでしょ?」


「あぁ、あるな。栗の木だろ?」


 健斗は、対面に座っている母親の幸の顔をチラリと見ていた。


「そうね。大きな栗の木があるわよ。私が生まれる前からここの家にあるみたいだけど」


 幸が不思議そうな顔で桜子を見ている。どうしてそんな事を訊くのだろうと顔に書いてあった。


「いまはどうなっているの? その栗の木」


 桜子がソファから立ち上がると、リビングの窓から外を眺め始める。

 少しの間健斗は、彼女にしては珍しいデニムのパンツを穿いているピッチリとしたお尻と若干むちっとした長い脚を後ろから眺めていたのだが、正面からのジトっとした母親の視線に気が付くと慌てて桜子の隣まで歩いて行った。


 

「いや、今もまだそのままになっているだろ。秋になるといっぱい栗が取れるから、お裾分けした事もあったよな」


「あぁ、そうだったね、えへへへ」


 桜子は健斗の顔を見ながら笑うと、健斗は相変わらず「可愛いなぁ」などと呑気に考えていた。

 リビングの窓から見える大きな栗の木は、秀人が子供の頃に比べると相当大きくなってはいたが、当時と変わらずそこに生えていて青々とした葉を元気に茂らせている。そして秀人が言う、「家で一番大きな木」とはこの木の事で間違いないのだろう。


 そこまで確信した桜子は、横に立つ健斗に向かって口を開いた。


「スコップかシャベルってある? 健斗にも手伝ってほしい事があるんだけど」




 

 桜子と木村家の二人は、庭の栗の木の根元に移動すると鼻息も荒くスコップを肩に担いでいる桜子が健斗に向かって宣言した。


「さぁ、この木の根元を掘るよ!! 必ずお宝があるはずだからね!!」


「お、おい、桜子…… さっきから一体どうしたんだよ、少し理由(わけ)を説明してくれよ」



 健斗にはこれから桜子がしようとしている事がさっぱり理解できなかった。

 電話でもただ「確かめたい事がある」としか聞いていなかったし、突然彼女がスコップを出せと言った時も「後で説明する」の一点張りで、まるで訳がわからなかったのだ。

  

 それでも彼は桜子の事を信頼していたし、彼女が理由も無く行動を起こさない事も十分わかっていたので、とりあえず今は指示に従って木の根元を掘ってみる事にした。



 木村家の庭の隅に生えている栗の木は、言わば木村家のシンボルツリーとも言える存在だ。

 それは幸や秀人の両親がここに家を建てた時から存在していて、今よりもずっと小さな木だった頃には幸も水をやったり肥料を蒔いたりと、母親と一緒に世話をした記憶があった。


 しかし幸が小学校中学年頃にその横に物置を建てた頃から皆その存在を忘れてしまうようになり、それを思い出すのは年に一回、秋に実がなる時だけになっていた。

 桜子に訊かれるまで幸もすっかりその存在を忘れていた栗の木だったが、気が付けばこんなにも大きくなっていたのだなと、幸は頭上を見上げながら家族五人で栗の木の世話をしていた昔を懐かしく思い出していた。


 そうしているうちに、健斗と桜子がスコップで木の根元を掘り始めるのを、幸はぼんやりと眺めていた。





「ゴンッ」


 土を掘り始めてから約五分後、桜子がぜぇぜぇと肩で息をし始めた。

 その様子を見た健斗が、自分が一人で掘るから休んでいるようにと桜子に伝えると、さすがに彼女は掌を押さえながらその場に座り込んでしまう。それを確認してから健斗が一人でさらに掘り進めると、地面から30センチ程度掘ったところでスコップに何かが当たる感触が響いた。


「あっ、なんかあるぞ」


「本当にあった……」


「それは何かしら?」


 健斗の言葉に桜子と幸が驚きの声をあげながら穴の中を覗き込む。

 その様子を尻目に健斗が尚も慎重に穴を掘り進めると、次第にそれが姿を現した。



 それは30センチ四方ほどの緑色のプラスチックケースで、蓋の部分には丁寧にガムテープで密封されていた。長い間土の中に埋められていたせいでだいぶ外装はヨレているが、ガムテープの封ははがれていないし、見たところ何処にも穴は開いていないように見える。ケースの重さ自体は大したことはなく、細腕の桜子でも十分に持てる重さだった。


「……なぁ、どうしてここにこれが埋まっているって知ってたんだ?」


 地面の穴の中から引き出したプラスチックケースを地面に置いて、息を整えながら健斗が桜子に質問をする。さっき健斗が説明を求めた時には桜子は後で説明すると言っていた。それならばそろそろ話してくれても良い頃だろう。

 しかし今の彼にはその事よりも目の前の箱の中身が気になって仕方がなかった。それにさっき桜子はこれの事を「お宝」だと言っていたのだから、何か価値のある物なのかもしれない。

 



「桜子ちゃん……どうしてここに何かがあるって知ってたの?」


 健斗が口を開くよりも早く、幸が己の疑問を桜子にぶつけている。

 そう口を開く幸の顔には怪訝を通り越して何か怖いものを見ているような表情が浮かんでいて、明らかに桜子の事を訝しんでいた。


「と、とりあえず中身を確認しない? 説明はその後でいいかな?」


 目の前の二人の怪しむような視線を感じた桜子は、額から脂汗を流しながら早く蓋を開けるように促すと、健斗が無言のまま蓋を密閉していたガムテープらしきものをバリバリと剥がし始める。


 そして(おもむろ)に蓋を開けると、全員の顔に驚きの表情が張り付いていた。


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