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第133話 夕暮れの中の二人

 待ちに待った体育祭当日になった。

 

 体育祭は平日の二日に分けて行われるのだが、天気予報では二日とも天気は悪くなさそうだ。

 一日目の今日は朝から快晴で、直射日光に弱い桜子には少々辛い一日になりそうなので、担任に許可をとって特別に大きな麦わら帽子をかぶっている。


 桜子の肌は見るからに直射日光に弱そうなほどの白さで、実際に日焼け止めを塗らずに日光に当たると短時間でもすぐに真っ赤になって痛くなってしまう。しかし肌の赤味が引いた後は不思議と日焼けはしておらず、肌は真っ白なままだった。

 そんな桜子の事を友人たちは羨ましがるのだが、彼女にしてみれば夏は気軽に外で遊べないし、暑くても長袖を着なければいけない事も多くて大変なのだ。

 

 体育祭期間中は部活が休みなので、今朝の桜子は健斗と一緒に登校したのだが、迎えに来た健斗は制服に麦わら帽子を被った可憐な桜子の姿に思わず見惚れてしまって、朝から挙動不審な態度で桜子に怪訝な顔をさせていた。

 

 

  

 まず最初に、全員参加の100メートル走が始まった。

 学年ごとに8人同時に走り、そのゴール順で点数を付けていく。1位なら8点、8位なら1点という具合だ。


 桜子の順位は3位だったのだが、彼女の場合はその順位よりも別のところが皆の注目を集めていた。

 もっとも皆と言ってもそのほとんどが男子生徒で、彼らの視線はジャージの上からでもわかるほど盛り上がった桜子のはち切れそうな胸に集中していたのだ。


 実は朝の開会式の時から既に桜子は男子生徒の注目の的になっていた。

 普段の彼女はブレザーのジャケットを着ているし、夏服の時でも常にブラウスの上にサマーベストを着用しているので、胸の膨らみはある程度隠れている。しかしジャージを着た姿には彼女のワガママボディのラインがはっきりと浮かび上がっているのだ。

 そして彼女が歩く度にユサユサと揺れる大きな膨らみは、もうそれだけで男子の視線を独り占めしていると言っても過言ではなかった。


 もちろんそれは桜子も十分承知しているので、なるべく胸が目立たないように今日はスポーツタイプのブラで胸を押さえつけているのだが、それでも十分に隠し切れずに彼女が動く度にユサユサと揺れている。

 いざ彼女が走り始めるとその胸は勢いよく上下に動いて、その姿はまるで彼女の胸に何か別の生き物がいるように見えた。



 その光景を呆けた顔で見ていた5組の男子が、桜子の姿から目を離せないまま健斗に向かって口を開く。

 

「おい木村…… お前、あれを自分のものにしてるのか…… なんてうらやまけしからんヤツなんだよ、このやろう……」


「……うるせぇな、ほっとけよ」


 健斗が周りを見渡すと、その他にも複数の男子生徒が羨望と嫉妬の眼差しで彼の事を見つめている事に気が付いた。

 彼らは健斗が桜子の彼氏だということを知っているので、当然のように二人は既にそういう関係になっているのだろうと思っているのだが、それについては健斗も色々と言いたい事があった。

 しかしいちいち否定するのも面倒なので、周りには好きに言わせているのだった。



 

 次の競技は二人三脚で、この競技もダンスと同じ相手とペアを組む事になる。

 桜子のペアはもちろん菊池智樹なのだが、彼は桜子と身体を密着させる事を想像するととても緊張してしまって、競技が始まる一時間前からなんとも落ち着かない様子でうろうろと歩き回っている。


 もちろんこの事も既に健斗には了解を貰っているのだが、そうとは言ってもやはり他人の恋人なので、智樹としてはそれなりに気を遣わなければいけないし、彼女と身体を密着させることに同級生たちから既に嫉妬の目で見られているので、同時にそれも気にしなければいけなかった。


 だからと言って必要以上に身体を離しても走りにくいだけだし、桜子自体が身体を密着させる事は全く気にしないと言っているので、ここは両者の許しを免罪符にして思い切り身体を密着させてやろうと思っている。


 智樹がそんな事で頭の中を一杯にしていると、離れた所から彼の姿を見つめている少女の姿に気がついた。彼は緊張を紛らわすのにちょうど良いだろうと思って、その少女に近付いていった。




「やぁ、森川さん、調子はどう?」


 その少女はもちろん森川彩葉だ。

 彼女は緊張してうろうろと歩き回っている智樹の事を少し離れた所からずっと見ていたようで、彼としては「用事があるなら声をかけてくれればいいのに」などと思っていた。


 彩葉は自分に用事がある時でもすぐに声をかけずに下を向いてモジモジしていることが多い。そんなに自分に声をかけるのに思い切りが必要なのか、それとも、なにか恥ずかしい事でもあるのだろうか。

 智樹は前からそう思っていた。


「えっ、あ、あの、べつに用事がある訳じゃなくて…… ご、ごめんなさい……」


 智樹が声をかけると、彩葉は何かバツの悪そうな顔をしている。


「い、いや、別に謝らなくてもいいけど。そう言えば森川さんは二人三脚の練習はしたの?」


「……ううん、してない。ダンスの練習だけで精一杯だったし、二人三脚って…… そのう…… お互いに身体を密着させるでしょう? だから小林さんに申し訳ないし……」


「……そうなんだよねぇ…… 俺も小林さんと密着するのがとても緊張するんだよ。それに全然練習してないから、上手く走れるかも心配なんだ」


 思わず本音を話してしまった智樹が何気に彩葉の様子を眺めていると、急に彩葉が身体を前のめりにさせて智樹に近付いて来た。


「あ、あのっ、よかったら二人三脚の練習をさせてくれない? 本番までもう少し時間あるし」


「えっ? あ、あぁ、いいよ」


 彩葉の申し出を聞いた智樹は、考える間もなく即座に頷いた。

 二人三脚なんて小学校の運動会の時に親と一緒に走ったのが最後なので、それを練習もせずに上手く走れる自信など全くなかったので、運動神経にはあまり自信のない智樹は、桜子と身体を密着させること以上に実はその事がとても心配だったのだ。 

 それが彩葉の方から練習を誘ってくれた事は彼にとっても渡りに船ということで、早速その場で練習を始めたのだった。

 


 その後の本番では、智樹と桜子のペアは8クラス中2位だった。

 元々運動神経は悪くない桜子は二人三脚でも危なげなく走っていて、それになんとか智樹がついて行けたのも彼が事前に練習をしていたからだった。

 しかし肝心の健斗と彩葉のペアは、健斗が何度も躓いて転んだせいで最下位という結果に終わったのはなんとも情けなかった。



  

 次の競技、玉入れも無事に終わり一日目の最後は借り人競争だ。

 一斉に走り出した生徒たちが、途中の机の上に置いてあるお題に合致する人間を観客の中から探して、一緒にゴールするというもので、すでにそれなりに盛り上がっている。

 桜子も観客としてコース沿いで応援していると、お題を持ったクラスメイトがまっすぐ彼女に向かって走って来た。


「小林さんお願い、一緒に来てくれ!!」


 出場者の男子はそう言うが早いか、桜子の手を引くとそのままゴールへと走っていったのだが、突然手を引かれた桜子は相変わらず胸をゆさゆさと揺らしながら慌ててその後を付いていく。 

 桜子が男子に連れられてゴールをすると係員によってお題の確認が行われた。彼の取ったお題カードを見るとそこには「美人さん」と書いてあって、それには係員も即座にオッケーを出している。


 ゴールした後に桜子はまた観客席に歩いて戻って行ったのだが、席に座って息をつく暇もなくすぐに次の男子が彼女を呼びに来た。

 桜子がまたもやゆさゆさと慌てて付いていくと、今度のお題は「色白の人」と書いてあって、それも即座にオッケーが出ていた。


 桜子がヤレヤレとため息を吐きながらまた観客席に戻ると、またすぐに次の男子に腕を掴まれてゆさゆさと連れて行かれる。

 彼女が正直もういい加減にしてほしいと思いながら、なんとかいつもの微笑みを絶やさずに我慢していると、今度のお題は「巨乳」だった。一体誰がこんなセクハラなお題を作っているのかと、さすがにイラッとしてしまった桜子だった。

 


 一日目の競技が全て終わり暫定順位が出た。

 全28クラス中、桜子の1年3組は15位、健斗の1年5組は11位で、明日一日でここから上位に食い込むのは恐らく難しいだろうと思われるのだが、生徒たちの顔を見ていると順位に拘ることなく皆楽しそうにしている。

 普段は家と学校を往復するだけの何もない毎日を送っている桜子も、とても楽しそうに体育祭を楽しんでいるようだった。



 その日の夕方、桜子は久しぶりに健斗と一緒に帰ることになった。

 彼らが付き合っている事は既に皆に知られているので今では気兼ねなく手を繋ぐ事も出来るのだが、健斗が恥ずかしがるので、普段彼らは学校で手を繋ぐことはない。

 しかし今日は久しぶりに健斗と一緒に登下校が出来る事を桜子がとても喜んでいて、照れる健斗の事などお構いなしに彼の手を握って嬉しそうにしている。


 そして最初は健斗も少し恥ずかしがっていたのだが、学校から少し離れて誰も見る者がいなくなると、むしろ健斗の方からギュッと強く桜子の手を握り返していて、彼も満更でもない様子だった。

 




「あ、あの、菊池君……」


 智樹が水谷と一緒に学校から帰ろうとしていると、突然後ろから小さな声で呼び止められた。

 その声はとても小さくて、(およ)そ人を呼び止めるような大きさの声ではなかったのだが、智樹にはその声をすぐに聞き取ることが出来たしその主もすぐにわかった。


「あれ、森川さんどうしたの? 今帰るところかい?」


 智樹が振り返って話しかけると、彼女は俯いてモジモジしながら安堵の表情を浮かべている。その姿を見ながら智樹は「言いたい事があるのなら、はっきりと言えば良いのに」と思っていると、彩葉がおずおずと口を開いた。


「えっと、その…… 私も一緒に帰っていい?」


 たったそれだけの短い言葉を話すだけなのに、彼女の顔には必死な表情が浮かんでいる。その姿からは彼女が相当勇気を振り絞っているように見えた。

 

「い、いや、俺はべつに構わないけど……」


 智樹はそう言いながら水谷の顔を見つめる。

 その視線には何か目に見えない圧力のようなものが含まれていて、智樹の視線に何かを察した水谷は、スタスタと一人で歩き出すと少し先でクルリと振り向いた。

 

「あっ、ごめん。俺ちょっと用事を思い出したから先帰るわ。んじゃな」




 夕暮れの迫る校門前で、智樹と彩葉が向かい合って立ち尽くしている。

 彼女の方から声をかけて来たのは良いが、いつまでも口を開こうとしない彩葉に根負けをした智樹が、何とか話題を見つけて話し始めた。


「さっきは二人三脚の練習を手伝ってくれてありがとう。おかげで無様な格好を晒さずに済んだどころか、二位でゴールできたよ」


 智樹に話題を提供された彼女は、ホッとしたような顔をしながら口を開いた。


「ううん、こっちこそ、どうもありがとう。私たちは残念ながらビリだったけど、私は一度も転ばずに済んだから……」


 確かに彩葉が転ぶことはなかったが健斗が五回も転んだので、彼女のペアは最下位だったのだ。

 それには健斗も責任を感じていて、彩葉には何度も謝っていたようだ。


「そっか。それは良かった……のかな? まぁ、森川さんが転ばなかったから良かったのか。木村君は気の毒だけどね」


「うふふ、そうだね。ありがとう」


 彩葉がはにかみながら笑っている。

 普段の彼女はあまり感情を表に出さない事が多く、たまに能面のような顔に見える時がある。しかしそれは感情表現が少し苦手なだけで決して喜怒哀楽がない訳では無い。

 智樹と出会った当初はあまり笑う事も無かったし積極的に話しかけてくる事もなかったので、智樹の印象としては何を考えているのか良くわからない女の子というものだった。


 しかし先日のダンスの朝練をきっかけに少しずつ話すようになると、彼女は極端に物静かなだけで話しかければ普通に返してくれるし、可笑しい時は笑ってくれる。それでもやはり自分から話しかけるのは極端に苦手らしく、いまのように黙っているといつまでもモジモジしている事があった。


「と、とりあえず歩こうか。森川さんの家はK町だったよね。それじゃあ電車は俺とは逆方向だね」 

 

「うん。この時間は混むから大変だよね」 



 たどたどしく会話を続けながら二人は駅まで歩いて行く。

 途中何度も会話が途切れそうになったのだが、智樹がなんとか話題を繋いだことで駅までの7分間を乗り切ることが出来た。

 それから二人は一緒に駅のホームまで歩いて行くと、それぞれの電車に乗って帰って行った。

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