表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

132/184

第132話 彼氏との関係

「ねぇねぇ、小林さん、彼氏とは仲直りしたの?」


 放課後の教室で女子達が雑談をしながらチクチクとダンス用のスカートを縫っていると、同級生の有田ゆかり(ありたゆかり)が桜子に話しかけてきた。

 彼女は桜子とは普段は挨拶をする程度で、同級生とはいえ今まであまり接点はなかったのだが、今日は親しい友人達と一緒に桜子の近くに陣取ると、親しげに声をかけてきたのだ。


 ゆかりは顔に化粧をして、ブラウスの胸元を開けているうえにスカートが普通よりも短い典型的な「ギャル」の外見をしている。

 若干化粧が濃すぎるきらいはあるが中々に可愛らしい顔つきの女の子で、実際に男子の間では人気が高いようだ。



 桜子は特に意識したことはなかったが、入学当初彼女は桜子のことを強力にライバル視した時期があったらしい。

 しかし桜子の容姿にはどう足掻(あが)いても敵わない事と、彼女が異性の気を惹こうとする様子が全く無い事、極めつけに桜子には既に彼氏がいる事がわかると、ゆかりは彼女のことを敵視するようなことはしなくなった。


 ちなみにゆかりは桜子の彼氏として初めて健斗を見た時、速攻で「無理」と言っていた。

 そんな彼女が桜子の「ダンスペア嫉妬激昂事件」の噂を聞きつけたらしく、興味津々に桜子に話しかけてきたのだ。




「えっ、あ、うん、昨日の夜に仲直りをしたよ」


 桜子がスカートのフリルを縫い付ける手を止めて彼女の話に返答している。その顔にはいつもの微笑みが張り付いているが、少し戸惑っている表情も見えた。


「あぁ、急にごめんね。わたしもいま彼氏と喧嘩中だから同じだなぁって思って」


「そ、そうなんだ…… 有田さんはなんで喧嘩したの?」


 桜子は話をなんとか膨らまそうとして、あまり話したことのなかったゆかりに振られた話題を深堀しようとする。


「あっ、わたし? わたしはねぇ、彼氏のエッチの誘いを断ったからだよ」 


「えっ、そ、そうなんだ…… それはどうして……」


 苦手な話題であれば避ければいいと思うのだが、それでも桜子は友達との会話が途切れないように気を遣っているようだ。


「だっていつもワンパターンだし、自分ばっか気持ち良くなろうとするし、サイテーなんだよ、あいつ。小林さんの彼氏はどう? エッチは上手なの?」


「ええっ!! あっ、あ、あた、あたし達はまだ…… そのっ……」


 突然桜子がまるで茹でダコのように顔を真っ赤にしているのを見たゆかりは、その反応から何かを察していた。


「……ごめん、変なこと聞いたね…… でもさ、付き合ってどのくらいだっけ、あんた達」


「なになに、なんの話してるの?」


 そこに荒木美優(あらきみゆ)が割り込んでくる。

 桜子とゆかりという普段は見ない組み合わせを珍しく思った彼女が会話に加わってきたのだが、彼女以外にも周りにいる数人の女子もこちらに顔を向けてきた。


「有田さん、この子と彼氏は清い関係だから、まだそこまでいってないみたいよ。さぁ、もうこの話はいいでしょ」


 桜子の顔をチラリと横目で見ながら美優が口を挟む。彼女はこの話題を止めさせたいようだ。

 しかし、そんな美優の気遣いに気づくことなく、ゆかりは自分の興味を満たそうとしている。


「清い関係…… そうなんだ。で、付き合ってどのくらいなの?」


「も、もういいじゃない、その話は」


 美優が慌てたように更に口を挟んだのだが、桜子がそれを柔らかい仕草で遮った。


「大丈夫だから…… えーっと、二年半くらいかな……」


「えぇ!! 二年半も付き合っているのに、まだ何もないの!? うそぉ!!」


 ゆかりは桜子と美優の何か含みのあるやりとりには全く気づいていない様子で、感情のままに大きな声を上げている。どうやら彼女は人の感情の機微を読むのが苦手な性格のようだ。


「ちょ、ちょっと有田さん、声が大きいよ……」


 桜子が焦った身振りをしながら周りをキョロキョロと見渡していると、周りの数人の女子達もゆかり同様に驚いた顔をしている。

 桜子が入学してすぐに健斗と付き合っていることは周知の事実になっていたし、その時点で既に付き合って1年以上と聞いていたからだ。


 さすがに中学生で体の関係になっているとは思わなかったが、彼女が高校生になった昨今、ついに彼氏とそういう関係になったのだろうかと思っていたようだ。

 しかしそれがまだだと知ると、そこにいた全員が桜子はなんとガードが硬いのか、もしくは、健斗はなんというヘタレなのかと皆が思っていた。



 桜子の男性恐怖症と痴漢事件以降のPTSDの事は、美優など数人の親しい友人以外には誰にも知られていない。

 通学時に満員電車に乗ることを除くと、普段の学校生活では桜子自身が特に気をつけているので例の発作が起こるような状況になることはなかったし、ここ数ヶ月はほんの数えるほどしかラブレターを貰ったり告白を受けるような事もなかったからだ。


 そもそもそんな個人的な病気の事など大っぴらに公開するようなものでもないし、言われた方だって困ってしまうだろう。

 だから意図的に秘密にしていた訳でないのだが、言う必要がないために言っていなかったのだ。



 しかし、そんな事情など露程(つゆほど)も知らないゆかりは、困惑する桜子には全く構うことなく話を続ける。


「じゃあさ、もしかして小林さんって……」


 そこまで言ったゆかりは、手を口の横に当てて少し声のトーンを下げた。その仕草はまるで内緒話をするように見えた。


「処女なの?」


「!! しょ、しょ……」 


 思いがけないゆかりの言葉に、桜子は目を白黒させながら彼女の顔を凝視している。そしてなんと答えたらいいのかわからずに、小さな可愛らしい口をパクパクするだけで言葉が全く出てこなかった。

 彼女の周りの友人達も、「遂にそれを言ったか」とでも言いたげな顔で二人の姿を見ている。


 そして、そんな桜子の様子を見ていたゆかりは、「ははぁーん」という訳知り顔をして更に声のトーンを下げた。


「そんなにガードを固くしていると、彼氏に逃げられちゃうよ。男なんて身体で捕まえておかないと」




「ちょ、ちょっと有田さん、もうやめてあげて!!」

 

 ゆかりの言葉を美優が慌てて遮ったのだが、時は既に遅く、桜子は透き通るように美しい青い瞳に涙を浮かべながら、顔を歪めて泣くのを我慢していた。 

 

 

 桜子は健斗に身体を触らせることを依然として今も出来ないままだった。

 いまでも毎週のように心理カウンセリングに通っているのだが、実感できるような効果もまだ見られず、最近は少し疑問を持ち始めてもいた。


 確かにあの「乳揉み気絶事件」以降健斗に身体を触らせていないので、カウンセリングの効果が本当に無いのかはわからないのだが、だからと言って健斗にまた触らせるというのも怖かったのだ。

 あれ以降健斗は桜子の身体には触れようとはしないし、それどころか必要以上に気を遣っている様子も見えた。


 健斗だって健康な若い男子なのだから、恋人の身体に触れたいとは絶対に思っているはずなのに、普段の彼はそんな素振りも我慢している姿も一切見せない。

 その姿は恋人の桜子からしても無理をしているように見えて、彼女の本心としては彼の欲求に応えてあげたいと思っているのも事実だった。




 自分の言葉に急に涙を流し始めた桜子の姿を見たゆかりは、その直後は理由がわからずにオロオロとしていたのだが、美優の小さな耳打ちにその事情を理解した。


「ご、ごめん…… 無神経なことを言ってしまって……」


 今度は逆にゆかりが泣きそうな顔をしながら桜子に謝罪の言葉を口にしている。


「ううん、あたしの方こそごめんなさい。急に泣いたりして驚かせちゃったよね……」


 しばらくして泣き止んだ桜子が、ニコリと微笑みながらゆかりの謝罪を受け入れている姿を眺めながら、周りのクラスメイト達は、彼女には彼氏と今以上に仲良く出来ない特別な事情があることを知ったのだった。




 

「うん、だいぶ良くなってきたね。それじゃあもう一度通してやってみようか」  


 静かな朝の学校に、男女の声が響いている。

 智樹と彩葉の二人は、二日前から朝の30分を使ってダンスの振り付けを練習していて、彼女は今日の練習を最後に振り付けを全部憶えられそうだった。


「はぁはぁはぁ…… ど、どうだった? 間違ってなかった?」 


 彩葉が一通り踊っているのを、智樹が確認をするようにその姿を目で追っている。その眼差しは真剣そのもので、彩葉が彼の顔を不安そうな顔で見つめていた。


「うん、大丈夫。一箇所だけタイミングが遅いところがあったけど、振り付けは全部憶えられているし、全体を通しても問題はなさそうだよ」


 智樹のその言葉に彩葉は安心した顔をして、彼女のその姿を見つめる智樹の顔も嬉しそうだった。

 しかし智樹の次の言葉を聞くと、彩葉は急に元気がなくなってしまう。


「もう大丈夫そうだから、朝練は今日で終わりにしようか。これで今日から木村くんと一緒に全体練習に出られるね」


「う、うん、ありがとう……」



 智樹は彩葉の様子が気になった。

 ダンスの振り付けを完璧に憶えるという彼女の目的が達成できたにも関わらず、何やら彩葉の様子がさっきからおかしいのだ。普通であれば喜ぶべきはずなのに、さっきからずっと浮かない顔をしている。

  

「どうしたの? なんだかあまり嬉しくなさそうだけど……」


「……そんな事ないよ、うれしいよ。ありがとう」


 あまりにも沈み込んだ様子をおかしいと思った智樹は、俯いた彩葉の顔を覗き込みながら尋ねてみたのだが、頑なに彼女はその理由を言おうとはしない。

 

「そ、そうか。じゃあ、今日で朝練も終わりだね。三日間お疲れ様でした」


「……三日間、ありがとう。本当に助かったの」


「どういたしまして。さぁ、皆が登校して来たから、俺たちも行かなくちゃな」


「うん」





 彩葉とのダンスの朝練が終わって通常の登校時間に戻った智樹だったが、彼の脳裏から彩葉の事が離れなかった。

 彼女と最初に会った時も、朝練をお願いされた時も、彼女はとても大人しくて口数の少ない地味な女の子だという印象しかなかった。しかし数日間近くにいてその印象も変わっていた。


 容姿が地味なのは今も変わらないが、大人しくて自己主張をしない押しの弱い性格という当初の印象とは少し変わっていて、実は彼女は芯が強くて粘り強い、頑固な性格をしている事がわかったのだ。


 そもそも朝練自体も健斗に迷惑をかけたくない一心で彩葉が自主的に始めたものだし、実際にダンスの振り付け練習でも自分が納得するまで何度でも同じ部分の練習を繰り返していた。

 その粘り強さと真面目さは智樹から見ても大したものだと思ったし、彼の性格的にもとても好ましく思った。


 彼女の容姿も、初めは地味で女性らしさのあまりない子だなと智樹は思っただけだったのだが、ふとした時に垣間見える彼女のはにかんだ笑顔や、褒められて恥ずかしそうに俯いている姿はなんだか妙に可愛く見えた。

 

 気が付くといつも彼女の事を考えている自分を、最近の智樹は持て余していた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ