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第125話 閑話:花火大会と二人の気持ち

サブキャラクターのエピソードが続きます。

本編には直接関係ありませんので、興味の無い方は読み飛ばしてください。

 8月上旬。

 

 その日は県内を流れる大きな川の河川敷で毎年開かれている、大規模な花火大会の日だった。


 続々と観覧客が集まり始めた夕刻に、鉄道の駅前広場で一人の背の高い坊主頭の男がキョロキョロと周りを見渡しながら誰かを待っていた。

 その真っ黒に日に焼けた両腕は逞しく、黒い精悍な面差しの中には優しそうな瞳が光っている。



 桔平が勇気を絞り出して奈緒に電話をした日、彼女はその場で即答することを躊躇した。その原因は、直前に自分と二人きりだと伝えた事に違いなかった。

 確かに彼もいきなり彼女と二人きりというのも少しハードルが高いのではないかと思ってはいたのだが、今回彼が奈緒を誘う理由を考えると、そこに葵も呼ぶ事は出来なかったのだ。


 奈緒が返事を待ってほしいと言った日の夜、彼女から了解する旨の電話が掛かってきたのだが、それには彼女の女友達も同行することが条件として告げられた。

 それを聞いた桔平は少しがっかりしてしまったのだが、その友達は彼氏を伴って来るとの事で、(さなが)らダブルデートのような形になるらしい。

 そして奈緒の口から「デート」という言葉が出た事から、彼女には自分の真意が伝わっていたことがわかって、桔平は安堵していたのだった。

 

 


「おーい、平くーん、待ったー!?」


 列車から降りて来る観客たちの列の中から、ブンブンと大きく手を振りながら自分の名前を叫ぶ少女の姿を見つけた桔平は、待ち合わせ場所から動くことなくそのまま彼女が到着するまで待ち続けた。

 それは観客の人込みが凄すぎて身動きが取り辛いというのもあるのだが、自分が動くよりも奈緒の到着を待つ方が得策だと判断したからだ。


「いやぁ、凄い人の波だね。この花火大会に来たのは小学生以来だけど、こんなに混雑してたっけ?」


 駅から流れ出て来る群衆から外れて、自分の目の前に現れた奈緒の姿を見た桔平は思わず何度も目を瞬かせている。彼の右手は上に上がったままで、口をポカンと開けて呆けたような顔をしていた。



 奈緒はこの時のために気合を入れて着飾っていた。

 全体が薄い紫色の生地に、まるで満開の花火にも似た花柄があしらわれた浴衣を着て、紅色と白のグラデーションの可愛らしい帯を着けている。足元も木柄の草履にピンクの鼻緒がまた愛らしく、彼女の素足の白さが際立っていた。

 最近伸ばし始めた「伸ばしかけボブ」の髪は後頭部で緩く縛って花柄のリボンで纏めていて、顔も薄く化粧を施し、少女から女性への過渡期の16歳にしかできない不思議な透明感を漂わせている。


 実は今日の奈緒の装いをプロデュースしたのは、他でもない彼女の母親だった。

 数日前から妙に浮足立っている娘の様子が気になった彼女は、何かあったのかと奈緒に訊いてみると、なんと同級生の男の子に花火大会に誘われたと言うではないか。

 そして慌てて当日の服装の予定を聞いてみると、まだ何も考えていないと言っている。


 それはいかんという事で、急いで母親は奈緒と一緒に浴衣を買いに行ったのだが、彼女はまるで自分の事のように楽しそうに娘が着る浴衣や草履などを選んでいた。それは娘の奈緒でさえあまり見た事がないほどに、本当に生き生きと目を輝かせた少女のような母親の姿だった。

 そして当日の髪型や化粧も全て母親の手によるもので、さすがと言うべきか、奈緒の持つ自然な可愛らしさを際立たせる絶妙な薄化粧になっている。



 そんな彼女の姿を一目見た桔平は、只只管(ただひたすら)にポカンとするだけで、その後に続いて人込みから出て来た金髪の少女の事など全く視界に入ってはいなかった。


「……平君? ねぇ、平君ってば、どうしたの、ねぇ」


 自分の姿を見た途端に口を開けて固まってしまった桔平を見た奈緒は、怪訝そうな顔をしながら上に上げられたままの彼の右腕にそっと触れると、まるで彼の正気を呼び戻すように小さく揺さぶっている。

 


「ああっ、ご、ごめん、ちょっと見惚れて…… い、いや、なんでもないよ」 


 思わず本音が口に出そうになった桔平だったが、実際彼は、遊園地に遊びに行ったとき以外は学校での制服姿の奈緒しか見た事がなく、それも化粧を施した彼女の姿など想像したこともなかったのだ。


 彼は初めて奈緒に会った時、彼女に対して特別な印象を持ってはいなかった。奈緒は平均よりも少し背が高い程度で、その他には特に特徴らしい特徴はない。敢えて言うなら、釣り目がちな瞳のせいで顔の印象が少々猫っぽいくらいで、顔自体は普通だし体つきも平均的だった。


 それが遊園地で一緒に遊んでから印象が変わった。

 奈緒はとにかく人の話をよく聞く「聞き上手」で、自分の話を真摯に聞いてくれる彼女の態度に、話す方はとても気持ちが良いのだ。そんな彼女に桔平は自然と自分の事をたくさん話すようになり、それから徐々に奈緒と仲良くなっていった。

 そうなると男というのは現金なもので、どんどん彼女の事が可愛く見えてきて、気が付いたらいつも奈緒の事を考えるようになっていた。


 そんな桔平でも、初めのうちは美樹に対する気持ちの整理がついていなかった事もあり、そんな浮ついた気持ちにはなれなかったのだが、奈緒の助言によってそれが解決された時に、彼の気持ちは決定的なものになった。

 一度そう思ってしまうともう自分の気持ちを抑える事が出来なくなった桔平は、部活の練習中に同期から週末の花火大会の話を聞くと、最早(もはや)(はや)る気持ちを抑えられなくなって彼女に電話をしたのだった。


 


「ふぅーん、変なの。あっ、そうそう、こちら、電話で話していたわたしの友達とその彼氏。今日は彼女たちと一緒に廻るからね、よろしく」


 奈緒は心做(こころな)しか顔が赤いような気がする桔平を見ながら、彼女の背後に佇む二人を紹介した。もちろんそれは健斗と桜子の二人組で、まだ桔平と二人きりになる勇気のなかった奈緒が急遽呼んだ助っ人だった。


「はじめまして、小林桜子です。奈緒ちゃんとは小学生からの友人です。今日はよろしくお願いします」


「どうも、木村健斗です。今日はよろしく」


 奈緒の浴衣姿にポカンと口を空け放した桔平だったが、時を置かずにまたしても口を開け放つことになった。なぜなら彼の目の前には今まで(およ)そ見た事の無い光景が広がっていたからだ。  


 


 そこには女神がいた。


 それは真っ白い肌に金色の髪と青い瞳の女神だった。


 彼女は白を基調にした生地に薄水色と薄ピンクの模様の入った浴衣を着て、ウェーブのかかったフワフワの長い髪を後頭部に編み込んで紅色のリボンで結わえていた。そこから見える真っ白なうなじが艶めかしくて、とても美しい。

 そして薄青色の帯の上部には隠し切れない大きな膨らみが鎮座している。


 その姿は妖精というには(いささ)か肉感的で、天使というには少々美しすぎた。

 そこはやはり女神と言うべきなのだが、それにしても心做(こころな)しか幼い顔立ちをしている。


 そんな桜子の姿に衝撃を受けていた桔平の脇腹を奈緒が少々強めに小突くと、彼は一瞬で正気に戻った。


「……あのさぁ、ひとをデートに誘っておきながら、友人の方に見惚れるとか、あんたわたしを舐めてるわけ?」


「あっ、いや、そのっ、ご、ごめん、決してそんなつもりじゃ……」


 奈緒の鋭い突っ込みに、桔平はたじたじになりながら彼女のご機嫌を窺っている。それにしても、すでにもう二人の未来が目に見えるような光景だ。


「まぁ、いいわ。あんたと言わずに、世の男どもがこの子に見惚れてしまうのは仕方がないから、今日のところは見逃してあげる。でも次はないからね」


「あ、あぁ、ごめん……」


「……ぷっ、くっ、ははは、あはははは」


 奈緒の不機嫌そうな顔を見て肩を落とした桔平の姿を見ていると、彼女は何か可笑しくなったのか、急に笑い始めた。


「ごめん、ごめん、冗談だってば。そんなに泣きそうな顔しないでよ、もう」


 桔平が良く知る、いつもの明るい調子で奈緒が笑い始めると、それに釣られた桔平もどこか安心したような顔で笑い始める。そんな二人の様子を眺めながら、桜子も健斗もとても楽しそうに笑っていた。




「やぁ、どうも、君が小林さんだね。日向さんから話は聞いているよ。それにこの前は俺の悩みの解決に力を貸してくれてどうもありがとう」


 女子二名の美しく着飾った姿に一頻(ひとしき)り驚いた後、やっと落ち着いた桔平は桜子に対して改めて挨拶をした。その顔には未だ少なからず驚きの表情が残っているのだが、彼はそれをなんとか表に出さないように努力している。

 確かに桔平は以前から桜子の名前を何度も奈緒の口から聞いていたし、桜子が奈緒の小学生の時からの友人で昔からとても可愛いかったとも聞かされていたのだが、まさかそれが金髪碧眼の白人の女の子だとは思ってもみなかったのだ。しかも予想していた範囲を大きく逸脱するほどの美少女だった。



「いいえ、あたしは奈緒ちゃんの質問に答えただけで、べつに何もしてませんから。むしろなんだか偉そうな事を言ってしまって恐縮です」 


「いや、とにかく君の助言で助けられたのは本当の事だから。それに今回もまた助けてもらって……」 


「えっ?」 


 桔平は今回の花火大会の誘いを奈緒が条件付きで了承した事を暗に言っていて、それも桜子達が同行してくれることになったおかげで今日があるのだ。

 

「ま、まぁ、いいじゃない、ね? さぁ、もうのんびりしていられないよ、花火観戦の絶景ポイントを確保しなくちゃ」


 桔平の言葉を何か焦ったような口調で遮りながら、奈緒が皆を促した。彼女の言う通り、花火会場へと向かう街道にはすでに集まった観客によって長蛇の列ができていて、自分たちも早めにそこへ合流しないと会場への入場すら危うい状況だった。




 会場への道すがら、奈緒は桔平と話をしていた。

 会場への観衆の歩みはとても遅く、ふたりで話をする時間はふんだんにありそうだ。


「ねぇ、平君、彼女の事とても驚いたでしょ?」


「……あぁ、小林さんかい? もちろん凄い驚いたよ。日向さんから話には聞いていたけど、まさかあんな外見だとは思ってもみなかったし」


「あはは、そうだよね。名前も普通に漢字の名前だし、初めて桜子に会う人は皆ビックリするんだよ。まぁ、反応は色々だけどね」


 そう言いながら、奈緒は後ろで健斗と楽しそうにしている桜子の姿をチラリと流し見る。


「……彼女、凄い可愛いから男子は皆同じ反応をするんだよ。平君も思ったでしょ? 可愛いって……」

 

 奈緒の表情が少し俯き加減になったのは気のせいだろうか。声も若干固くなったようだ。

 

「そうだね、確かに彼女は可愛いと思うよ。それも凄くね。でもさ、俺は日向さんだって、凄く……そのぅ……」


「うんっ?」


「か、可愛いと思うよ!! 浴衣もとても良く似合ってるし…… と、とにかく君は最高に可愛いから!!」


 桔平は顔を真っ赤にしながら思いきり強く言い切ると、そのままプイと横を向いてしまった。その顔は奈緒からは見えなかったが、彼女の顔を正面から見られないほどに照れているのは間違いない。そしてそんな彼の坊主頭の後頭部を見つめながら、奈緒の顔も真っ赤に染まっていたのだが、それは夕日の色のせいだけではなかった。




 桔平と健斗の尽力のおかげで花火を見る絶好のポイントを確保することができた四人は、地面に敷いたビニールシートの上に座ると、開催時間までのんびりと暮れなずむ夕焼けを眺めていた。

 シートの上に膝を斜めに崩しながら座っていた奈緒は、殆ど沈んでしまった夕日の残りを目を細めて眺めながらぼんやりと考えている。


 奈緒は学校が夏休みになってからずっと何か物足りなさを感じていたのだが、それは桔平の存在だということについさっき気が付いた。駅からこの会場に来る間に彼と話をしていると心がとても満たされて、幸せな気分になったのだ。それは今まで意識したことがなかった感覚で、明らかに(ただ)の友人に対する感情ではなかった。


 奈緒と桔平は出会ってからまだほんの数ヵ月しか経っていないのだが、その短い時間の中で友人同士としての絆を築く事ができていたのだろうかと考えると、それは確かにできていたと思うのだ。

 短い時間ではあったが、彼とは毎日のように学校で話をしていたし、彼の心の(わだかま)りの解消のために力も貸してあげた。


 友人とはただ付き合いの時間の長さだけが必要なのではなく、どれだけ相手の事を考える事が出来たのかということであるならば、奈緒は確かに桔平の親しい友人であると言えたし、彼との間には友情が存在しているのは間違いないのだ。

 図らずも桔平の抱いていた疑問の答えを自分自身で体験することになるとは思っていなかったが、奈緒としては彼との出会いからほんの数ヵ月で今の関係になれた事がとても嬉しかったし、すでに奈緒は桔平の事が好きになっていた。




 喧騒とともに暗闇が訪れた少し後、会場のアナウンスで花火の打ち上げが始まった。


 耳を(つんざ)くような轟音とともに打ち上げられた花火が、頭上近くで大輪の花を咲かせる。そしてその輝きが前方の川の水面(みなも)に写り込んで視界全体に光の渦が広がった。

 その光景に圧倒されながら、桜子は隣にいる健斗の肩に頭を乗せるとそのまま彼に身体を預ける。そして健斗も彼女の肩に手を回すと、そっとその身体を引き寄せて桜子の頭に頬を寄せた。  

 

 その仕草はとても自然で、全くいやらしさや如何わしさは感じられず、只管(ひたすら)に二人の深い愛情だけが感じられた。そんな二人の姿を見つめながら、奈緒はいつか自分たちも彼らのようになれればいいなと、心の底から思っていた。


 そしてそんな彼女の姿を、なにか眩しいものを見るような目で桔平は見つめていたのだった。

 

お付き合いありがとうございました。

これでひとまずサブキャラのエピソードは終わります。

次回から通常のお話に戻りますので、お楽しみに。

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