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第123話 閑話:割り切れない思い

サブキャラクターのエピソードが続きます。

本編には直接関係ありませんので、興味の無い方は読み飛ばしてください。

「……という事があったのよ。去年の秋の話なんだけどね」

 

 葵がちょうど弁当を食べ終わるのと同じタイミングで話し終わると、最後にズビッと音を立てていちごミルクを飲み干した。彼女の顔にはどこか「やり切った感」が溢れていて、もしかすると彼女はこの話を誰かにしたくてしょうがなかったのかも知れない。


「随分詳しく知っているけど…… 平君に聞いたの?」


「違うよ、だって私、その時小屋の横で二人の話を聞いていたんだもん」


「えっ……盗み聞き……?」


 奈緒は葵の言葉を聞くと、思わず非難がましいジトっとした目で彼女を見ている。


「えっ、ち、違うよ!! そんなことしないってば!! 私は美樹と一緒に帰ろうと思って外で待っていただけだよ。そうしたら聞こえちゃったんだもん、仕方ないでしょ」


 奈緒の責めるような視線に若干狼狽えながら、葵は掌を顔の前で振り回している。その様子からは多少なりとも後ろめたい気持ちはあるように伺える。


「まぁ、いいけど。……そうなんだ。という事は、平君は失恋したっていう事になるの?」


「うーん、それがねぇ、そうでもないらしいのよ」


 葵の答えは、またしても奈緒の予想とは違っていた。自分が思っていたのとは少し違う話に怪訝な表情を隠せない奈緒を見つめながら、葵はさらに話を続ける。


「これはね、桔平から直接聞いた話なんだけど……」



 ----



 矢野美樹が桔平たちの学校から転向して程なく、彼らが根城にしていたプレハブ小屋が使えなくなった。それは持ち主の潤の祖父が、小屋が建っている土地を売却したからなのだが、それ以降あれだけ固い友情を誓い合ったグループのメンバーの間に、少しずつ距離ができるようになった。


 彼らが中学3年生になった時には、すでにそれぞれが違うクラスになっていたので、皆で集合場所に使っていた小屋が無くなってしまった影響はとても大きかった。そして3年生の秋と言えばそろそろ受験に向けて大詰めを迎える時期であり、放課後に塾に通ったり勉強をする者が増えると、次第に彼らが集まるという事も無くなっていった。



 そんな中、桔平は一人で悩んでいた。

 美樹が去ってから既に1ヵ月が過ぎようとしていたのだが、未だに彼はあの日の美樹の言葉を思い出しては悶々とする日々を過ごしていて、彼一人では答えの出ない問いかけに悩み続ける日々を過ごしていた。


 もしもあの時「メンバー間の恋愛禁止」という約束がなかったとしたら、きっと美樹はもっと早くに自分の気持ちを打ち明けてくれていただろうか。そしてそれに対する自分の答えは一体どうだったのだろうか。既にもう「たられば」の話でしかなく、彼の頭の中では延々と同じ質問が繰り返されて決して答えが出ることはなかった。



 確かに桔平は美樹の事を好きだった。

 しかしそれは友人、親友として好きだというだけで、そこに異性に対する好意というものは含まれてはいなかった。はたしてそれは、メンバー間の取り決めがあったからそうだったのか、それが無くてもそうだったのか、既に美樹が近くにいない現在ではよくわからない。


 そもそも今まで異性を好きになった経験のない桔平には、他人を友人として好きな気持ち以上のものがよくわからなかったし、美樹との別れの際に彼女を異性として意識した気持ちもどういうものだったのか、あれから一ヵ月経った今となっては、それもよくわからなくなっている。 




 思い悩んだ桔平は、ある日葵に自分の疑問をぶつけてみることにした。

 桔平にとっては、葵が異性の友人として一番近くにいて、最も信頼できる相手だからだ。


「なぁ葵、男と女の間に友情って成立すると思うか? それから、友情から愛情に変わる事ってあると思うか?」


「……突然どうしたの? 急にややこしい話を振らないでくれる?」


 葵はいつもマイペースで飄々としている桔平の珍しく真剣な顔を見て、怪訝な顔をしている。


「俺…… 美樹と最後の別れの時に、好きだったって告白されたんだよ……」


「……」


 もちろんその時の状況を良く知っている葵だったが、まるで初めて知ったかのようにすっとボケた顔をしていた。


「でも、急にそう言われても、それまであいつの事を女として見ていなかったから、なんて言えば良いのかわからなくてさ……」


「……それで、あんたはあの子の事が好きなの?」

 

「それがよくわからなくてさ。確かに俺は美樹の事は好きだよ。でもそれは友人としてであってそれ以上ではなかったと思うんだ」


「それで、なんでそれを私に訊こうと思ったわけ?」


「いや、お前はいつも、あの男子が格好いいとか素敵だとか言ってるからさ。お前ならわかるんじゃないかと思ってさ」


「……残念ながら私にもわからないよ。私だってそこまで男子の事を本気で好きになった事がないからね。それに、もうそんな過ぎた事をいつまでも考えたって仕方ないでしょう? もっと前向きに考えて行かないとダメなんじゃない?」


「そうか…… 確かに俺にも理屈ではわかってるんだよ。でもさ、いくら気付いていなかったと言っても俺が美樹を苦しませていたのは事実だし、もしも途中であいつが俺の事を好きだと言ってくれていたら、俺も美樹の事を異性として好きになることができたのかな、と思うんだ」



 もう既に遅いのはわかっているのだが、どうしても気持ちの整理をしたかった桔平は、思い切って葵にずっと思っていたことを打ち明けたのだが、それは恋愛経験のない葵にも答えが見つからない。


「……どうだろうね。でもその時は私たちが作った約束があったじゃん。今思えばアホらしいけどさ」 


「そうだな、その通りだ。でもそのせいで俺は美樹を苦しませてしまったからな」


 そう言いながら桔平は理央と悠太の事を思い出して苦々しい表情を浮かべている。最近グループの結束が緩くなってから急にあの二人の距離が近くなっていて、放課後に二人が一緒にいるところを見かけることが時々あるのだ。

 もちろん彼らはそんな様子を他のメンバーに見られないように気を付けていたし、バレていないつもりのようなのだが、傍から見ればすぐにわかるものだった。


 あれだけ強い口調でメンバー内での約束事を叫んでいた張本人が、皆の結束が弱まった途端にその取り決めを破っているのだ。それを律義に守った美樹がどんなに悩んで苦しんだかも知らずに。



「そうだね、今となっては私達の誓いも破られてしまっているしね。もう今更だけど……」


 そう言いながら眉をひそめる葵の脳裏にも、桔平と同じく理央と悠太の姿が浮かんでいることに間違いなかった。

 その後も二人は話を続けたのだが、結局桔平の疑問の答えを出すことができずにその話題はそのままになった。それ以来彼はその話題を口にすることはなくなり、葵も敢えてその話をほじくり返すことはしなかった。


 

 ----



「ふぅーん、それで平君がわたしにあんな事を聞いてきたんだね。納得したよ」


 奈緒は以前遊園地で桔平に問いかけられたことを思い出していた。

 葵の話では去年の秋以降、彼はその話をしなくなったと言っていたが、あのときの様子を思い出すと、彼の中では今でも美樹との事が引っかかっているのは間違いないのだ。


「まぁ、あいつもきっと正解を探している訳ではないと思うよ。ただ美樹との事が今でも引っ掛かっていて、その消化の仕方がわからないだけなんだと思う」


「平君って、意外と一途で真面目なんだね。自分のせいじゃないのに、自分に失恋した女子の事を今でも気にしているなんてさ」


「そうなのさ、あいつって見かけによらず真面目だからねぇ。まぁ、これもなにかの縁だから、あいつとも仲良くしてやってよ。いつもおちゃらけているように見えるけど、あれでも結構いい奴なんだよ」


 葵はそう言うと、既に飲み切ったいちごミルクをもう一度音を立ててすすった。


 それから奈緒は時々葵の所にやって来る桔平と少しずつ話すようになり、徐々に気安く声が掛けられるようになっていった。次第に彼は、奈緒しかいない時でも教室を訪ねて来るようになり、彼女と二人でも気兼ねなく雑談を楽しむようになっていた。



 


 それからしばらくして、桜子が痴漢に遭って大変な目にあったと話に聞いた奈緒は、彼女を慰めるために小林家を頻繁に訪れるようになり、とかく塞ぎ込みがちだった桜子の気が紛れるようにしていた。

 時には友里も交えて桜子を外出させたり、一緒にご飯を食べに行ったり、ガールズトークをしたりと、彼氏と言っても異性である健斗にはできない部分のフォローを積極的に行ったおかげで、桜子の精神的な回復も随分と早くなり、楓子に感謝されていた。



 6月下旬のある日の夕方、奈緒がまた桜子の家に遊びに来ていた。

 遊ぶと言っても、平日の夕方に桜子が店番をしている間に小一時間程度雑談をして帰るだけなのだが、それでも桜子にとっては気分転換を兼ねた楽しいひと時を過ごすことができるので、彼女の事はとても歓迎しているのだ。

 しかしその日の桜子は、いつもとは少し様子が違っていた。


「……桜子、どうしたの? なんか元気が無いし…… もしかしてこの前の痴漢親父の事でまた何かあった?」


 心配そうな顔をしながら、俯いている自分の顔を覗き込んでいる奈緒に気付くと、桜子は慌てたように顔の前で手を振った。

 

「い、いや、違うよ、大丈夫、なんでもないから」


「……あんたが何でもないっていう時は、必ず何かあるでしょ? ほらいいから言いなさいって、聞いてあげるから」


「で、でも…… こんな事、人には言えないよ……」


 桜子は奈緒に話を促されても何か戸惑うようにしていたのだが、そんな彼女の様子を見ながら奈緒は更に強く促した。


「ほら、やっぱり何かあるんじゃない。何を言っても驚かないし、もちろん人に言ったりもしないから言ってごらんよ」  

 

「うん…… わかった…… あのね、この前健斗に……」


「健斗に?」


「胸を触ってもらったの」


「えっ!? む、胸を……?」


「そう、胸をね」


 そこまで言うと、桜子は恥ずかしそうにプイと横を向いてしまったのだが、それでも彼女の顔からは暗く憂いたような表情は消えないままだ。


「そ、そう、それはよかったね…… な、なんて言えば良いのかわからないけど、もうそんな関係になっていたんだね……」 

 

「それが、全然よくないんだよ。あたし、胸を触られて気絶しちゃって……」


「き、気絶……!? そ、そんなに激しく触られたの? 健斗って意外と……野獣?」


「ち、違うよ!! そうじゃないよ……それに彼は野獣じゃないし……」


「ご、ごめん、早とちり、謝るから許して」


 

 それから桜子は、先日の痴漢事件の後遺症で男性に身体を触られることに拒絶反応を示すようになってしまった事などの説明をしたのだが、それを奈緒は頷きながら真剣に聞いていた。そしてまるで自分の事であるかのように心配をしている。


「それじゃあ、健斗とはしばらくそういう関係になれないんだね…… なんか気の毒と言うか、何と言うか……」


「ご、ごめん、逆に心配させちゃったみたいで。確かにそうなんだけど、でもキスしたり抱きしめたりは大丈夫だから」


「そ、そうなんだ、そ、それはよかったね……」

 

 奈緒にとっては全く経験のない事をサラッと言ってのける桜子に、彼女は若干羨ましい気持ちになったのだが、今の桜子にとって、それは恋人と一定以上親密になることができない事を意味していて、もしそれが自分だったらと考えるととても彼女の事が可哀そうに思えた。

 しかしそれについて奈緒は何も気の利いた事を言ってあげる事が出来ないまま、黙り込んでしまう。


 二人の間に若干の気まずい空気が漂っていたのだが、奈緒はそれを吹き飛ばそうとして少々無理に話題を変える事にした。



「そ、そうだ、わたし桜子に訊いてみたかった事があったんだ。ちょっと訊いてもいいかい?」

 

「えっ、う、うん、いいよ。あたしに答えられる事なら何でも訊いてよ」


 桜子の答えを聞いた奈緒は、先日からずっと考えていたことを桜子に訊いてみた。



「あのさ、男女の間の友情が、愛情に変わる事ってあると思う?」

 

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