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第122話 閑話:お別れ会の後

サブキャラクターのエピソードが続きます。

本編には直接関係ありませんので、興味の無い方は読み飛ばしてください。

 遊園地での理央と悠太の様子は、相変わらずただの友達という関係には見えないほどに親密に見えて、二人の姿を眺めながらその後ろを歩く桔平は、何か複雑な表情をしていた。

 奈緒が何となく先程桔平にされた質問の答えを考えていると、前の二人の背中をぼんやりと眺めている桔平の様子が気になったので、途中でジュースを買いに行く時に彼を誘って連れ出した。



「ねぇ、あの二人になにか気になる事でもあるの?」 


 軽食コーナーでジュースを注文している時に、奈緒が何の前振りもなく質問を投げかけると、桔平は少し慌てたような顔をしながら視線を横に逸らしている。


「いや、何も気になる事なんてないよ。日向さんの気のせいじゃないのか?」


 そう言いながらも、桔平はまるで図星を指されたかのように口籠っていたのだが、奈緒はそんな事にはまるでお構いなしに自分の疑問を彼にぶつけた。


「そんなことないでしょ? だってあなた、さっきからずっとあの二人の事を見てたじゃない。それにさっきもわたしに変な質問してきたし」


「……そ、そうだよな。ごめん、さっきは変な事を訊いてしまって…… あ、あのさ、べつにあの二人の事が気になっている訳じゃなくて、あの……ちょっと昔の事を思い出してだけだから」


「昔の事? 中学生だった時のこととか?」


「あぁ、そう、中学の時のな…… まぁ、そのうち機会があったら話すよ」


 飲み物を受け取って集合場所まで歩きながら、奈緒は桔平に話の続きを促したのだが、結局彼はそれ以上何も言わなかった。

 まだそれほど親しくなった訳でもない桔平に対して、奈緒はそれ以上強く話すように促すのも気が引けたので、結局それ以上話を続ける事もなくお互いに無言のまま集合地点まで歩いて行った。





 遊園地で遊んだ数日後、長いようで短かったゴールデンウィークも終わり学校が始まった。

 クラスの皆は連休中に遊びに行った事や楽しかった事を話題にしてそれぞれ盛り上がっていて、しばらくはその話題を中心に賑わうのだろう。


 そんなある日の昼休み、奈緒は葵と一緒に弁当を食べながらこの前の遊園地での出来事を話していた。あの日以来、桔平の様子がとても気になっていた奈緒は、葵に何か思い当たる事がないか訊いてみた。


「あのさ、平君の事なんだけど、彼ってグループ内で何かあったの? 理央ちゃんともう一人の男子が遊園地で一緒に歩いているのを見ながら、ずっと何か考えてるんだよねぇ…… なんか変な感じだったよ」


「あぁ、理央と悠太のことでしょ。あの二人は同じ高校だし、昔から仲がいいからね」 


「ねぇ、あの二人って付き合ってるんでしょ? 雰囲気でわかるよ」


「……そうだねぇ、もう高校生になったんだし、いいのかな……」


 奈緒の問いかけに対して葵は少し考えるような素振りを見せたのだが、それから急に周りをキョロキョロと見回すと、奈緒に顔を近づけて小声で話し出した。

 

「まぁ、これを奈緒に話しても桔平はべつに気にしないと思うから…… これも何かの縁でしょ、教えてあげる」




 ----




 葵たちの仲良しグループは、彼らが中学一年生の時に偶々(たまたま)一緒のクラスになった気の合う仲間同士が自然と集まるようになったのが始まりだった。

 初めの頃は教室の片隅に集まって話をしたり、休日に一緒に遊びに行く程度の付き合いだったのだが、次第に彼らの結束は固くなっていった。


 ある日潤の祖父が昔土建屋を営んでいた時に使っていたプレハブ小屋を借りられる事になり、それからそこを拠点に活動するようになった。

 その小屋は潤の自宅に隣接していたので、彼の祖父と両親の監視が行き届いていたし、彼らの中には親の目を盗んで何か悪い事をしようとするような者もいなかったので、それぞれの保護者の了承のもとにそこを溜まり場のようにしていたのだ。


 活動と言ってもそんなに堅苦しいものではなく、放課後にそこで皆で話をしたり、ゲームをしたり、時々テスト勉強をしたりして過ごしていた程度なのだが、そんな生活を皆で過ごしているうちに、彼らの中には友情というものが育っていった。

 それは性別を超えた親友の絆とも言えるもので、いつしか彼らは、互いに大人になってもこの友情は続いていくものだと信じるようになっていったのだ。


 

 一番最初にそのグループを作った時、メンバー同士の恋愛は禁止という約束事を彼らは作った。それは思春期の多感な年頃の少年少女がお互いの永遠の友情を誓い合った時に、誰かがそれを言い出して皆でそう決めたのだった。


 同性と異性が同じ友情を共有し合うには男女の恋愛感情は邪魔になるという、傍から見ると少々中二病っぽい理屈で決められたのだが、彼ら自身はその時真面目にそう思っていたのだ。

 そして実際に、男3人、女3人のグループながら、彼らの中でお互いに恋愛感情を持つ者はおらず、いつまでも性別を超えた仲の良い仲間としての付き合いは続いていたのだった。



 彼らのグループのメンバーに矢野美樹(やのみき)という女の子がいた。彼女は普段から口数の少ない大人しい女の子で、葵とは小学校からずっと一緒の幼馴染だ。

 美樹は仲良しグループの中ではいつも一歩引いた所にいて、あまり自分から発言することなくいつも桔平の横で優しく微笑んでいる事が多かったのだが、彼女は彼女なりにそれで十分楽しんでいたし、他の仲間たちも彼女の性格をよく知っているので、特におかしいと思う者もいなかった。


 それが、彼らが中学3年生の秋に、美樹が父親の転勤のために急に転校することになったのだ。

 彼女が突然転校すると言い出した時には皆驚いて騒然となったのだが、あくまでも彼女の家庭の事情なので、誰もが仕方のない事だと受け入れていたし、それについて異論を挟む権利も力も持ってはいなかった。

 

 

 美樹が引越しをする前日の夕方、グループの皆で彼女のために送別会を開いた。

 場所はいつものプレハブ小屋で、事情を知ったそれぞれの親が料理などを持ち寄ってくれて、ささやかなお別れの会を開いたのだ。


 あれだけの強い想いで永遠の友情を誓い合ったメンバーの間に、早くも別れが訪れた事に全員なにか割り切れないもの感じていたのだが、誰もそれを表に出さずに気持ち良く彼女に別れの言葉を告げている。


 辺りが暗くなり、お別れの会も終わって皆がそれぞれ家に帰り始めた時、突然美樹が桔平を呼び止めた。彼女の顔には何か思い詰めたような表情が浮かんでいて、それはいつもふんわりとした微笑を浮かべている美樹には似つかわしくなかった。

 いつもとは違う彼女の様子が気になった桔平が、全員が小屋からいなくなったのを確認していると、美樹が(おもむろ)に口を開いた。



「急に呼び止めてごめんね。私、桔平にどうしても伝えたい事があって……」


 いつも微笑を湛えていた彼女なのだが、この時ばかりは違っていた。その顔には何か悲壮感にも似た何かを宿している。


「いや、べつに大丈夫だよ。俺に何か話があるのか?」


「うん、桔平にはどうしても伝えたい事があるんだ…… ごめんね、聞いてくれる?」


「いちいち謝るなよ。お前の話ならなんだって聞いてやるから、遠慮なく話せよ」


 桔平のその言葉に勇気を貰ったのか、美樹は思い切ったような様子で話し出した。



「ありがとう。あのね、私…… 桔平の事が好きだったの…… ずっと前から……」


「えっ……」


 美樹が発した思いがけない言葉に、桔平は思わず彼女の顔を凝視してしまった。その顔には驚きと困惑が混じった表情が浮かんでいる。


「……ごめんね、今日でもうお別れだっていうのに、こんな事言われても困るよね……」


「……あ、いや、その……」


「でもね、私どうしても言いたかったの。この気持ちを言わずにいなくなる事が出来なかった…… ほんとにごめん、卑怯だよね、こんなの」


 突然の美樹の言葉に、桔平は何と言えば良いのかわからなかったのだが、それでも彼なりに考えた結果、やっと口から出たのは感謝の言葉だった。 


「ありがとう。こんな何の取柄もない俺なんて好きになってくれて……」


「ううん、桔平は素敵だよ。優しくて楽しくて、いつも私の味方でいてくれた」


「……」


「本当にずっと前から好きだった。でもね、みんなとの約束があったから、私の口からは絶対に言えなかった…… でも今なら言える、私は桔平が好き」

 

 今日をもって仲良しグループから去ることになった美樹は、今まで言えなかった事をとうとう最後に桔平に告げたのだが、突然彼女の思いをぶつけられた桔平は戸惑っていた。

 確かに彼女の気持ちは嬉しいし、それに応えてあげたいとも思うのだが、それをこのタイミングで言われた事に戸惑いと困惑を隠すことができなかったのだ。


 確かにメンバー全員の取り決めでグループ内での恋愛はご法度だったというのもあるのだが、もとより桔平は美樹の事を異性として意識したことはなかった。彼女の事はあくまでも仲の良い友人、親友としてしか見た事は無く、その付き合い方も同性の潤や悠太に対するものとなんら変わりはなかったのだ。


 しかし、いま目の前で自分の事を好きだと言ってくれた美樹の切なそうな姿を見ていると、急激に彼女の事を異性として意識し始めた自分に戸惑っていた。

 


「お、俺は……」


「ごめんね、私はもう明日にはいなくなるのに、こんな事を言ってしまって…… 桔平にはただ後味の悪い思いをさせちゃったね」 


「あ、後味が悪いだなんて、そんな事思ってないよ!! それに会おうと思えばまた会えるじゃないか」


 美樹の引っ越し先はとても遠くて、会おうと思ってもそう気軽に会えるような距離ではない事を桔平もわかっているのだが、それでも今の彼にはそう言ってあげる事しかできなかった。


「うん、そう言ってくれてありがとう。でもね、そう簡単には会えないのは私もわかっているから。きっとこれでお別れなんだと思うんだ」  


「そ、そんな……」


「桔平、本当にごめん。私が自分勝手な事を言っているのは良くわかってるし、桔平だって困ってしまうのも十分理解してる。でも、でもね…… どうしてもこのまま何も言わないで行くことができなくて…… 許して、桔平……」


 そこまで言うと、とうとう美樹は顔を伏せて泣き出してしまった。

 桔平はそんな彼女の様子を見ていると、これまで自分が彼女の気持ちに気付いてあげられなかった事にとても後悔して、どうして自分はこんなに鈍感なのかと自分で自分を責めていた。



 それからしばらくの間、美樹は肩を震わせながら小さな声で嗚咽を漏らしていたのだが、その姿をみつめながら桔平は彼女の小さな肩を手で支えてあげるべきかどうかを悩んでいた。それと同時にこれまで全く意識した事がなかったにも拘らず、彼女の告白を聞いた途端、彼女を異性として意識してしまった自分のいやらしさにとても腹が立っていた。 


 結局桔平は、美樹が泣き止むまで彼女の肩に触れる事が出来ないまま、美樹は一人で泣き止んでいた。

 彼女はそんな彼の葛藤に気付く事のないまま最後に別れの言葉を継げると、後ろを振り返ることなく去って行ったのだった。

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