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第120話 お弁当作り

 7月中旬。 


 遠藤が強制わいせつ罪で起訴されてから一か月半が経ち、やっと明日に第一回公判が開かれることになった。

 遠藤は起訴されてからずっと勾留されたままになっていて、拘置所には弁護士の山田は時々面会に来ていたが、妻は3回、娘にいたっては一度も面会に来なかった。

 その理由は、誰が聞いても仕方がないと言わざるを得ないもので、遠藤自身が招いた行いの結果だった。


 起訴後に遠藤の余罪が判明したのだが、被害者はまたしても女子高校生で、どうやら彼は女子高生大好きロリコン変態親父らしいことがわかった。

 するとその事実に、遠藤の娘が凄まじい拒絶反応を示したのだ。


 それもそうだろう。父親にとって娘の自分と変わらない年齢の女子高校生の身体を、淫欲に(まみ)れた手で(いじ)り廻して挙句に逮捕されたのだ。これを変態と呼ばずして何と呼ぶのか。

 もしかして自分も父親にそんな目で見られていたのかと思うと、とても気持ち悪くて仕方がなかった。

 

 そして父親の名前が痴漢犯として新聞に載った翌日から、通っていた高校ではそれが噂になってしまい、彼女はそれから学校に行くことができなくなった。

 母親も近所の目を気にして家から出ようとしなくなり、パート先も居辛くなって辞めてしまったのを見ていた娘は、この全ての原因を作り出した父親を心底憎んだ。


 結局遠藤の娘は、それから学校に行けなくなったまま退学してしまったのだが、高校三年生で受験生だというのに、学校を辞めざるを得なくなった彼女の気持ちを思うと、母親は娘の事が居た堪れなくなって、拘置所の面会の時に思いきり遠藤を(なじ)ったのだった。


 妻はパートを辞めて、娘は学校を辞めた。

 もうこれ以上噂でもちきりになっているこの場所に住み続ける理由も無くなり、遠藤の妻は娘を連れて地方の実家に帰ってしまった。

 まだ辛うじて離婚届は送られてきていないが、それももう時間の問題だろうと弁護士の山田は思っている。



 この公判は恐らく即日結審となるはずだ。

 遠藤は自白をして罪を全て認めているし、目撃者も多数いるうえに余罪まで発覚してしまっていて、あとは情状を争うだけとなっている。しかし彼の旗色は悪すぎるのだ。

 有罪判決はまず間違いないので、あとは執行猶予を引き出せるかどうかなのだが、それも恐らく難しいだろう。


 また同時に、被害者側から民事の損害賠償請求訴訟も起こされているので、その対応もしなければいけないのだが、本音を言うと全てが面倒臭くなった山田は、もうこれ以上この案件に関わりたくなかった。

 しかし大手企業の顧問弁護士という現在の地位に納まっているのも、一応遠藤のおかげとも言えるので、彼の事は最後まで面倒を見てやろうとは思っていた。



 遠藤の公判は予想通り即日結審した。

 もともと弁護にやる気のなかった山田は、検察側の求刑を妥当なものとしてそのまま受け入れて、後は何とか執行猶予がつくように一応は粘ってみたのだが、裁判官の様子を見る限り恐らく無理だろうと思われた。


 その10日後に判決が言い渡されたのだが、求刑通り執行猶予なしの懲役1年2ヵ月だった。

 被害者が16歳の女子高生であり、下着の中まで直接手を入れていた悪質な犯行であり、さらに余罪も発覚したため情状酌量の余地は全く認められなかったのだ。


 呆然とした顔をしながら拘置所から刑務所に移送されて行く遠藤を見送りながら、山田は小さな溜息を吐いたのだった。


 


 ----




 7月下旬。

 高校が夏休みに入った。


 健斗は相変わらず毎日柔道部の練習三昧で、朝早くから夕方までずっと学校の武道場に缶詰めになっている。健斗は一緒に練習する剛史から色々と教わっているのだが、さすがに小学校一年生の時からずっと柔道を習ってきているうえに、柔道センスも人一倍優れる剛史にはなかなか敵わず、練習試合ではいつもコテンパンにのされていた。

 

 健斗にそんな気は全く無かったのだが、彼がこの柔道部に入部した時には昨年の全県中学生チャンピオンとして他の部員全員から注目を浴びていた。

 しかし剛史と一緒に練習をすればするほど、その肩書が恥ずかしく思えてくるほど二人の力量の差は大きく、もしも去年の大会の決勝で剛史の体調が万全だったのなら、健斗は絶対に優勝など出来るはずがなかったことを身に染みて感じるのだった。


 ちなみに、健斗の事を擁護する訳ではないのだが、顧問の木下の目から見ると彼の柔道が決してだめな訳ではなく、恐らく今まで指導者に恵まれていなかったものと思われた。

 確かに健斗は中学校の部活から柔道を始めたので、それを指導した顧問の教師や先輩達の経験や指導力の限界に影響を受けていて、有名体育大学で一流の指導を受けた経験のある木下の目には、健斗の出来具合は非常に勿体なく映ったのだ。


 技術的な部分はともかく、基礎だけはしっかりと叩き込まれていて、特に彼のスタミナと下半身の筋力と安定感は同階級の中でも頭一つ抜きんでているので、あとはじっくりと技術的な指導をしていけばいいと思っている。


 そしてそれに関しては、同期入部の松原剛史がずば抜けた技量とセンスを持っているので、現在は二人を一緒に練習させることによって健斗に学ばせているところだ。

 二人が一緒にいると、あまりにも剛史が強すぎてその陰に隠れてしまっているのだが、健斗も決して弱いわけではない。確かに今のところ剛史には全く敵わないのだが、去年の全県大会の決勝まで勝ち上がってきたのはまぐれではなく、確かな実力があったからこそだったのだ。


 それでも最近は少し自信を無くし気味の健斗だった。


 

 剛史はとてもマイペースな性格をしていて、先輩達に対しても変に畏まったり、媚びたりすることもなくいつも飄々としているのだが、それでも一つだけ悩んでいる事がある。

 それは、練習が忙しすぎて恋人の琴音と会う時間が無いという事だ。


 剛史の恋人の琴音は高校では手芸部に所属していて、普段の活動は放課後に2時間程度を週に3日、そして夏休みは完全に休みで特に活動はしていないという、とても緩い部活だった。


 気の強い琴音の性格からは想像できないのだが、彼女は昔から手芸が好きで、小さいころからフェルトで人形を作ったりしていた。最近は羊毛フェルトでマスコットを作るのがマイブームらしく、新作を作っては親しい友人たちに配っている。

 その出来栄えは素晴らしく、デザインも可愛いので、友人たちの間では非常に好評で、むしろ作って欲しいものをリクエストされるほどだ。



 そんな琴音も、最近剛史に会えない事にイライラを募らせていて、桜子に愚痴を零している。


「あー、もう、剛史ったら部活が忙しくて全然かまってくれないの!!」


「こ、琴音ちゃん、そんなに包丁を振り回したら危ないって……」


 今日は日曜日なのだが、柔道部の夏の大会も近いという事で健斗たちに休みはなく、今日も学校で練習に励んでいる。そんな彼らに弁当の差し入れをしたいという琴音の提案で、小林家のキッチンでいまは二人で弁当を作っているところだ。


 前から話に聞いてはいたのだが、琴音は料理の腕に関してはからっきしで、すでに美味いマズいの次元を超越しているらしい。


 去年の夏の柔道の試合の決勝で剛史が健斗に負けたのも、実は琴音が作った弁当を食べて腹を下したからだという噂を聞いていたのだが、さすがにそれは何かの間違いだろうと桜子は思って訊いてみると、琴音自身がそれを認めた。

 剛史は琴音の事を気にしているのか絶対にそんな事は言わないのだが、琴音の手料理はすでにテロと言える領域に達しているらしい。

 そんな彼女がまた料理を作っているのだが、さすがに今回は桜子が付いているので大丈夫と思いたい。

 

 料理に慣れていないのならば、とりあえずレシピ通りに作ればいいと思うのだが、琴音の悪い癖でそれに勝手にアレンジを加えたりして、食べ合わせの悪い食材を組み合わせて悲惨な結果になるのだ。

 


「ねぇ、桜子ちゃん、これにはこっちを入れたほうがもっと美味しくなると思うんだけど……」


「琴音ちゃん、だめだよ、とりあえずレシピ通りに作らないと」


「うーん、そう? じゃあ今回はレシピ通りに作ってみる」


 いや、あなたはいつも何のためにレシピを見ているのかと、桜子は思わず小一時間ほど問い詰めたくなった。



「ところで桜子ちゃん、木村君と最近はどうなの……?」


「どうって……?」


「えぇと、その、彼と進展はあったのかなぁ、と思って」


 琴音は桜子のPTSDの事は知らないので、普通に疑問に思って訊いて来ただけでまったく悪気はない。それでも今の桜子には彼女の言葉が胸に突き刺さるような気がして、少し苦しい気持ちになってしまった。


「……特に進展はないよ。キス以上はまだだね……」


「そうなんだ。健全なお付き合いって感じでいいわね。剛史なんて、最近は二人きりになるとあの事ばかりしか考えてなくて困ってるのよ」


「あ、あのこと……」


「そう。一度許したら、もうそればっかり。猿じゃないんだから……」


 どうやら剛史は琴音と会う度に仲良くしているらしい。

 両親が共働きでいつも家に誰もいないというのならばいざ知らず、そんなに二人きりになれる環境などあるのだろうか。

 不思議に思った桜子は、おずおずと琴音に訊いてみた。


「そうねぇ、最近はネットカフェとか…… カラオケボックスは防犯カメラがあるからダメね」


「な、なるほど……」


 桜子自身は思いつきもしなかったのだが、みなそれぞれに苦労をしているらしい。

 もっとも桜子の場合は、いま患っているPTSDをなんとかしないかぎり、二人きりになってもどうしようもないのだが。



 その後も二人は弁当を作る手を休めずに、夢中でお互いの彼氏の話やデートの話、学校の噂話など、時折黄色い笑い声を上げながらガールズトークに花を咲かせていたのだが、あまりに話に熱中するあまり隣のリビングにいる楓子と絹江の事をすっかり忘れていた。

 そして隣のリビングでは、普段家では見せない桜子の意外な一面を見られて楓子も絹江も興味深そうな顔をする反面、琴音の口から洩れるかなり際どい話に苦笑をしていた。


 それから小一時間後、二人の弁当が無事に出来上がった。

 今回は桜子監修のもとに作り上げたので、さすがにこれを食べて剛史が腹を下すことはないものと思われる。それに彩り(いろどり)も考えて食材を選んだので、見た目もとても食欲を誘うものとなった。

 それから二人は昼に間に合うように家を出て、学校へ向かったのだった。




 

 学校へはお昼少し前に到着した。

 桜子と琴音は弁当の入ったカバンを抱えながら武道場の入り口から顔を覗かせていると、すぐに健斗と剛史が二人に気が付いて寄って来る。


「桜子ごめん、あと10分で昼だから、少しだけ待っていてくれないか? そこのベンチに座ってくれて構わない」  


「おぉ、琴音、わざわざすまんな。そこで待っていてくれ」


 剛史の顔が若干引きつっているのは気のせいだろうか。

 


 武道場の片隅に置かれたベンチに桜子と琴音が座っていると、他の部員達が練習中にも関わらず、ちらりちらりと視線を送って来るのがわかる。中には呆けたような顔でガン見してくる者までいた。

 それはそうだろう。いまや学校中の話題を攫っている超絶美少女が、この男臭い武道場に鎮座しているのだ。それは誰だって気になって見てしまうし、姿を目で追ってしまう。


 そしてその隣の琴音は幼児体形でかなり小柄な体格ではあるが、彼女もかなり可愛いらしい顔つきをした、言わば美少女と言ってもいい女の子なのだ。

 片やスラっと長身白人巨乳美少女と、片や小動物系ロリ美少女の二人が並んでいる様子は、まさに「みんなちがって、みんないい」という、どこかで聞いたことのある言葉そのままだった。


 

 

 昼になって、皆それぞれが昼食をとり始めた。

 琴音が差し出した弁当を見ても、剛史はまだ顔を引きつらせたままだったのだが、すぐに桜子が自分と一緒に作った事を伝えてフォローすると、やっと安心した様子で弁当を食べ始めた。


 健斗はもう桜子の料理の腕は完全に信頼しているので、弁当の蓋を開ける前から目を輝かせてとても嬉しそうにしていて、食べ始めてからも「美味い」を連発している。

 そんな彼の様子を彼女もまた嬉しそうに眺めていて、その姿は完全に彼氏の胃袋を捕まえた彼女といった趣だった。



 そんな二人を周りで見ている部員たちは、皆一様に羨ましそうな顔をしている。

 彼女いない率が9割を超える柔道部員たちの中で、今年の新入部員の二人ともが彼女持ちであることに嫉妬する様子がその表情から見て取れた。


 特に健斗の彼女は学校一の美少女と名高いあの小林桜子で、その彼女に憧れている上級生も沢山いるのだ。

 もちろんこの柔道部の中にも彼女に恋心を持っている者は一人二人ではきかないだろうし、その事で何かトラブルにならなければ良いのだがと、顧問の木下は思っていた。


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― 新着の感想 ―
[気になる点] 作者さんの文章力のおかげで、桜子に対して感情移入がとても出来るだけに、作者から地雷女と言われてることが切ない。 感想欄でまでハードモードにしないであげてくださいw [一言] 毎回タブブ…
[一言] はじめまして。 朝起きたらブラウザを更新してこの作品が更新されているか確認するくらいいつも楽しみに読ませてもらってます。最近桜子に不穏な事が起こり過ぎてて読んでる側としては辛いですが最後には…
[一言] 例えアラカン(60歳前後)であっても、女子高生に欲情することは変態ではないと声を小にして主張してみる。 痴漢という犯罪行為を実行する事が問題なのであって、若い女性への溢れる性的欲求自体はまだ…
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