第106話 ひざ上10センチ
4月下旬。
高校生になって3週間が過ぎ、すっかり今の生活にも慣れてきた。
いまではもう桜子が彼氏持ちだという事実は知れ渡っていて、彼女に告白をして来る男子やラブレターの数も想像していたよりもかなり少なかった。
それでも中には果敢にアタックをして来る強者もいるのだが、桜子はそんな相手とは絶対に二人きりで会おうとはしなかったし、『彼氏がいるから』の一言で全て断っている。
やはり『彼氏がいる』は魔法の言葉で、それに勝る断り文句は存在しなかった。
そしてその『彼氏』の、強豪柔道部に在籍している昨年の県中の優勝者という肩書を無視できる者もおらず、実際に健斗の事を知っている者も彼のいつも怒っているような無口で不愛想な様子に、妙な迫力を感じて尻込みしてしまうようだった。
秀人は桜子の引きこもり事件以降に表に出てくる事はなくずっとおとなしくしていて、最近の桜子は彼の存在を忘れている事も多かった。それでもいざという時の切り札として彼の事は信頼しているし、いつも最終的に頼ってしまうのは心苦しいのだが、心の平穏の拠り所として彼の事は大切に思うのだった。
健斗が朝練に参加するようになってから桜子はしばらく一人で登校していたのだが、気を利かせた美優と七海が彼女の乗る電車と時間を合わせてくれたので、今は3人で電車に乗っている。
朝はそれで問題なくなったのだが、問題は下校時だ。
桜子は放課後は誰とも約束をせずに一人で家に帰っているのだが、やはり金髪碧眼の巨乳美少女が可愛い制服を着て一人で佇んでいると周りの男達の目をとても引くようだ。
チラチラと視線を投げてくる者から、あからさまにガン見する者、中にはいやらしい目つきで舐めるように彼女の全身を眺め回す者まで様々な視線に晒されている。
さすがに電車内で痴漢行為に会う事はないのだが、駅の通路ですれ違いざまに胸を触られたり、お尻を撫でられたりといった事は時々あった。
それをしょうがないと言って諦めるにはあまりな事なのだが、いまはそれ以上の事はされていないので、桜子的には物凄く釈然としないのだが、常に周りに気を配って自衛するしかないようだ。
そんな訳で、色々と問題はあるのだが、ぎりぎり一人で登下校できる状態にはあった。
「桜子さぁ、あなたのお弁当なんだけど、ちょっと大きすぎない? よくそんなに食べられるわねぇ」
ある日の昼休み、桜子が弁当に入れてきたハンバーグを満面の笑みで頬張っていると、一緒に昼食を摂っている美優が思わぬ指摘をしてきた。その顔には若干呆れたような表情が見える。
「えっ? そうかなぁ。あたしはこのくらいがちょうどいいんだけど……」
桜子がまるでハムスターのように頬をパンパンに膨らませながら答えていると、そんな彼女の様子を見つめながら美優はなおも指摘を続ける。
「それにそのお弁当箱、なんか現場作業員のおじさんが持っているみたいなデザインだし、もっとなんとかならないの?」
そう言われて見ると確かに桜子が持ち歩いている弁当箱は、某魔法瓶メーカーが世界に誇る保温機能付弁当箱で、朝にそそいだ味噌汁が昼になってもまだ熱々の状態で飲めたりする画期的な代物なのだが、デザインが武骨で壊滅的に可愛くなかった。
「えぇ…… でもお弁当は温かい方が美味しいし……」
冷静に考えると、どんな弁当箱を持ってこようが、どれだけの量を食べようが、そんな事は人の勝手で他人にとやかく言われる筋合いではないではないか。この残念系女子は一体何を言いたいのだろう。
せっかくのお昼ご飯に水を差された気分になった桜子だが、この時間は彼女にとって至福のひとときなので、若干不機嫌になりながらも弁当を食べる手を休めることはなかった。
「まぁ、お弁当箱はまだいいとして……」
まだ何かあるのか? 桜子の不機嫌は続く。
「前から言おうと思っていたんだけど…… 桜子、あなたスカート長すぎない?」
「えっ?」
「あなたのスカート…… ひざ下10センチはあるでしょ? せめてひざ丈くらいじゃないとダサくない?」
そう言われた桜子はキョロキョロと周りを見回すと、確かにみんなひざ上10センチくらいのスカートを穿いている女子が多いようだ。それもわざわざ腰の部分で折り曲げるか、専用のベルトで固定している。
桜子はただ買ってきたスカートのウェストがちょうど良かったのでそのまま穿いているだけで、特に長さにこだわってはいなかった。それに中学ではひざ下10センチが基本なので、深く考えることなくそのままにしているだけだったのだ。
「あたし…… もしかしてダサいのかなぁ」
美優に指摘されてから改めて自分の格好を見たのだが、確かにスカートをひざ下にしているのは自分だけだし、ジャケットの中に着ているカーディガンも他の女子達は色とりどりの物を好みでコーディネートしている。逆に学校指定のカーディガンを着ているのは桜子を含めて数人しかいなかった。
確かに桜子のスカートの長さを見て何か思う者もいるのだが、彼女は素材自体が桁外れのため、スカートの長さについて敢えて口に出す者はいなかった。
それに、桜子の全身から溢れる清楚さと透明感は、むしろダサ目の服装の方がより一層それを引き立てているので、一概にひざ下のスカートがダメだとも言えなかったのだ。
美優のダメ出しが終わってから桜子が急いで弁当を完食すると、それを待っていたかのように隣の席の友人が声をかけてきた。
「ねぇ、小林さん、私がスカートの裾を上げてあげようか? どんな感じになるのか見てみたいでしょ?」
「え? いや、あたしはべつに……」
「いいからいいから、実は私も前から気になっていたんだよね。小林さんはスタイルが抜群だから、スカートも短めの方が絶対似合うって。ちょうど次の時間が体育だから、着替えの時にいじってあげる」
桜子的にはべつにスカートの長さに拘りはなかったのだが、その友人は彼女のスカートが短い姿をどうしても見たいらしい。結局彼女が抗う間もなく、体育の着替えの時にスカートを短くされてしまうのだった。
「なんだか足がスースーする……」
スカートをひざ上10センチまで上げられた桜子が、教室へと続く廊下を歩いている。
今までよりもたかだか20センチスカートの裾が上がっただけなのに、妙に足が涼しく感じるのは何故なのだろうか。それになんだか気恥ずかしい感じがして落ち着かない。
それに、もしもこの状態で上体を屈めたら下着が見えてしまうではないか。それは非常に恥ずかしいし困ってしまう。
桜子がブツブツ呟きながら釈然としない面持ちで歩いていると、前方から健斗が歩いて来るのが見えたので、いまの自分の格好を忘れて彼女は思わず両手をブンブンと振り回して彼に合図を送った。
「やっほー、健斗、今日も部活がんばってね。応援してるよ」
それから小走りに健斗に近付いて行ったのだが、彼は桜子の姿を見た途端、顔を赤くして固まってしまった。その視線は彼女の短くなったスカートとそこからチラリと見える太ももに吸い寄せられている。
「さ、桜子…… それ、どうした? す、すごく可愛いけど……」
健斗の呟きと視線を瞬時に感じた桜子は、いまの自分の格好を急に思い出して恥ずかしくなってしまった。そして、多数の通行人が歩く廊下の真ん中で、恋人の太ももを見て興奮する彼氏と、それに照れてモジモジする彼女という謎の光景を作り上げていたのだった。
放課後になって家に帰ろうとしているところを部活の勧誘に掴まってしまった桜子は、電車の時間が迫っていた事もあり、短いスカートの格好のままで電車に乗って帰ることになってしまった。
太ももがスースーする事もあり桜子は自分の今の格好をずっと意識していたので、、階段を上がる時に手でお尻を押さえたり、スカートが捲りあがらないように気を配ったりと、傍から見ていても少し恥ずかしがっている様子が見て取れた。
そして、それが余計に周囲の目を引いている事に桜子自身は気付いていなかった。
翌日の朝、いつもの時間になっても自室から出て来ない桜子を楓子が部屋まで呼びに行くと、下半身パンツ一丁の格好で何やら考えている彼女を発見した。両手に制服のスカートを持って、クルクルと巻いたり伸ばしたりしながらブツブツとなにか呟いている。
「あなた、なんて格好してるの!? 風邪ひくわよ!! ほらっ、早くご飯を食べないと時間無くなるわよ」
部屋の入り口から母親が覗いているのに気付いた彼女は、楓子に向かって話しかけてきた。
「ねぇ、おかあさん、友達にスカートが長いって言われたんだけど…… あたしってダサいのかなぁ」
「……私はべつにそうは思わないけど。まぁ、確かに最近の女子高生はスカートが少し短いかも知れないわね」
「それにね、昨日友達にスカートを短くされたところを健斗に見られたんだけど…… すごく可愛いって言ってくれて……」
そこまで話すと、桜子の頬にポッと赤みが差した。
「……それは彼も男の子だからね、彼女のスカートは短い方が嬉しいでしょうけど。でもお母さんとしてはあまり賛成できないかな」
「どうして?」
「いつも言っているけど、あなたの外見はとっても人の目を引くの、特に男の人のね。顔は可愛いし、スラっと背が高くて胸だって大きいし、わかっているでしょう?」
「……うん、理解してる」
「だからそんな女の子があんまり脚とか見せない方が良いと思うのよ。男の人ってそういうのを見ると、急にスイッチが入ってしまう人がいる事を忘れない方がいいわね」
母親の言う事は確かにもっともで、桜子にも十分理解できるものだった。しかし昨日健斗に言われた言葉と嬉しそうな顔を思い出すと、彼のために短いスカートのままでいるという選択肢も有りかと思うのだ。
それにスカートが少し短くなったくらいで急に痴漢に遭ったりもしないだろうと思うと、とりあえず今日はまたスカートを短くして登校することにしたのだった。
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遠藤尚義は、今朝も電車内でお気に入りの少女の姿を探していた。
その少女は白に近い金髪が美しい白人の女の子で、長い睫毛に彩られた垂れ目がちな青い瞳と、染み一つ無い真っ白な肌が目立つ美少女だ。
スラリと背の高い肢体に完璧なバランスで膨らんだ大きな胸、白くて長い手足。遠藤は今までにこれほどまでに完璧な美を兼ね備えた少女を見た事が無かった。
その少女を初めて見たのは今月の上旬だった。
真新しい制服に身を包んでいるところを見ると、恐らく入学したての新一年生なのだろう。
まだ入学したばかりなので自重しているのかわからないが、スカートが野暮ったいくらい長いのだ。しかし、あの滲み出る清楚さと透明感にはむしろ似合っているくらいで、むしろ逆にそそられる。
毎朝同じ学校の制服を着た小柄な少年と一緒に登校しているようで、仲の良さそうな様子を見ていると、あの二人は付き合っているのかもしれない。
最近の子供たちは色々と進んでいるので、やはりあの二人もそういう関係になっているのだろうか。もしそうなら、なんだか悔しい。
それにしても全くバランスの取れていない二人だ。
隣に少年がいるのであの娘に近付くことはできないが、遠目で見るだけでも目の保養になるし、心が癒される。あぁ、もう少し近くでじっくりと見てみたいものだ。
最近あの娘が一人で電車に乗って来るようになった。
あの小柄な少年はどうしたのだろうか。
その代わり前の駅から乗って来る二人の少女と合流するようになって、いつも三人で楽しそうに話をしている。女子高生が集まって笑っていると、とても可愛らしくて絵になるものだ。
今朝もあの金髪美少女の姿を見つけた。いつもの二人組と合流して何やら楽しそうに話をしている。
しかし今朝の彼女はいつもと少し違っていた。そう、スカートが短くなっていて真っ白な太ももが見えているのだ。
その姿からは以前のような野暮ったさが消えていて、少しあか抜けた雰囲気を醸した彼女はさらに愛らしくなっていた。
個人的にはもう少し短い方が好みだが、あの娘にはあのくらいの長さが似合っている。
それよりスカートの裾から見えるようになった真っ白な太ももは、意外とムッチリしていて素晴らしい。
二人組があの娘のスカートの事を話題にすると、急にお尻を手で押さえて恥ずかしそうにしている。頬まで赤くして俯いている彼女を見ていると、初心な娘が無理に色気を出そうとしているように見えて、思わず興奮してしまう。
その日の遠藤は、出張からの帰りに自宅に直帰することになって一人で電車に乗っていた。
15時30分過ぎに電車がT町の駅に停車している間、遠藤はぼんやりとあの美少女の事を考えていた。
そういえばあの娘は有明高校だったな。
そろそろ放課後か、いつもどのくらいの時間に帰っているのだろう。
まぁ、今どきの女子高生だし、あちこち寄り道して帰るんだろうな。
それともあの少年とデートしたりするのか……
発車のベルがなり、電車のドアが閉まり始める。
遠藤はそこに慌てて滑り込んで来る一人の少女の姿を見た。
短くしたスカートを翻しながら、出発間際の電車に走り込んできた彼女は、膝に両手をついてハァハァと肩で息をしている。
前方に上体を屈ませたせいで、後ろから見ている遠藤の目には太ももの付け根近くまで見えていて、もう少しで下着が見えそうになっていた。
思わず目が釘付けになってしまった遠藤だったが、ハッと正気に戻ると慌てて周りを見回した。しかし元々乗客が少ないせいか誰も彼に注目している者はいないようだった。
それを確認すると、遠藤はまた少女の太ももをじっくりと鑑賞し始めた。
「はぁはぁ…… はぁー、間に合った」
桜子は全力ダッシュしたせいで、両ひざに手をついて息を整えているのだが、その時はすっかり自分のスカートを短くしている事を忘れていた。
そしてその様子を後ろからジッと見つめられている事にも、まるで気付いていなかった。




