第102話 新しい生活
女子高校生編が始まります。
桜子もついにJKになりました。
少しずつ大人になっていく彼女の成長をお楽しみください。
県立有明高等学校は、桜子たちが住むS町の隣のT町にある全日制課程の男女共学の公立高校だ。
運動系の部活では柔道部と卓球部が強いので有名で、公立高校の割には良い成績を残している。
全クラスが普通科の一学年8クラス、全校生徒約1,000名の中堅校で、学力レベル的には偏差値50前後で特に見るべきところはなく、至って平均的な普通の高校といった感じだ。
集まった生徒たちの学力的にも進学校という訳でもなく、かと言ってやる気がないわけでもない。生徒の自主性を重んじる自由な校風が示す通り、明るく楽しい高校生活を謳歌する者が多かった。
制服は男女ともにブレザーで、特に女子の制服は他校の女子生徒が羨むほどの可愛らしさで、その制服を着たいがために入学して来る女子生徒もいるほどだ。
そんな可愛い真新しい制服を着た青い瞳の金色の髪の少女が、商店街の酒屋の前に立っていた。
「おはよう、健斗。時間ぴったりだね」
健斗が若干息を切らしながら小林家の前に到着した時には、すでに桜子は家の前で待っていた。遠くアーケードの角を曲がって来る健斗を見つけると、彼女は腕をぶんぶんと振り回して合図を送りながら、顔にはいつもの天使スマイルを浮かべている。
今日の健斗は、自宅を出る時にある誓いを立てていた。
それは桜子の制服姿を見ても、決して見惚れて自分を見失わないようにするということだ。
有明高校の女子の制服が可愛いので有名な事は健斗も知っていて、ただでさえ可愛い桜子がそれを着ると、とんでもない事になるのは目に見えている。だからあらかじめ自分に暗示をかけていたのだ。
しかしそんな努力も彼女の前では無駄に終わった。
桜子の制服姿を見た途端、健斗の瞳はまるで磁石で出来ているかのように惹き付けられ、心臓は高鳴り、頭はクラクラとして眩暈がした。それでも彼女の姿から一秒たりとも目を離すことができなかった。
今日の桜子は入学式という事もあり、かなり気合を入れて髪をセットしていた。
白に近い金色の髪は楓子によって丁寧に三つ編み状に編み込まれ、くるくるとまるでカチューシャのように頭上に留められて上手に前髪を押さえている。
そして、決して化粧と言うほどではない程度に軽く整えられた顔には、いつもの天使スマイルが浮かんでいて、朝日を浴びた長い睫毛は、その吸い込まれそうな青い瞳をいつも以上に彩っていた。
薄く紅色に彩られた小さな唇はとても愛らしいのだが、彼女が口を開く度に見え隠れする白い歯と小さな舌は、なんだか艶めかしく見える。
桜子は身長の伸びが一段落したようで、166センチで止まっていた。もしかするともう少し伸びるのかも知れないが、恐らく今とそう変わらないだろう。
ちなみに健斗は現在163センチで、まだまだ伸び盛りとは言え、今後急速に伸びることは考えづらく、最終的に165センチ前後と予想される。
そんなスラっと背が高くスタイルも抜群の桜子の高校の制服姿は、健斗の予想の軽く10倍は上を行っていた。
ダークブラウンのジャケットの胸元には大きな赤いリボンを着けて、ブラウンとライトブラウンのチェック柄に彩られた膝丈のスカートはとても可愛らしいデザインだ。
思わず、この制服のデザインを選んだ学校の偉い人は、物事を良くわかっていると褒め称えられるべきだと思うほどだった。
そして紺色のハイソックスとスカートの隙間から見えるすらっと長い彼女の真っ白な脚は、水泳で鍛えられた筋肉で若干むちっとしていて、健康的なお色気を振り撒いている。
制服全体のカラーはとてもシックなのだが、金髪と色白の桜子がそれを着るととても華やかに見えて、健斗はその場でぽかんと口を開けた間抜けな顔で思わず見惚れてしまっていた。
あれだけ暗示をかけて気合を入れて臨んだ桜子とのエンカウントなのだが、その努力には結局なんの意味もなかった。それだけ彼にとって制服姿の彼女は強烈で、これで見惚れるなと言う方が無理な話なのだった。
「け、健斗、どうしたの? だ、大丈夫?」
桜子は驚いて目の前で自分を見つめて固まってしまった健斗に声をかけたのだが、すでに彼は口に出すのが恥ずかしいとか、そんな理性も吹き飛んでしまうほど只只管に桜子に見惚れてしまっていた。
「さ、桜子…… すごく可愛い…… とても素敵だ……」
「そ、そんな…… 健斗、恥ずかしいよ……」
桜子の制服姿に釘付けになった健斗に、可愛い、素敵だと言われた桜子は、まるで茹で蛸のように一瞬にして赤くなり、すでに真っ赤になっている健斗と見つめ合うと、いつまでも二人でモジモジしているのであった。
「あなたたち、いつまでも何やってるの!! 早く学校に行きなさい、遅刻するでしょ!!」
最後に楓子の剣幕に驚いた二人は、慌てて初めての高校へ向かって走り出した。
桜子の家から鉄道の駅まで歩いて8分、電車に揺られて12分、駅から学校まで歩いて7分、合計27分で高校まで到着する。実際には電車の待ち時間などがあるので一概には言えないが、片道は大凡30分だ。
朝の通勤時間帯でも街に行くのとは逆方向の電車に乗るので、車内はそれほど混むことも無く、それなりに快適な通学時間を過ごせそうだった。
混んでいないと言ってもさすがに座席に座れるほどではないので、二人が適当に空いているところを選んで吊革に掴まっていると、隣から声をかけられた。
二人が振り向くと、そこには真新しい制服に身を包んだ二人の女子生徒が立っていて、桜子に向かってにこやかに話しかけてくる。
「あなた達も新入生だよね。S町のどこの中学から来たの?」
新品の制服を着て真新しい鞄を持っているので、桜子たちも新入生だとすぐにわかったのだろう。これから入学式を共に迎える仲間を見つけて、彼女たちはとても嬉しそうにしている。
「あ、あの、S中です……」
知らない女子から突然話しかけられて驚いた桜子が、どぎまぎしながらなんとか答えている。ここでビビリの小心者の本領発揮だ。
「あぁ、突然ごめんね。私たちはH町のH中学からなんだ。もうS中出身者以外で知り合い出来た?」
「えっ、あっ、ううん、まだ誰も。こ、これからかな」
「じゃあ、私たちが一番乗りだね!! あなた入試会場でもとっても目立っていたから、ぜひ友達になりたいと思っていたんだ。私は荒木美優、こっちは八木七海、よろしくね!!」
美優がそう言うと、奥側に立っている七海と呼ばれた少女が会釈をしてきた。彼女は美優と違って、少し大人しい感じだ。
桜子も七海に向かって会釈を返したのだが、初対面の美優に凄い勢いで懐に入り込まれた桜子は、少し引き気味だった。
「あ、ありがとう。あたしは小林桜子、こっちが木村健斗、ふたりともS中からだよ」
「よ、よろしく……」
健斗も美優の迫力に若干押され気味で、思わず細い目を見開いていた。
その後4人は駅から学校まで一緒に歩いて行ったのだが、その道中はほとんど美優が一人で喋っていて、他の3人はただ相槌を打つだけだった。
荒木美優は身長159センチの中肉中背の体格と特に特徴のない顔の女の子なのだが、とにかくパワフルでガツガツ行く、まさに猪突猛進を地で行くタイプだ。黙っていればそれなりに可愛いと思うのだが、一度喋り出すと止まらない残念系女子らしい。
対して八木七海は見るからに大人しいタイプで、今も喋り続ける美優の横でニコニコと微笑んでいるだけで、殆ど話さなかった。
垂れ目がちで少し幼く見える顔立ちは彼女のおっとりとした性格をよく表していて、なんだか母親のような安心感と落ち着いた雰囲気を醸している。身長は153センチ程度であまり大きくはないのだが、少しぽっちゃりとした体形の中で一ヵ所だけとても目立つところがあった。
それは胸だった。
童顔の顔には似合わないほどに胸が発達していて、そのムチムチとした腰回りと合わせて、まさに「ロリ巨乳」を体現したような彼女には特定のコアなファンが付きそうだ。
学校に到着すると、既にクラス分け表が張り出されていた。
桜子と美優が3組で健斗と七海は5組で、彼らの出会いには何となく運命的なものを感じたのだが、さすがにそれは考え過ぎというものだろう。
入試会場ですでに目を付けていた桜子と偶然同じクラスになれた美優はとても喜んでいて、知り合ってまだ間もないにも関わらず、もうすでに親友のように親しげにしている。そんな彼女を見ながら、やっぱり若干引き気味の桜子だった。
桜子と美優が指定された教室に入っていくと、そこでも桜子は注目の的だった。
実は彼女は入試の時にかなりの生徒に注目されていて、今朝のクラス分け表でも多くが彼女の名前を探していたのだ。
しかし皆当然のようにカタカナの名前を探していて、桜子の名前がまさかの漢字名だとは思っていなかったようだ。
「あっ!! あの子だ!!」
「もしかしてこのクラス?」
「すげー、やっぱ可愛いわ…… 俺ってツイてるかも」
「顔ちっさっ!! 胸でかっ!!」
クラスの至る所から聞こえてくる囁き声は殆どが桜子の事を話していて、それが聞こえる桜子の顔は若干引きつっているのだが、その背中を美優が両手押しながら席まで案内していく。
「ほいほいほいっと、小林さんはここだよー。私はここねー、あら、近いじゃん」
美優の席は桜子の右斜め前で、席に着いたまま話ができるほど近かった。それにしても通学電車での出会いから続くこの流れは、とても偶然とは思えない何かを感じるところだ。
桜子が自分の席についてホッと一息ついていると、クラス中の生徒たちが興味深々で見て来るのだが、さすがにいきなり声をかけてくるほどの強者はいなかった。
特に男子は桜子が醸し出す圧倒的美少女感に畏れを感じてしまい、彼女に気安く近付く事すらできない様子だが、それでも多くの男子が彼女の顔と胸をチラ見しているのがわかった。
入学式も無事終わり、教室に戻るとそのままロングホームルームとなった。
担任の挨拶と今後の注意事項の説明も終わり、最後に残ったのは嬉し恥ずかしの自己紹介だ。
桜子はこの教室に入って来た時から、やはり外国語が堪能だと勘違いされている雰囲気をバシバシ感じていた。それは「どこの国の生まれだろう」とか「やっぱりバイリンガルだよね」などとヒソヒソ話している声が聞こえていたからだ。
だからこの時の桜子も、最初からビシッと言ってやろうと鼻息を荒くしていたのだった。
出席番号順に自己紹介が続いて行き、次が桜子の番になった。
「つぎ、小林」
「は、はひっ!!」
担任の掛け声に、桜子は慌てて立ち上がった。
ガンッ!!
机に膝をぶつけた。
「あうっ!! ううっ…… こ、小林桜子でしゅ……」
いきなり噛んだ。
「え、S中学から来ました。趣味はお酒の蘊蓄を勉強することで、特技は日本酒の産地を当てる事です……」
趣味と特技がマニアックすぎて、皆不思議そうな顔をしている。
ウケると思って狙ったのに、見事にスベった。
「えぇと…… こ、こんな見た目をしていますが、日本生まれの日本育ちで外国語はしゃべれましぇん」
また噛んだ。
もうグダグダ過ぎて自分が何を言っているのかわからなくなった桜子は、最後に思いきり頭を下げて謝ろうとした。
ゴンッ!!
勢いよく額を机にぶつけた。
「あうっ!! ううぅぅぅ…… す、すいまでん、次へどうぞ……」
痛む額を押さえながら涙目になっている桜子を、クラスメイトがポカンとした顔で眺めている。
相変わらずビビリで小心者の本領を発揮した桜子だった。




