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第101話 合格発表

 合格発表の日。


 桜子は今朝からそわそわと落ち着きがなかった。

 正直に言うと、自分が入学試験に合格することは試験を受ける前から確信していて毛ほども心配していないのだが、健斗の事は自分ではどうにもできないので、彼の努力を信じる事と、まさに祈るしかなかった。


 しかし彼女は、自分の人生を秀人の罰ゲームのようにしてしまった神という存在に懐疑的で、祈るという行為もあまり乗り気ではないのだが。



 合格発表は午前10時からネットでも見ることが出来るので、健斗は朝から桜子の家に来ていた。

 今は酒屋の事務室兼倉庫に置いてあるパソコンを、健斗と桜子が顔に緊張感を漂わせて見つめながら、発表時間の10時を待っているところだ。

 もしもこれで片方が不合格だった場合、想像するのも憚られるほどに気まずい事になるのだが、木村家にはパソコンが無いし、スマホは幸が仕事に持って行っているので、健斗が小林家に来るのは仕方のない事だったのだ。


 試験が終わった後に、桜子が健斗に手ごたえを聞いたのだが、彼はそれに対してあまり(かんば)しい答えを返してこなかった。通常、手ごたえがあっても謙遜して答えることはあるのだが、彼の答え方を見ていると、本当に自信がないのがありありとわかったのだ。

 

 その様子を見た桜子は猛烈な不安に襲われて、思わず神社に行って冷水を浴びようかと本気で思ったほどなのだが、冷水を浴びるのは確か別の意味だったような気もするし、そもそも自分が有明高校を選んだ理由はもっと別のところにあったはずなので、ただ運を天に任せることにしたのだ。



 

 運命の午前10時になった。

 二人はごくりと唾を飲み込みながら、自分の受験番号が書かれた紙を握り締めて高校のホームページを開く。

 そして、ゆっくりと画面が表示…… されない。


「凄くパソコンが遅いね、全然ページが開かないよ……」


 

 その後も10秒おきぐらいに再度チャレンジをするのだが、やはり全然見ることが出来ない状態が続き、いつしか二人は底冷えのする倉庫の片隅で互いに肩を寄せ合いながら雑談を始めていた。


「ねぇ、健斗は高校では柔道部に入るでしょう? やっぱり練習で朝は早いし夜は遅いよね」


「そうだな、公立校にしては柔道部が強いって有名だから、やっぱり練習は厳しいと思うよ」



 カチッ、カチッ、倉庫にパソコンのクリック音が響いていく。

 健斗は桜子の肩が寒そうに震えているのに気付くと、倉庫の棚から毛布を取り出して桜子の肩にかけた。すると彼女は隣に並んで座った健斗の肩にも毛布をかけると、一枚の毛布を二人でシェアしながらさらにギュッと身を寄せ合ってパソコンの画面を見ていた。


「桜子は…… 家の仕事が忙しいから部活は無理だよな…… そのために有明にしたんだし」 


「まぁ、それはしょうがないよ、家庭の事情だからね。そのかわり日曜日は完全フリーだから、健斗の柔道の応援に行けるね」


「あぁ、そうだな。楽しみにしてるよ」



 その後も二人は雑談をしながら、カチカチとマウスをクリックして画面を見つめ続けている。

 そろそろ二人が直接高校まで発表を見に行った方が早いのでは、と思い始めた時、パソコンの画面がゆっくりと表示された。


「あっ、出た、出たよ!!」


「ほんとだ、番号は……」



「あった!!」

「ある!!」



 「きゃー」っと、ひときわ大きな黄色い声が倉庫に響くと、桜子は健斗に抱き付いてぴょんぴょんと跳ね回っている。桜子に抱き付かれた健斗も、今日ばかりは顔に満面の笑みを浮かべて喜んでいた。

 

「これでまた、ふたり一緒だね!!」




 

 3月下旬。

 

 今日は近所のカラオケ屋で、皆で盛り上がっていた。

 それぞれの進路も決まり、4月の高校の入学式まで暇を持て余した桜子たちは、一度来てみたいと言っていたカラオケ屋に来ているのだ。

 最近の桜子は、正月に浩司が亡くなった事をだいぶ受け入れていて、以前と同じように笑ったりはしゃいだりできるようになっている。それでもふとした時に思い出して突然涙を流したりすることはあるのだが、それも時間の経過とともに少しずつ元の彼女に戻りつつあった。


 桜子は卒業式の後から昼間はずっと酒屋の手伝いをしているのだが、土屋が配達のアルバイトで来てくれているので、少し時間的にも精神的にも余裕ができている。だから最後にみんなで思い出を作ろうという事になったのだ。

 しかし、このメンバーが集まって遊ぶのもこれが最後だと思うと、一抹の寂しさを感じるのだった。




「それで、あんたたちはこれからも毎朝一緒に登校する気なの?」


 翔が十八番(おはこ)を熱唱しているのを全員がスルーしているなか、友里が桜子に訊いて来た。


「うん、そうだね。初めのうちは一緒に行こうと思ってるよ。でも健斗は部活に入るから、もし朝練があったら別々になるだろうね」


「あぁ、柔道馬鹿だからね、あいつ。そっかぁ、電車通学かぁ。痴漢には気を付けなよね。あんたなんて速攻狙われそうだし」


「ち、痴漢…… そうだね、気を付けるよ。でもあたしなんて触っても……」


「だぁー、相変わらずわかってないわねぇ。あんたみたいなルックスもスタイルも抜群の美少女がひとりで電車に乗ってたら速攻狙われるでしょ。しかも清楚で大人しそうに見えるから、抵抗しなさそうだし……」


「えぇぇぇ…… なんか怖い…… 自転車で行こうかなぁ、学校まで……」


「いや、どんだけ距離あると思ってんのよ……」




 実は桜子には密かに心配していることがあった。

 友里との会話にも出た電車通学の事なのだが、もしも満員電車で知らない男性と密着するような事態になった場合、例の男性恐怖症が発症するのではないかと今から悩んでいるのだ。実際にその状態になってみないとわからないのだが、もしかすると恐れている事態になるかもしれない。

 最悪の場合は秀人が入れ代わってくれるのだろうが、できればそんな事態は避けたいし、そもそも毎朝のように彼に代わってもらう訳にもいかないだろう。

 

「大丈夫だよ、とりあえず最初は健斗も一緒だし、しばらく様子を見てみるよ」


「ほんと、気を付けなよ。あんた自分で気付いていないけど、かなり隙が多いからね」



 友里は改めて桜子の姿を眺めていた。

 金髪碧眼の女子高生というだけでも相当目立つはずなのに、これだけの美貌とスタイルで、挙句に胸までバインバインだというのはかなりの注目度であることに間違いなく、彼女の意思に関係なく多くの男が群がってくることは想像に難くない。


 友里も昔は桜子の見た目を羨ましいと思った事があったのだが、そんな事を想像すると何事も普通が一番という言葉をしみじみと噛み締めるのだった。



「そういう友里ちゃんだって、迫田君と一緒に行くんでしょ? バス通学だっけ?」 


「そそ、そ、そんな事ないわよ、まだ何も言ってないし……」


「だってお互いに家が近いんだし、ふたりは付き合ってるんだから、一緒に行かない理由はないでしょ? ねぇ、健斗?」


 桜子がいきなり隣の健斗の肩を叩いて話しかけたのだが、カラオケの大音響で声が聞き取れなかったらしく、彼が大きな声で訊き返す。


「えっ? なに?」


「おっと、ごめんよ」 


 桜子がもう一度言おうと健斗の耳に口を近づけていると、ちょうどその時翔がお立ち台から自分の席に戻って来るところだった。そして彼がソファーに足を引っ掛けて転ぶと、そのまま桜子の背中を押してしまった。



 ぶちゅー


「えっ!?」  

「あっ!?」



 桜子は背中を押された勢いで、思わず健斗の頬に唇を押し当ててしまい、それはまさに『ほっぺにチュー』状態だ。

 

「えっ? あっ? ご、ごめんなさい!!」


 桜子が慌てて健斗から離れたのだが、既にもう手遅れで、その様子を周りの友人たちに目撃されてしまった。友人たちの口からは「おぉ……」という溜息に近い声が漏れていて、健斗は健斗で顔を真っ赤に染めて照れている。


 普段の健斗は無口で不愛想なのだが、桜子を見つめる眼差しはとても優しく、彼が本当に彼女を大切に思う気持ちがとても伝わってくる。そして桜子が健斗に寄せる信頼も疑いようがなく、彼に対して何ひとつ疑いを持っていなかった。


 片や金髪碧眼の超絶美少女、片や低身長短足細目男のデコボコカップルのふたりの行く末を見てみたいと思う友人たちは、ずっとこの二人を見守って応援して行こうと思うのだった。




 桜子と健斗は二人で有明高校に行くことが決まったが、その他の友人たちもそれぞれ別の高校に行くことになった。

 絶対に自分から理由を言わなかったのだが、無理にランクを上げてまで耕史郎と同じ高校を受験した友里も、耕史郎共々(ともども)見事に合格を果たした。これも愛の力の成せる業なのかも知れないが、どちらにしても友里の両親は喜んでいたし、耕史郎も春からまた同じ学校に通える事をとても喜んでいる。

 

 舞も自宅から比較的近い高校に行くことになった。

 有明高校ほどではないが、片道一時間以内で通学できる距離の高校で、ランク的には少し下の方だ。それは抜群の美貌と優れたスタイルに反して、彼女の学力面での残念なところが出た結果だった。

 舞の幼い弟と妹もそろそろ小学校に上がる頃なので、彼女にも少し自由な時間が持てそうだ。


 光と太一も公立高校に合格したのだが、それぞれ別の学校に行くことになった。

 光は太一に抱き付いて泣いているのだが、お互いの家は近いのでそのまま二人の付き合いは続きそうだ。揃って小柄なこのカップルは、二人が並んでいるととても微笑ましくてお似合いなので、このままずっと付き合いが続く事を皆願っている。


 富樫翔は第一志望の高校が残念ながら不合格だったので、第二志望の私立高校に行くことが決まった。

 友人たちが合格お祝いムードを醸しているなか、彼はその雰囲気にいまいち乗り切れていないようだ。

 翔が桜子の事を好きなのは皆知っているのだが、当の桜子だけはそれに気付いていないので、彼が一世一代の別れの言葉を伝えたのにも関わらず、桜子に「うん、またねー」と軽く流されているのを皆憐れんだ目で見ていた。



 それぞれの思いを胸に、自分たちの未来への一歩を踏み出していく彼ら瞳には、夢と希望が溢れていた。


中学生編が終了しました。

お付き合いありがとうございました。


次回から女子高生編が始まります。

遂に桜子さんもJKですよ、JK、ねぇ奥さん。


少し大人になった桜子は、健斗の希望通り色々と解禁するのでしょうか?


お楽しみに!!




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― 新着の感想 ―
[気になる点] 桜子が絶世の美少女であり、それゆえ周りの男性からナンパされたり、告白されたり、痴漢される可能性が高い。 女性からも嫉妬される可能性が極めて高い。 そういう「非常に大事な事」を桜子の…
[一言] 痴漢にストーカー。いじめに脅迫。 うーん、高校もハードそう。もしかすると家が放火されるかも。
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