窓から出た手
98.窓から出た手
実家に帰ると、二階の窓からだらりと生白い手が出ていた。
手が出ているその部屋は俺の部屋だった。立ち止まってしばらくその手を眺めていたが、余りにもハッキリ見えるので、自分の部屋に誰か居るに違いないと思って玄関に向かった。
「ただいま」
返答はなかった。それどころか電気も点いておらず、まるで留守の様だった。
何となく気味が悪くなってきたが、俺は二階の自分の部屋に向かった。
「誰か居るの?」
沈黙。人の居る気配すらない。
その後家中の人の隠れられそうな所は全て調べたが、誰も見つからなかった。
それから二月後の事だった。あれ以来締め切ってから出掛け様にしているのに、何故か俺の部屋の窓が少し空いていた。そしてそこから覗くものに息を飲んだ。
真っ白い肌をした長い髪の女の顔がそこから突き出ていた。瞳は見開かれ、明後日の方を向きながらだらりと口元を開けている。
流石に悲鳴をあげると、その顔はそのままスライドしていく様に不可思議な動きでもって俺の部屋に戻っていった。
俺は今見たものに愕然として、しばらく動けないでいた。
俺の心の喪失感は相当なものだった。
しばらくして立ち直ると、この話は、家族や友人、誰にも話せない事だと思ったし、家の中に先程の人が居ないかと捜すこともしなかった。
何故なら俺の部屋から覗いていたあの生白い顔は、二年前に亡くなった俺の母親のものだったのだ。
母が家に居るのは良い。怖いというよりむしろ嬉しいと感じる。
しかし、二年ぶりに見た母親のあの生気を失った様な、気が確かなのか伺いたくなる様なあの表情。
俺はそれに酷いショックを受けたのだ。
この話は家族や近しい友人にはしない様にしている。今回話したのは、あなたが何処の誰なのかもわからぬ馬の骨で、怖い話を聞かせてくれてあまりにも懇願したからだ。
つまりこの話は始めて人に話した事になる。




