人形の館
人形の館
つい最近の事なんですが
ある日の夜中。大学生の僕らは明日の講義の事も考えず、仲の良い三人でドライブをしていました。
街灯もまばらな片田舎にまで来てしまったので、そろそろ帰ろうかと話していると、運転手のAが、
「この辺りに○○トンネルがあるよ」
と僕らに言いました。○○トンネルとは、かなり有名な心霊トンネルの事だと直ぐにわかったので、僕らは盛り上がって、そこに向かうことにしたのです。
「あれー? この辺なんだけど……さっきの道間違えたかな?」
Aはぐんぐんと山道を走らせて行きましたが、途中道に迷ったらしく、電波も届かない山奥を、車のナビだけを頼りに小一時間さ迷っていました。
すると――
「わ、なんだあれ!」
助手席に座るBが左手の方を指差したので、全員がそっちを見ました。
街灯も無く、ひび割れたアスファルトの続く峠道の途中に、背の高い杉の木に囲まれた一軒の廃屋が見えました。窓は割れ、屋根のトタンが剥がれて地面に落ちていましたが、正面に見える赤い扉はこちらに向かってぱっくりとその口を開けていました。
「トンネルの場所わかんねぇし、ここに行ってみるか」
Aはそう言うと、僕らの同意もなくその廃屋の前に車を停めました。
僕は、不法侵入にならないのかな……なんて考えたりもしましたが、車を降りて歩いていく二人に続きました。
暗闇の山林が風に揺れて、ひゅー、と音を立てていました。
なんとなく不気味な気持ちになってきた僕は、スマートフォンのライトをつけて足元を照らしながら、廃屋に向かいました。
「うわ!」
一足先に辿り着いて開け放たれた扉から中を覗いた二人が声をあげました。
直ぐに僕はその二人の後ろから、スマートフォンのライトを掲げてその内部を照らしました。
廃れて床が抜けた室内の四方には天井に届くほど高い棚が敷き詰められていて、その一つ一つに隙間なく、大きなフランス人形が座っていました。人形たちは長い年月で浅黒くなっていて、腕の無いものや、目玉の欠け落ちたものなど様々でしたが、それら全てに共通して言える事は、
――全ての人形が玄関から侵入しようとする僕らの方に首を向けていた事です。
「うわぁぁ!」
無数の視線に恐怖した僕らは、走って車に戻って、逃げるようにその場を後にしました。
次の日、昼間に同じメンバーでドライブしていた僕らは、先日の人形の館の話をしました。
とても恐ろしくて思い出したくも無かったのですが、Bが「昼間に行ったらあんなところ大したことない」というので、恐れを知らない僕らは、また人形の館に向けて車を走らせました。
しかし、昨日の晩に確かにあったはずの人形の館が見つからないのです。
道は確かにここであってると思うのですが、何処までいっても、何往復してもその峠道に昨日あった筈の廃屋は見つかりません。
結局、僕らはだいたいの検討でここだと思われた、小高い杉の木に囲まれた平地に車を停めて、廃屋など見当たらないのですが、一応降りてみました。確かに杉の木の配置はこんなだったと思われるのですが、夜中でしたので自信はありませんでした。
杉の木と杉の木の間の、人形の館があったと思われる場所でAがうろうろと地面を調べていましたが、無論廃屋の痕跡などはありません。
しかしAは何かを見やると、しゃがみこんで何かを拾い上げました。
そして僕らに言いました。
「昨日落とした俺のジッポあったわ」