長い髪
86.長い髪
俺が一人暮らしを始めてからしばらくが経つ。
だらしのない俺は、ここ三年ほど部屋の掃除を全くしていなかった。なので思い立って、部屋を掃除する事にしてみた。
コロコロを使ってカーペットを掃除していると、あちらこちらに一メートル程はある黒い髪が落ちている事に気付いた。その長い髪はカーペットだけじゃなく、ベッドの下や部屋の隅と、至るところに落ちていた。
しかしおかしいんだ。俺はスポーツ刈りの様な髪型だし、ずっと彼女も友達もおらず、この部屋に上がった者はいない。
長い髪の一本をつまみ上げて顔の前で眺めていると、開け放った扉の奥、洗面所の前の廊下を何かが横切った気がした。
暗い廊下の先をジッと眺めていると、廊下の角から長く黒い髪を携えた頭部だけが、洗面所からこちらに頭だけを突き出している形で現れた。
戦慄した俺は息を飲んでその長い髪の頭を見つめていた。
その頭髪は激しく上下に揺れ始めて、いつまでも消えていなくならない。次第に恐怖が込み上げてきて、俺は情けない声を上げた。
「ひぃいいいっ!!」
俺の声に反応する様に、激しく揺れる頭髪はピタリと動きを止めて、そのまま首を旋回してこちらに表情を向けた。長く垂れた前髪の隙間から、女の血走った目が俺を睨んだ。
そうして、その頭髪は洗面所の方に引っ込んでいった。
しばらく時が経ってから、意を決して洗面所を覗いてみたが、無論そこには誰もおらず、隠れられる様な場所も見当たらなかった。
直ぐに俺はそのアパートを引っ越した。
そして昨日、五年ぶりに新しいアパートの掃除をした。
そこにもまた、長く黒い髪が数本落ちていた。




