絶対に目を合わせてはいけない
81.絶対に目を合わせてはいけない
霊的な物に出くわしたときにどう対処すれば良いかわかるだろうか?
それは目を合わせない事だ。
目を合わせると、奴らは自分の存在を認識してくれる人だと思い、ついてくるのだ。
霊の姿なんてのはほとんどの人間が見る事も声を聞くことも出来ない。だから奴らは自分を認識する人を捜してさ迷っているのだ。
そうして何かを伝えようとその人間につきまとう。一度憑かれたらなかなか消えることはない。
私は霊がハッキリと見える。だから街中でそいつらを見掛けると、明後日の方を向いたまま絶対に目を合わせない様にしている。
しかし一度、霊に不意をつかれてしまった事がある。
踏切で電車が通り過ぎるのを待っている時だった。全身黒こげになった男が、電車が通過するのに飛び込む様に、私の頭上から路線に飛び込んだのだ。
私はその時、驚いて身を竦めた。しかし、周りの通行人はそんな私を不思議そうな目でジロジロと眺めている。その様子から、先程の黒こげの男が霊であった事をすぐに察した。
電車が通過して踏切のバーが上に上がると、向かいの踏切に全身黒こげの男が突っ立っていた。
私はいつもの様にそっぽを向いて、あえて道を避けるでもなくその黒こげの男に正面から向かっていった。
内心バクバクとしながらも涼しい顔をしてその男のすぐ脇を通り過ぎ様とすると、私の顔の側面に鼻が付くんじゃないかという至近距離まで黒こげの男が白い眼を見開いて近付いてきて、歩を早める私に並走してきた。
焦げ臭い臭いに、男の吐息がふっ、ふっ、と左の頬を撫でていたが、私は目の色一つ変えずに無視し続けた。
男はずっとずっとそのまま私についてきた。距離は相変わらずの至近距離で気持ちが悪い。
人知れず脂汗をかきながらそれでも無視し続けていると、途中で男は立ち止まって、また踏切の方へ向かって戻っていった。
私は十字路を曲がってから、ホッとして胸に手を当てて息を着いた。
「見えてるだろ」
耳元で声が囁かれた。そしてその瞬間、左の頬の方から、先程立ち去ったはずの黒こげの男がズズズと顔を出して、私の顔を超至近距離で向かい合わせた。
煤臭く、皮膚がジュクジュクと爛れた黒こげの男が、真っ白い瞳を歪ませて、口元を緩めて白い歯を剥き出した。歯が見えた瞬間に男の唇が四方八方に裂けて汁を飛ばしていた。
声も出せずにそこにへたり込んだ私のすぐ正面で、男が私を見下ろして突っ立っていた。
それから直ぐにお祓いを受けて、その黒こげの男は何処かに居なくなった。




