訳あり物件
73.訳あり物件
俺は昔から心霊なんてのは信じていない。だから家賃の安さにつられて、訳あり物件のアパートの一室を借りていた事がある。
今でも心霊だとかの類いは信じていない。けれど一度だけこの訳ありアパートで不可解な事があった。
そのアパートの一室は、端的に言って火災があった部屋だった。不動産屋はそれだけを告げて死人が出ただとかそういう事は話さなかったし、俺もどうでも良いのと聞いたらなんと無く居心地が悪くなると思って聞かなかった。
そのアパートに暮らし初めて一ヶ月ほどが経過した。火災があったというので煤臭いかと思ったが、そんな事も無く、何処か焼け焦げた壁やフローリングがある訳でもなかった。
これなら格安でラッキーだったな、なんて思っていたが、時折どうもその、気配がするというか、誰かに見られている様な気持ちになることがあった。
なんと無く不気味に思ってそう感じるだけだと思って気にせずに生活していた。別に物が動いたり変な音がしたりといった事もなかったし。
しかしある日の晩の事だ。夕食を作ったのパスタを啜っていると、またしても例の誰かに見られている様な気になってきた。
鬱陶しいなぁ、と思いながらも気にしないようにしていると、ピンポンと呼び鈴が鳴った。
宅配便かと思って外に出たが、そこには誰も居なかった。おかしいなと思って、裸足のまま外に出て階段の方にまで行ってみたが、誰かが居たような気配もなかった。
何なんだと思いながら自分の部屋に戻ると、何故だか鍵がかかっていた。無論このボロアパートがオートロックな訳はない。
イライラしながらドアノブをガチャガチャとやっていると、扉の真ん中位にある郵便受けがカチャと音を立てた。
咄嗟にそこを覗き込んだら、郵便受けにピタリと張り付いた形で、鮮烈な血のような赤い皮膚を携えた、真っ白な瞳が二つ、ギョロリと俺を見上げた。
「うわッッ!」
声を上げると郵便受けは閉まった。
俺は呆然とそこに立ち尽くした。そして気が付くと大家の部屋に走っていって、マスターキーを借りて一緒に扉を開けてもらった。
部屋の中には誰も居なかった。
俺はその部屋を直ぐに出ることにした。




