土間にうずくまる者
72.土間にうずくまる者
私が小学四年生の頃の話しです。
私とお姉ちゃんの部屋は土間になった玄関の正面にありました。
私は2つ年上のお姉ちゃんと二段ベッドで眠るのですが、その日は猛暑で、扉を開けて土間からの冷たい風を中に入れていたのです。
夜、眠っているとお姉ちゃんが二段ベッドの上から顔を出して、私に向かって何か囁いています。
「……なにか居るよ」
「え?」
「しー」
お姉ちゃんが土間の方をチラチラと気にしているので、眠い目を擦って体を起こしてみると、確かに土間で何か人影の様なものがうずくまって蠢いている。
「お父さん? お母さん?」
返答はありませんでした。
「なにあれ?」
「わからないよ」
「見に行こう」
「え」
「だって、このままじゃ眠れないよ」
お姉ちゃんと相談して、その土間にうずくまる者を確かめに行くことになりました。
お姉ちゃんはそっと二段ベッドから降りて、開け放たれた扉の横にある部屋の電気のスイッチを入れたのです。
部屋が明るくなると、返って土間の方が暗闇になって、先程までぼんやりと見えていた影が見えなくなってしまった。
しょうがないので、私はお姉ちゃんと二人で手を繋いで、勇気を出して土間に踏み込む事にしたのです。
土間にうずくまって肩から上が覗いている影は確かにそこにいました。そして目が暗闇に馴れていくとお姉ちゃんが声を出した。
「お父さん?」
いつもお父さんの身に付けている紺色のスウェットが見えてきたのでそう問い掛けたのですが、返事はありません。
しかし、もう一歩近付いて目を凝らしてみると、それは確かにお父さんで、私たちに対して右半身を向けた形で土間にうずくまっているのです。
「お父さん!」
「…………」
何度呼び掛けてもピクリともしないお父さん。何か様子がおかしいと思いながら、私は心配になってお父さんの肩を揺り動かしました。
「お父さん! お父さん!」
「……」
お父さんはしゃがみこんだまま、首だけを捻って私の顔を見た。
「なんでこんなとこに居るんだー」
「……え?」
その時になってようやく気が付いたのですが、お父さんはズボンもパンツも下ろしてそこにしゃがみこんでいたのです。
私は事情を直ぐに察知するとお父さんに言いました。
「お父さん! そこトイレじゃない!」
「んぁー?」
そうして私とお姉ちゃんは二人でお父さんの肩を支えトイレまで連れていきました。
これが私たちの始めての介護でした。
まだ用を足す前で本当に良かったです。




