一人キャンプ
70.一人キャンプ
一人キャンプを始めてすぐの頃でした。
ある晩秋に川沿いのキャンプ場に車で乗り付けて、一人キャンプを楽しんでいました。
少しマイナーなキャンプ場だったので、自分の他に利用者はおらず、一人で川のせせらぎを聞きながら酒を飲んでいたのです。
焚き火をお越し、簡単な調理をして晩飯を作っていると、瞬く間に辺りは闇に包まれて、秋の冷たい風が頬を打ちました。
着込んだアウターの前を閉めてブランケットを被り、晩飯をつつきながらウィスキーをちびちび飲んでいると、段々と眠くなってきた。
焚き火を消して、入り口がメッシュになった小さなテントを開けて中に倒れ込むと、ランタンを点ける気も起きずシュラフに入った。
すぐに眠りに落ちた。
夜中、尿意と開け放しにしたテントのメッシュになった入り口から冷たい風が入るので、目が覚めた。
先ずはトイレに行こうと思い、暗闇でランタンを探していると、テントの入り口に佇む黒いシルエットに気が付いた。
うわっ、と声を上げて驚いたが、目を凝らして見てみると消えていたので、見間違いだと思い気にしなかった。
なんと無く怖い気持ちになりながらランタンを見つけると、テントの中で点灯して、それを持って外に出た。
川沿いの冷たい風に一気に目を覚まされ、少し離れたトイレに向かってランタンを持って走った。
用を足した俺は自分のテントに戻ってきた。
すると、何かおかしい事に気が付いて、テントを見ながら足が止まった。
手に持ったランタンのオレンジ色の明かりに照らされて、テントの入り口の所に何かが見えた。
それは、起き掛けに見た黒い人形のシルエットだった。
一瞬自分の影かと思ったがそうではなく、うつ向いた姿勢で立ち尽くすその黒い影は、ランタンを持って右往左往する俺の影とは異なった。
しかし、あんまりにもハッキリと見え続けるので、心霊とかではなく、本当に人が居るのだと解釈した俺は、声をかけながらその影に近付いていった。
「あ、すいません、どうかしましたか?」
その人影はだらりと頭を下げたまま動かない。距離が近付いて次第にその影が照らされて、ジーンズの様なものを履いているのが見えてきた。しかし顔だけはうつ向いて影になったままだった。
「すいません! こんばんは!」
さっきよりも大きな声を出すと、その影は遂に頭を上げてこちらを見た。歩み寄り、次第にランタンに照らされて露になってきたその顔を見て、俺は絶句した。
それは俺だった。俺と全く同じ顔をした、同じ格好の男が、呆然とした目付きのまま俺の方に振り返っていた。
「え……っ!?」
ランタンを取りこぼして尻餅を着いた。慌てふためきながらランタンを拾い上げると、その男は居なくなっていた。
俺は車のキーだけを持ってその場から逃げ帰った。




