小さなバー
60.小さなバー
大型連休中にフラフラと一人で飲み歩いていると、とある雑居ビルの三階に小さなバーを見つけた。
ボロい階段を登りながら三階にまで辿り着くと、これまたボロい鉄製の扉に迎えられた。
重い扉をゆっくりと押していくと、立ち食いそば屋程のスペースしかないカウンターバーだった。ジャズのレコードが回っている。
小さな腰掛けに座ると、黒いハットを被ったマスターがメニューを差し出してきた。
寡黙なマスターにバーボンを注文すると、アイスピックで砕いた氷に茶色い液体が注がれて出てきた。
「今日はどうしたんです?」
バーボンをグイと喉に流していると、マスターが正面に立って俺を眺めていた。
「女探しですよ」
「はっはっはじゃあうちを選んだのは間違いだ」
寡黙な印象とは裏腹に豪快に笑うマスターと、いつしか話が弾んで話し込んだ。
「マスターなんか強いの」
「これなんかどうかな、自家製」
マスターは何やらカウンターの下からゴソゴソと茶色い瓶を取り出してグラスに注いだ。
何やら白い浮遊物の舞う透明な液体を喉にやると、甘しょっぱい様な焼酎で、俺の口にあった。
「うまい。これ何てお酒?」
「へへへ、焼酎漬けですよ」
「なんの?」
「企業秘密」
「ハハハマズイ物でも入ってそうだ」
またしばらく話し込むと、腹が減ってきた。俺がマスターに「なんかつまみある?」と訪ねるとマスターはニヤリとしてカウンターの奥の小さなキッチンに向かった。
店内に流れているジャズに身を委ねながら機嫌良く謎の焼酎漬けを飲んでいると、しばらくして白い小鉢に盛られた小さな肉が俺の前に差し出された。
「お、旨そうだ」
「今焼いてきたんで早めにどうぞ」
口の中で濃厚な脂と塩辛いソースが絡んでとろけた。
「旨いな! 何の肉なの!?」
「ここでしか食べられない肉ですよ」
異様な程旨い肉に目を光らせて舌づつみを打ったが、マスターは何の肉か教えてくれなかった。
「いやほんと、忘れられない位旨いよこの肉!」
「ハハハ」
しばらくして俺はバーを出た家路に着いた。あの肉を食べにまた来るとマスターに伝えると「自家製ですからうちじゃないと食べられませんからね」と言われた。
しばらく経過した日の朝、ニュース番組でこの前飲み歩いた町が映されていた。
『長期間に渡り複数の女児を監禁し、解体していたとして――――』
恐ろしい事件があるもんだな、と思いながらトーストを齧ると、あの日マスターの出した謎の肉と焼酎を思い出した。
「また食べたいなぁ」
『バーの店主、三木辰雄容疑者を逮捕しました』
「え?」
テレビ画面にハットを被ってニヤニヤしたマスターが手錠をされた姿で映し出された。
『三木容疑者の自宅と経営するバーでは、解体した肉を日常的に調理していた痕跡があり――――』
咥えていたトーストがポロリと落ちた。




