弾けた数珠
57.弾けた数珠
仕事が終わり、駐車場に停めた車に乗り込もうとドアを開けると、室内灯に照らされたシーツの上に散乱する黒い石の破片が待っていた。
私はそれが不可解な事であるとすぐに理解をした。何故なら数珠はウィンカーレバーに引っ掛けてあったので、高所から落ちたり、はたまた停車した車内の中で衝撃を加えられる事もあり得なかったからだ。
私は直ぐに嫌な気持ちになった。そうしてシーツの上の黒い石の欠片を集めていると、何故だか無性に遠方の母の事が気になった。
車内で母電話を掛けると、直ぐに応答した。
「お母さん? 何か変なことあったりしない?」
「祐子かい。なんだ藪から棒に」
「いいから、今数珠が弾けて、何と無くお母さんの事が気になったから」
「あぁ……数珠がねぇ…………まさかと思うが……」
「なにぃ? やっぱり何かあったの?」
「うーん。そうやねぇ、丁度今さっき浜渦の所の長女が亡くなったっちゅう連絡が来たわ。まだ四十そこらだったが病気やったらしいわ」
「浜渦の長女って……」
「うん、子どもの頃お前の事めちゃくちゃに苛めとった娘やなぁ」
「……ほんで、でもなんでそんな、もう三十年以上も会っとらんのに」
「……わからんなぁ。ほんでも祐子。数珠ってのは御守りだろう。それが不可思議に壊れたっちゅう事は、何や良くない存在がお前に危害を加えようとしとるっちゅう事だ、直ぐにお祓いに行かないかんわ」
「……ほんでも、なんでそんな今更私に危害加えるん」
「そりゃわからんわ。わからんけんど、人の怨みってのは推し量れん事が多いからなぁ。あんたが無意識にしでかした何かで人に怨まれとるのかもしれん」
「うん……わかった」
後日訪れた神社にて、私はお祓いを受けた。
一通り終えると、神主は青ざめた顔で「いやぁ危なかった」と言って私の肩に手を置いた。
「何が危なかったのですか?」と聞くと神主はこう答えた。
「二十代位の若い男が貼り付いとったよ、あんたの背中で包丁なんて持って。あんた相当に怨まれとったが、何かしたかい?」
私には人に怨まれる事なんてした覚えがなかった。




