真夜中に妹のトイレに付き添って
54.真夜中に妹のトイレに付き添って
もう何十年も昔なのですが、一度だけ奇妙な体験をした事があります。
それはある夜の事。熟睡中に肩を揺り動かされて薄い目を開けた。
「兄ちゃん。トイレついて来てぇや」
その頃五才位だった幼い妹が、いつもの様に俺の枕元で膝を着いている。
「なんや。全くしょうがないなぁ」
俺は起き上がると、妹に連れ添って一階のトイレに向かった。
「手繋いでてや」
妹はトイレの扉を全て締め切らず少し開けたままにして、腕を片方廊下の前の俺に向かって伸ばしてきた。
「なんや今日は。怖いテレビでも観たんか」
言われるがまま手を繋いで、座り込んでうたた寝していると、ジョロジョロと用を足す音がする。
「兄ちゃん、なぁ」
用を足す音が止まって妹の声が俺に語りかけてくる。
「なんやねん。終わったんならはよ行こうや」
立ち上がろうとすると、グッと妹に手を強く握り返された。その余りの力の強さに俺は目を見張った。
「兄ちゃん、ちょっとこっち来てや、トイレん中に来て」
「はぁ? どないしたんや」
「いいから。いいから来て兄ちゃん」
「……はぁ」
手を繋いだまま立ち上がって、妹の居るトイレを覗きこもうとした時だった。
「兄ちゃん? 何してるん」
怪談から降りてきた妹が、廊下の奥から俺に声をかけた。
「は?」
俺は凍り付いた表情で妹の顔を眺めながら、未だにトイレの中の誰かと手を繋いでいた。
じゃあ……この手は一体誰の……?
長く伸びたその腕は鮮明に俺の前にあった。
「兄ちゃん一人で何してるん? うるさいわ」
廊下の奥の妹に一瞬目をやると、俺と手を繋いでいた細い腕は消えていった。
その後ひっくり返りながらもトイレの中を確認したが、誰もいなかった。
あの腕の主は何故俺をトイレの中に入ってくるように誘ったのだろう? そしてもし入っていたら、何が起こっていたのだろう。




