店員「自己責任でお願いいたします」
51.店員「自己責任でお願いいたします」
少し前の話だ。俺は街中でナンパしたやけに無口な女を連れて、とあるホテル街に入り込んだ。
だけど、その日は大型連休の真っ只中。どこのホテルも満席で入れやしなかった。
これ以上女を歩かせても格好つかねぇと思って俺は躍起になってホテルを捜した。
結局街角来てしまった俺は、少し引き返して、ボロい感じのホテルを見つけて入っていった。
入って直ぐにソファがあったから女をそこで待たせて、俺はフロントに立った女店員に聞いた。
「どんなボロ部屋でもいいから空いてないか?」
そうすると店員の女は少し口ごもった感じで目を泳がせて「満室です」と言った。
何か隠してると思った俺は「お願いだよお姉さん。困ってるんだ」と話すと店員の女は少し考えた素振りを見せてこう答えた。
「自己責任でお願いいたします」
そう言って足元からガサガサと古びた鍵を取り出して俺に手渡してきた。
なんだ、空いてるんじゃねぇか、と思いながらも「ありがとう助かるよ」と言っておいた。
「……えぇと、宿泊ですね」
「……? いや、休憩でいいよ」
俺は鍵を持って入り口のソファに座った女に声をかけて、エレベーターに乗って部屋に向かった。
鍵には『407』と記されている。大概こういう所は天井の電光掲示板みたいのが点滅して道案内をしてくれるのだが、そういうのも無くて少し迷った。
ようやく部屋にたどり着いた。店員があんなことを言うからどんな汚い部屋かと思ったが、何の事は無い普通の部屋だった。一応部屋の整備もされているようだった。
俺は早速女の長い黒髪を抱き寄せてキスをした。女は相変わらず無口で、ただ俺のされるがままになっていた。
そうしてから順番に風呂に入って、程無くして俺たちはベッドに入った。
さぁいよいよだと思って俺は女に覆い被さった。
「…………」
女は照れる様子もなく、そして何の感情もない様な顔で俺を見つめた。
――なんだよこの女……まぁ、一回だけならいいか
とか思いながら「大丈夫?」と優しく言って微笑んでやった。
女はまだジっと俺の顔を見つめていた。俺もその女の顔を見つめ返していた。
すると――――
「え!」
突然に、見つめていた女の白い顔が、グニャリと歪んだ。
目の錯覚かと思ってまた見直してみたが、女の顔は中心辺りで縒れて歪な輪郭になっていた。片方の目は押し潰されて、反対の目は信じられないほど大きくなっている。
「うお! うおおわッ!!」
俺は覆い被さった形から咄嗟に後ろに飛び退いた。訳がわからなかったが、女は飛び退いた俺の方にその曲がった顔を向けて、
ニヤリと笑った。その表現もまたグニャリと曲がって不気味だった。
俺はベッドから飛び出して入ってきた扉に走った。
「あ……開かねぇ!!」
色々タイプがあるが、ここのホテルはフロントに電話をかけないと外に出られないタイプの様だった。
俺はベッドのある部屋まで戻って、電話を見つけた。女はまだベッドに寝転んだまま、こちらを見ている。
受話器を取ってフロントに電話をする。なかなか出てくれずコールが続いた。
そうこうしていると、女がベッドから降りて、こちらに向かって来た。その裸体も顔面と同じように縒れ曲がっていて、女はぎこちない歩き方でギギギと音をたてながら歩いてきている。
「うわぁあああ!! はやくはやくはやく出ろよおおおお!」
「フロントです」
「出る! 鍵! 早く開けろ早く!!」
「は……はい」
振り返ると女は何時しか俺の背後に立ってニヤついていた。
「ぁあああ!!」
俺は絶叫しながらその部屋を出た。
いつの間にか掴んでいたシーツで股間を隠してフロントに走り込むと、店員に今あった事を必死に伝えた。
「……そう…………ですか」
「……? あまり驚かないんだな」
「言ったはずです。自己責任だと」
「……なんだって? どういう事なんだよ!」
「長い黒髪で、無口な女ではなかったですか? OL姿の」
「は? さっき一緒に入っていったの見てただろ、そうだよ」
「……私はあなた一人しか見ていません。ですから宿泊ですか? とお尋ねしました」
「な……どういう……」
よくよく聞いてみると、これまでにもあの部屋に通した男が数人、俺と同じ様に直ぐに部屋からすっ飛んできて、同じ女の話しをした様だった。
「……あの部屋、昔なんかあったのかよ」
俺が青ざめた顔でそう聞くと店員は
「何もありませんよ。それに自己責任と申したはずです」と言って口を閉ざした。




