不幸を知らせる白い雪
不幸を知らせる白い雪
私の親友のカホは、時折こんなことを話した。
――視界の端に白い雪みたいなものがチラつくの。
彼女は数年に一度こんな事を話した。初めてその話を聞いたのは桜舞う春の初旬で、雪なんて降ってはいなかった。
カホはその話をする時、決まって俯いていた。声のトーンも下がって、何処と無く落胆している様に見える。
どうして落ち込むのか、と私が聞くとカホは口ごもった。私もそれ以上は聞かなかった。
けれどカホはそこから半年後の秋頃に、聞いてもいないのに、その訳をぽつりぽつりと語り始めた。そんな話をし始めた彼女を見て、また例の雪がカホの視界の端にチラつき始めた事を理解した。
カホはいつもの様に俯いてこう話すのだった。
「私にしか見えないこの雪がチラつき始めるとね……私の近辺で交通事故があったり、知ってる人が亡くなったりするの。そういう不幸が訪れるまで、この雪は消えないの」
言い切ってカホは隣で歩く私の顔を窺う様にした。まぁこんな話をしたら頭がどうかなったのかと心配されるのが関の山だろうから、私の表情を窺うのは理解出来た。
「不幸を知らせてくれるなんて、良い事なんじゃないの?」
しかしカホは肩を落として私に力説し始める。
「良い事なんてとんでもない……私はこの雪がチラつき始めると、いつ不幸が訪れるんだろう、私の家族の事じゃないだろうかって……とても心配になって、何も手に付かなくなるのよ
それに今回のはとびきり濃い雪が降ってるの、だからきっと何か酷い事が起きるんじゃないかって私……」
涙ぐむカホに、私はあっけらかんと言葉を返した。
「でも、不幸を予知できるって事は、それを回避する事も出来るんじゃないかな? 家族に車に気を付けるよう話したり、危ないことはしないようにって注意をすれば」
「そうなのかな……」
「そうだよ。落ち込んで閉じ籠ってるだけじゃその不幸の知らせは避けられないんだから、その雪が見え始めたら、周りの人を守るために何か行動してみたら?」
腕を組んで考え込んだカホ。程無くして顔を挙げて私に笑顔を見せた。
「うん! そうだね、確かに今までは不幸にビクビクしてるだけで、何もしてなかった。きっとこの能力は私を助けるためにあるんだよね
信じてくれてありがとう。変な目で見られるんじゃないかと思って、なかなか言い出せなかったの」
私たちは笑いあった。親友が不思議な話をし始めたからといって、今さら見る目を変えるほど希薄な友情では無かった。
カホは電車通学なので、程無くして駅前で別れた。別れ際にカホはこう言っていた。
「帰ったら早速お母さんに注意換気するね!」
私は頷いて駅のホームに消えるカホを見送った。
翌日、登校するとカホは居なかった。一限の授業は何故かホームルームに切り替わって、教壇に立った担任の先生が、涙を流して嗚咽しながらこう話した。
「昨晩遅くに、大地カホさんが亡くなりました。心臓発作だったそうです……まだこんなに若いのに……残念です」
あれから十二年が経過した。
私が今になってこの話を思い出したのは、カホと同じように、最近視界の端に白い雪がチラつく様になったからだった。




