祖母の家の屋根裏
祖母の家の屋根裏
私は小学校六年の夏に、一度だけ遠方にある母方の祖母の家に遊びに行った事がある。
初めて会う祖母。母からは気難しい人だと聞かされていたので、年季の入った平屋の玄関の前で、私は母の手を強く握って少し緊張していました。
しばらくして、玄関の引き戸が音を立てて開きました。そこからヌッと狐のような目をした痩せ細ったお婆さんが顔を出し、私をその細い目で見下ろしました。
「全く、今日だけにしておくれよ」
お婆さんは私にではなく、母の顔を見ながら眉間にシワを寄せました。
途端に怖くなってしまった私は、母の手を後ろに引きました。すると母は「大丈夫よ朝子。ああいう人だから……今日一晩だけよ」
私たちは歓迎されぬまま、奥に引っ込んでいったお婆さんについていきました。家の中は日当たりが悪く、電気もつけられていないのでとても暗くて、天井の隅にはクモの巣が沢山張っていた。
居間に通されると、私たちは囲炉裏の前に座らされました。程無くしてお婆さんは湯呑みに入った冷えた麦茶を私たちの前に並べました。
「それで貴子。どういう要件だか詳しく話してもらおうか。どういう事情でも長居はさせないけどね」
お婆さんは私たちの向かいに座ると、細い目でお母さんを睨みました。そもそも今日は突然に祖母の家に転がり込んだのですが、その様子から見るに何か深い事情があるようで、お母さんも厳しい表情になりました。
「朝子は隣の部屋で遊んどいで」お母さんはそう言って、右手側の襖を指差しました。
子どもながらに色々と察した私は素直にそれに応じて立ち上がりました。するとお婆さんは
「他の部屋でチョロチョロするんじゃないよ、あんたはそこにいな」
と、つっけんどんに言いました。私は逃げるように襖を開けて奥に引っ込みました。
言われた通りに、隣の部屋でしばらくは静かにしていたのですが、突然に尿意に襲われて私は襖は少し開けてお母さんたちの様子を見ました。
「あぁもう!お母さんじゃ話にならない! お父さんは何処にいったのよ!?」
「あの人なら昨日旅行に出たから私しかいないよ。文句があるなら今すぐ帰りな」
「旅行って……お母さんを一人残して?」
お母さんとお婆さんは何やら陰気な雰囲気で何やら激しく罵りあっているようで、どうもトイレの場所を聞き出せるような状況には思えず、私はそっと襖を閉じました。
しばらくはもじもじと我慢していたのですが、お母さんたちの話は長く、もうどうしようもない位になってしまった。
私は一人でトイレを捜しだす事にして、お母さんたちの居る方とは反対の襖を開けて奥に行きました。
存外奥行きがある家で、私は幾つかの襖を開けては廊下を歩きました。そうしてやっとの思いでトイレを見つけ出して用を足したのです。
ホッと一息してトイレから出た私は、元の部屋に戻ろうと、幾つも襖を開けていきました。
しかし、とても広いその家屋の中で、私は道に迷ってしまったのです。
暗くジメジメした室内を歩き回ってみましたが、なかなか元の部屋が見つからず、私は疲れてなんと無く天井を見上げました。
「ん?」
すると、何処ともわからぬその部屋の天井の隅に、何やら古びた御札が一枚貼られている事に気がつきました。
その部屋の隅には、丁度足場になるような椅子が据え置かれていたので、私はその椅子を持って御札の下にまで運び、その上に登ってみた。
御札には何か難しい漢字が書かれていて、私には読めません。なんと無く私はその御札に手を伸ばして触れてみました。
「あ!」
私が触れると、御札は天井からハラハラと舞って落ちてしまったのです。
お婆さんに怒られると思い、その御札を拾って再び天井に手を伸ばすと、御札の貼られていた場所に、小さな取っ手があることに気が付きました。
私は好奇心に任せてその取っ手を引いたのです。
すると手前に外れて、屋根裏へと続く暗闇が見えた。
私は机の上にあった懐中電灯を持って再び椅子に登ると、その暗闇に向かって頭を突き出しました。
屋根裏は高さが一メートル程しかない様で、とても狭く、奥行も大してありませんでした。
「うっ」
何だが形容し難い強烈な異臭が私を襲いました。そして、耳を済ますと何やらブンブンと羽音のような物が聞こえてきました。
私は音のする方に向かって懐中電灯を向けて、スイッチを入れた。
私は悲鳴をあげました。
そこには、作業服姿の腐乱死体が寝転んで、私の方にその腐った顔を向けていました。ブンブンという音の正体はハエだったようで、所々の溶けた肉の所にうじ虫が蠢いていた。
「朝子! 何処なの!?」
屋根裏から転がり落ちた所に、程無くしてお母さんが現れました。お母さんはその部屋に入った途端に「うっ!」と言って鼻を抑えました。
そして天井を見上げて、一ヶ所ポッカリと穴が開いているのに気が付いて、椅子に上って頭を覗かせました。
「え……おとう…………さ…………いやぁあぁあああ!!」
お母さんは私と同じように絶叫した。しかしすぐに屋根裏から顔を戻して、私の手を引いて襖を勢いよく開いた。
「見たのかい」
すると襖を開けた先で、お婆さんが鉈を持って佇んでいた。
「ひ! 朝子! こっち!」
お母さんは必死の形相で、私の手を強く引いて反対の襖から走り出た。途中振り返ると、お婆さんが鉈を振り上げてヨタヨタと走ってきていた。
私たちは祖母の家を抜け出して、遠く離れた。そうして警察に電話をした。
しばらくしてからパトカーがやって来て、お婆さんの家に踏み込んだ。しかしそこに祖母の姿はなく、三日後に裏の山中で死体になって見つかった。
この茹だるような夏の日差しで、祖母の体は瞬く間に腐り、そして獣に喰われてひどい有り様だったとか……。
警察がお母さんに話していた事の顛末を盗み聞きしたが、どうやらお婆さんは金に困って、半年前に死んだお爺さんの体を屋根裏に隠して、年金を不正需給していたとの事だった。




