41332444
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しばらく前の事になりますが、私が急性期の病院で看護師として働いていた時の話です。
その日の夕方、急患が入院しました。
五十代位のその女性は、手や足の先が緑色になっていました。
農薬を大量に飲んだらしく、末端にいくにつれて緑色は濃くなって、指先なんかは人の肌とは思えない程に芝生のような濃い色になっていました。
自殺しようとした所を家族に発見されて運ばれてきたとの事でしたが、容態はとても悪く危険な状態でした。
息は浅く、絶え間なく嘔吐を繰り返して衣類はぐちゃぐちゃになっているし、農薬と胃液の混ざった独特な刺激臭が室内に充満しています。
その女性はまだ微かに意識があるのか、とても苦しそうな顔で私たちを見つめていました。
ICU(集中力治療室)にその女性を入れると、心電図やら点滴やら体中を管だらけにしました。その後もドクターの指示であれやこれやと注射をしたりしていると、そのうちに女性の状態はそれなりに安定しました。
部屋を出るとドクターは小声で「一晩もつか微妙なところだな」と言いました。
夜中二時頃、その女性が体をガタガタと痙攣させ始めました。「うぅぅ」と低く呻きながら吐瀉物を撒き散らし、歯を食いしばってあぶくを吹いている様はとても苦しそうで、見るに耐えませんでした。
当時は携帯が普及していなかったので、私はポケットからポケベルを出してドクターにメッセージを送りました。
『208』
ポケベルでドクターに内線番号を送ると、程無くして内線が鳴り、ドクターに急変を伝えました。
五分程でドクターが病棟に走ってきました。
緑色の腕や足をバタバタと激しくベッドに打ち付けながら赤い泡を吹いて、歯を食いしばって血走った瞳を一杯に広げていました。玉のような脂汗をかいた額には青筋を立て、その苦悶の表情はまるで地獄の責め苦を受けている様に見えました。
結局女性は緑色の四肢をぐったりと投げ出して、白目を向いて息を引き取りました。
こんなことを言ってはいけませんが……正直その恐ろしい死に顔は、まるで化物の様にも思えました。
臨終して手を合わせ終わると、ドクターが私たちに言いました。
「メッセージ二件入れたか?」
そう言ってポケベルを出して来ます。
私たちは顔を見合わせると「いえ、208と、うちの内線番号だけです」と伝えた。
「そうか…………うん。まぁいい」
「え、なんですか先生?」
「うーん」
ドクターは頭を抱え込んで、何やら苦虫を噛み潰したかの様に嫌そうな顔を私たちに見せた。
「たまにあるんだよなこういうの……」
「だから何がですか?」
私がそう言うと、ドクターはポケベルを出して私たちに見せた。画面には『208』と表示されている。
「これがお前たちの送ったのだよな? その直後にもう一件来たんだよ」
何処か青ざめた様子のドクターは、直後に来たというメッセージを私たちに見せた。
『41332444』
――タスケテ
自ら死ぬことを選んだ彼女が、想像もしていなかった地獄のような苦しみに、そう訴えた気がしてなりませんでした。
ベッドに視線を落とすと、女の一杯に剥かれた白目が蛍光灯に照らされ反射しながら、私たちを見上げていた。




