赤いワンピースの不審者
赤いワンピースの不審者
ある日の晩の帰路の途中に、街灯の下に立ち尽くす真っ赤なワンピースを着た女を見ました。
うつ向いて長い黒髪をだらりと下げていたので顔は見えませんでしたが、僕のマンションへと続く細い路地の真ん中に立って動かなかった。
不審者かと思ってその道を通るのを止めて、回り道してマンションに向かう事にした。
隣の路地からマンションに向かっていくと、その路地にも赤いワンピースの女がボーッと佇んでいた。
――なんだ? 向こうも回り道して来たのか?
そそくさと元の道へ戻り、最初通ろうとした路地に出た。
すると誰も居なかったので、早足でマンションへと向かった。
途中、さっき女がいた路地へと続く曲がり角をチラと見た。
すると赤いワンピースの女がこちらを向いて路地の真ん中に立っていた。
――なんなんだ? 俺をつけているのか?
訝しげに眺めていると、女がこちらに向かって歩いてきた。
街灯のオレンジ色の明かりに女が照らされた時になって始めて僕は、女が右手にきらめく物を握っていることに気が付いた。
――包丁っ!?
僕はその場から走ってマンションに向かった。
――カツンカツンカツンカツンカツン!
途中振り返ると、女はヒールを履いているにも関わらず男の僕より早くこちらに駆けてきていた。長い髪が四方八方に激しく揺れている。髪の隙間から血眼になった片目が僕を捉えた。
「うわぁあああああ!」
女は何処までも追ってくる。ようやくマンションの前に辿り着いて、焦りながらも暗証番号を入力した。エントランスへと続く自動ドアが開いて僕はそこに走り込んだ。
――カツンカツンカツンカツンカツン!
「嘘だろ何処まで追ってくるんだ!」
ヒールの音がして振り返ると、赤いワンピースが包丁を振り上げてこちらに向かって来ている。
そしてそいつは、自動ドアを抜けてエントランスへと侵入してきたのだ。
こういう不審者は明るい所や人気のありそうな所を避けると思っていたが、誤算だった。
僕はもう振り返らずに、全速力でエレベーターの隣の階段を駆け上がった。
自分の部屋のある三階へと辿り着くと、息も切れ切れに一番奥の部屋へと走った。
そこまでいくと、鞄から鍵をあたふたとして取り出した。咄嗟に階段の方向を振り返るが、赤いワンピースはまだ来ていなかった。
扉を開けて直ぐにロックをかけた。更にチェーンまでして、僕は玄関にへたりこんだ。
「なんだよあの女……っ!」
思い出したようにポケットからスマホを取り出すと、警察へ電話をかけた。
事情を説明すると電話の向こうから「それで今その女は何処にいますか?」
というので思わず玄関の覗き穴から外を見ると――――
――――ドンッ!!!
ドンドンドンドンドンドン!!
扉の前に赤いワンピースの女が無表情で立ち尽くしていた。そうして激しく僕の部屋の扉を叩いている。
「居ます! はやくっ!早く来てください!」
五分程扉を叩き続ける音が続いた。音が止むと間も無くしてチャイムがなった。恐る恐るドアスコープを覗くと警察官の男が二人立っていたので、僕は少しホッとしてから厳重なロックを解いて扉を開けた。
扉を開いた先には真っ白い女の顔があった。赤いワンピースの袖から覗く細い腕の先に輝く物が見える。女は感情のわからない無表情で、瞬きもせずにこちらを見ていたかと思うと。
「……ふふ」
口の端から吐息を漏らして、今度はにんまりと笑った。
ジロリと、狂気で爛々と輝き始めた黒目を僕に向けて、女は右手の包丁を振り上げた――――
気が付くと僕は玄関で二人の警察官に介抱されていた。どうやら鍵もかけずに扉を開け放してここで倒れているのを発見したらしかった。
僕はただならぬ表情で今あったことを訴えた。すると警察官は顔を見合わせて困ったような表情を僕に向けた
「し、信じてないのか!? 僕だって、僕だって信じられなかった! 覗き穴には二人の警察官が写っていたのに……! そうだ! このマンションには防犯カメラがある! あの女はエントランスまで追い掛けてきたから、確実にあの女は映っているはずだ!」
マンションの管理室で、警察官と僕は防犯カメラの映像を巻き戻した。
「ち……ちがう、そんなわけ無い! そんな…………」
防犯カメラには、一人慌ててエントランスを走っていく僕の姿が映っていただけだった。




