パチンコ屋の店長
パチンコ屋の店長
俺は一時期地元のパチンコ屋で、主任として働いていたことがある。その時の店長の話だ。
うちは正直言って前から景気が良くなかった。そこに近隣に強豪チェーンのパチンコ屋が二つも建ってから、ますます人の足が遠退いていった。
まだ二十代だった俺は、最悪他の店舗に流れるか、転職でもすれば良いと思って腹を決めていた。しかし店長には家庭があった。中学生になる二人の娘がいて、金のかかる時期だというのにこの不景気。店長は休みも取らずに働き続けていた。
店長は血眼になって電卓を弾きながら、イベントや宣伝を実行した。時には自腹を切って新聞にうちのチラシを入れたりもしていた様だった。
しかし泣かず飛ばすで、段々と虚ろな目になってきた店長は、いよいよ犯罪に手を染める様になった。
遠隔装置を人知れず導入した店長は、主任の俺にだけその事実を打ち明けた。俺は嫌だったが、店長には昔何度も面倒を見て貰って恩義もあったので、何も言わなかった。
遠隔装置を導入してからは、客の足は着実に延び始めた。始めは客寄せのために大当たりを連発したりもしていたが、一定の客層が付くと店長は店の利益を上げるため、当たり外れをコントロールし始めた。終いにはサクラ(報酬を得て店側の依頼で台を打つ人)まで雇って店内を繁盛している様に見せ、出玉もその人たちにばかり出して、一般の客はほぼ負けさせていた。
短期間で店はすっかり繁盛した。店長のやり口は粗末で大胆だった。目先の金の事ばかり考えて、バレる事も厭わないといった風で、二人の娘を養っていく為に右も左も見えなくなっていた様だった。
うちは古いホールなので、他の店がとっくに廃棄した様な昔の台が沢山ある。パチンコ台には規制というものがあって、古い台程それが甘く、当たるまでに投資がかかるが、もし当たってしまったらとんでもない出玉が出るような仕様になっている。
なので一般の客は、そういった台に大金をつぎ込む。毎回毎回遠隔装置で出玉をコントロールされている事も知らずに、次こそは、次こそはと金を溶かして、時折与えられる僅かな勝ち額に胸を踊らせる。そうして次第に熱中して来て、果ては立派なジャンキーとなり、次の日も、また次の日も店に来るのだ。
店は急激な売上を見せて、店長は恍惚の笑みでヨダレを垂らしていた。そんな様を俺は一歩後ろで冷めた目で見ていた。
何故ならこんな目先の欲に駆られた大胆な手法が、いつまでも誰の目にも止まらぬはずがないと知っていたから。
そんな折、ある事件がうちのホールで起こった。
パチンコジャンキーの常客が一人。トイレの個室で首を吊って死んでいたのだ。
その日彼はかなりの大金をつぎ込んでいた様であったが、無論遠隔装置によって当たりは連チャンしなかった。
みずぼらしい格好の男だったが、ここ数ヶ月毎日の様に来ては何万円も入れていたので小金持ちかと思っていたが、彼は借金をしてパチンコに興じていたのだった。うちの店の古い台は、一撃で数十万なんてザラに出るような台だったので、次こそは取り返せると思って、気付いたら借金地獄で首が回らなくなっていたのだろう。
そして当て付けの様にうちのトイレで首を吊ったのだ。
店の客によって発見されて、辺りは騒然となった。それを見た店長は客をかき分け事務所に走り、そそくさと遠隔装置を何処かに隠した様だった。なのでその後訪れた警察官にも遠隔装置の事はバレる事はなかった。
当然客足が少し遠退いた。しかし店は以前繁盛している。店長は昨日自殺した彼の怨みなど毛ほども考えていないのか、今日も爛々と目を光らせて、事務所で遠隔装置に夢中になっていた。
翌月、今度は女子トイレで首吊りがあった。そこに至るまでの経緯は先月首を吊った彼と似たような女性であった。
今度は壁に『呪う』の血文字付きであったが、店長は涼しい顔でまた遠隔装置を隠しにいった。
客足はまた遠退いた。サクラの存在もネットでちらほらと噂になっている様であったし、二ヶ月の間に二人もの自殺者のでたパチンコホールとしても名前が知られて話題になると、良い台が揃っていて回転数も高いのに、何故かほとんど勝ったことが無い、といった声がちらほらと上がり始めた。
俺は店長にその事を伝えたが、「そうなのか、じゃあ明日は少しだけ勝たせるよ」と言って鼻唄を歌いながら煙草に火を着けるだけだった。
半年後、うちのホールから客足は無くなった。二人の自殺者の件で話題に上がってから、うちはネット上でサクラの存在や、遠隔装置の疑惑をまことしやかに広められてしまったのだ。
店長は虚ろな目でホールの真ん中に立ち尽くして、天井を見上げていることが多くなった。その左の額には、半年前にはなかった巨大な腫瘍があり、人相を変えていた。
半年前の事件がニュースで取りざたされてから、妻や子供たちは会社や学校で虐められ、肩身の狭い思いに苦しんで、とうとう先月に離婚されたらしい。ろくに収入の無い店長は二人の子供の親権を得られなかったと聞いた。
ホールにふらふらと中年の男が入ってきて台に座った。すると店長はみるみると瞳をかっ開いて口元を歪ませると、早足で事務所に戻った。最早一人の客も勝たせるつもりは無いらしかった。
一月後、ホールの閉店が本部から通達された。事務所でそれを聞いた店長は、ガタガタと奥歯を鳴らせながら、盛り上がった左の額に青筋を立てた。瞳の下の隈は深く深淵のようだった。
その日の夕方、朝から延々ネオンの天井を見上げていた店長は、姿を消した。
三十分後に、誰もいないホールのトイレで、天井から青紫色の顔になって吊られているのを俺が発見した。




