動画配信者
動画配信者
近頃動画配信サイトが話題になっていますが、僕らはその配信サイトでそれなりの知名度を誇る配信者でした。
三年前から二人で毎日動画を配信してきて、ようやくここまで視聴者を伸ばすことが出来たのですが、最近は動画の視聴数が芳しくありません。
僕は相方の冨田と今後の事について話し合い、今までとは違う少し過激な内容の動画を投稿しようという事になりました。
そういう事で僕らは少し離れた山奥にある、「髑髏の家」という心霊スポットで動画を撮る事にしたのです。
「いやー怖いね! ここは昔一家心中があったっていう話なんだけど、髑髏の家って名前の由来は、骸骨の霊を見たっていう目撃情報が多いかららしいです!」
喋る冨田をカメラで撮りながら、僕たちはその民家の廃墟を一通り回りました。
冨田とシェアハウスする都内のマンションに帰ると、時刻はもう二時を回っていました。冨田はそそくさと風呂に入りにいきました。
リビングでソファーに座りながら、僕は早速ノートパソコンで今日撮った動画を編集する作業に取り掛かります。
三十分程経過したでしょうか、映像を切って貼ってテロップを入れたりしていると、風呂から上がった冨田が長い髪をタオルで拭きながらリビングに戻ってきました。
「圭太、そういえばさ、見てこれ」
冨田は言いながら、ソファーに投げ捨てた上着のポケットをまさぐりました。
「これ、なんかすげぇ高そうじゃね?」
「は!? お前それまさか……持ってきたの?」
冨田が上着のポケットから取り出した物は、キラキラと宝石の様な石で装飾された古いかんざしでした。
「そうそう、やーなんか最近ネットでこういうのがすげぇ高値で売れたって見たんだけどさー、これもしかしたらって思って」
「駄目だろお前! いつそんなの取ってきたの!」
「なんか仏壇があったじゃん、その下になんかキンピカの箱があってさ、開けたら入ってた」
「泥棒じゃんか、祟られるぞ! 罰当たりだな」
「大丈夫だって、廃墟だし持ち主もどっか行っちまってるんだから。あっ、その辺は動画に載せるなよ」
「載せれねぇよ、炎上だわ」
「ワァハハハハハ!」
心霊の類いを全く信じていない冨田は、あの髑髏の家から高価そうなかんざしを勝手に持ち出した様で、僕は怒ったのですが、冨田はいつもの様に豪快に笑って
「寝るわー」と言って二階の自分の部屋に上がって行ってしまいました。
「あーもう! バカ!」
呆れながら僕はまた動画の編集作業に入りました。
しばらく編集していると、冨田がかんざしを見つけたという仏壇のある部屋に映像が移りました。
「何処で盗ったんだよ」
目を凝らしていると、カメラは冨田の後ろ姿から離れ、しばらく棚にあった薄汚れた人形をアップで映していました。
「あー、この時か……あいつやってんなー」
人形をしばらく撮っていたカメラが、再び仏壇の前の冨田に戻りました。
「えッッ!!」
僕は驚いて大きな声を出してひっくり返りました。
人形から冨田に視点が戻ると、冨田の直ぐ背後に一瞬紫色の着物を着た女が、ぼんやりと映ったのです。
巻き戻して観てみると、やはりその一瞬だけその女は映っていました。
僕はノートパソコンを投げ出すと階段をかけ上がって、冨田の部屋にノックもせず入っていきました。
「んー……んだよ圭太ー」
真っ暗な室内を、開いたドアから廊下の明かりが照らしました。ベッドで目を擦る冨田に、さっきの紫色の着物の女の事を伝えようと駆け寄る。
「冨田…………え? ……うわ、うわぁああ!!」
ベッドに眠る冨田の枕元に、紫色の着物を着た女が立っているのに気が付いた僕は腰を抜かしました。
「ど! どうしたお前! なんだよ!」
「い、いいから来いって!」
跳ね起きた冨田を引き連れて、とにかく家を出て走りました。そうして近くの公園にまで辿り着くと、僕は息を切らせながら今あったことを説明しました。
「まじかよ……やっちまったなー」
「多分あの女は、お前がかんざしを持っていったから怒ってるんだよ! すぐに返しに行かないと!」
「お……おう、そうだな」
僕たちは家に戻ると、リビングにまだ投げ捨てられたままの冨田の上着と、車の鍵だけを持って再び車に乗り込みました。そして髑髏の家に辿り着いた時にはもう朝日が昇り始めている様な時間になっていました。
冨田は「すいませんでした」と言って頭を下げながら、仏壇の下に隠れた金色の箱にかんざしを戻しました。
しばらくびくびくした生活を送りましたが、それ以降紫色の着物の女は僕たちの前に姿を現しませんでした。
三年間毎日投稿していた動画はその日付だけぽっかりと抜けてしまう事になり、とても残念に思いましたが、あの日から一年が経過した今日、僕たちの視聴者数は当時の1.5倍程に成長していました。
紫色の着物の女の事などすっかり忘れて、僕たちは伸びる視聴者数に胸を踊らせながら毎日動画を投稿していました。
その日僕たちはとある観光地に来ていました。勿論動画も回しています。
海に面した海食崖が無数に並ぶ断崖絶壁から、夕日で煌めく水面をバックにしてツーショットで動画を撮ろうとしたのですが、冨田があまりの絶景に興奮して、僕から大分先の崖の方に走っていってしまいました。
「見ろよ圭太! サスペンスドラマに出てきそうじゃん! ワハハハハ」
大分先に行ってしまった冨田。しょうがないのではしゃぐ冨田に向けて僕はカメラを向けました。
大きな夕日が西に沈んでいき、辺りはすっかりオレンジ色に包まれました。波が崖に打ち付けて、高くまで上がった水飛沫が煌めいていました。
「圭太! 回してるよな? 見ろー!」
「うわ! 冨田危ないって!」
冨田は調子に乗って、その断崖絶壁の先端に立って見せました。
「危ないって!」
「はー? なに?」
打ち付ける波の音で声が届かないのか、僕はカメラから視線を外して冨田に大きな声を向けました。
「ほんとに危ないから戻ってきて!」
ようやく声が届いたのか、冨田は踵を返しました。それを見て落ち着いた僕は再び手元のカメラに目を落としました。
「え?」
カメラに映る冨田の直ぐ背後に紫色の着物が見えました。
「あ……あ…………あ!」
こちらに向かって引き返してくる冨田が、尖った石に足を取られてよろめいた。
そして背後の紫色の着物の女が、冨田の背中に覆い被さるように飛び付いた。
「あ…………」
冨田はその断崖絶壁から後ろ向きに落ちていった。




